フォーチュンクエスト二次創作コーナー


ギア×マリーナ 中編

「あのね。あんた、ギアを誤解してる。彼はそんな人じゃないから」
「はあああ?」
 ギアに送られて家に戻った後。「顔を合わせたら面倒なことになりそうだからな」と、ギアは宿に戻っていった。
 玄関をくぐったわたしを出迎えてくれたのは、トラップにパステルにクレイ……と、いつものメンバー。
「マリーナ!? おめえどこ行ってたんだよ!」
「し、心配したんだよ! 大丈夫? 何かあったの!!?」
 真っ先に声をあげたのはトラップとパステル。その後ろで立っているクレイは……何も言おうとしない。
 ……あの鈍いクレイでもさすがに気づいたみたいね。わたしが昨夜外泊したことが、クレイとは決して無関係じゃない、って。
「ギアのところに」
「は?」
「え?」
 クレイのそんな顔を見た瞬間、開き直りのような感情がわいてくるのがわかった。
 隠すようなことじゃない。わたしは誰と付き合っているわけでもないし、ギアだってそう。わたしとギアが一緒にいたところで、誰に気後れする必要もない……そうでしょう?
「トラップ。あんたギアを誤解してる。彼はね、あんたなんかよりずっと大人で、頼りになる人よ?」
「ま、マリーナ? おめえ何言って……」
「ぎ、ギアって。今ここに来てるんだ?」
 トラップとパステルは知らない。わたしとクレイの間に何があったのか。
 わたしがクレイに振られたってことを、二人はまだ知らないから。
 だから、わけがわからないと思う。どうして、わたしがそんなことをしたのか……
「大人だったわよ、ギアは。本当に」
 その言葉の意味がわかったのか、トラップの身体が強張った。パステルはわからないらしくきょとんとしていて、クレイは……何を考えているのか、わたしにはわからなかった。
 無表情でもないけれど、泣いているような怒っているような、そんな複雑な目で。わたしをじっと見てるだけ。
「ごめん。疲れたから、少し寝かせてくれる?」
「おいっ……」
「あ、うん……」
 止めようとするトラップと、道を開けるパステル。
 二人の間をすりぬけるようにして、二階に上ろうとしたとき。腕を、つかまれた。
「……何? クレイ」
「マリーナ……」
 わたしの二の腕をつかんだまま、クレイは何も言わない。
 ただ、ひどく傷ついたような、複雑な目で、わたしを見ているだけ。
「マリーナ……俺……」
「…………何?」
「…………」
「ごめん、用が無いのなら離してくれる? ……昨夜、あまり寝てないのよ。ごめんなさい」
 そう言うと、クレイの手は、力なくわたしの腕から離れた。
 解放された身体と、突き刺さる視線。
 クレイとトラップの視線を浴びながら、わたしは、自分の身体を抱きしめるようにして、二階へとあがっていった。

 部屋に戻った瞬間、涙が溢れてきた。
 何だか、自分が凄く馬鹿なことをしたんじゃないか……今更ながらに、そんな風に思ってしまって。
 納得したはずなのに。
 酔った勢いでギアに救いを求めた。寂しくてやりきれなくて、自分がつくづく嫌になって。自暴自棄になったわたしを、ギアは受け止めてくれた。
 彼は大人だから。わたしみたいな小娘を一人抱え込むくらい、何でもないことだって。そんな余裕が、羨ましかった。
「……馬鹿よね、わたし。どうして……」
 もし、パステルだったら。無意識のうちにそんなことを考えている自分に気づいて、余計に気分が落ち込むのがわかった。
 もしもパステルだったら……例えば、彼女がわたしだったとしたら。クレイ……ううん、トラップでもいい。とてもとても好きな人がいて、でも、その人からそんな風には見れないと言われたとしたら……
 きっと、彼女はわたしみたいにはならない。
 馬鹿な酔い方をして一夜限りの慰めを求めるなんて、そんな真似は、きっとしないと思う。
 わたしは、パステルとは違う……パステルみたいには、なれない……
「……そんなの、当たり前のことなのに」
 どうして他人と比べずにはいられないんだろう。わたしはわたしだって、どうして、そんな風に思い切れなかったんだろう。
 ううん、いつもだったら思うことができた。だけど、パステルだけは……
 わたしが欲しくて欲しくてたまらなかったものを何でもあっさりと手にいれてしまった彼女に対してだけは、素直な目で見ることが、できない。
 本当に、つくづく嫌になる。パステルが何をしたってわけでもないのにっ……
 と、そのときだった。

 トントン

「……はい」
「マリーナ……悪い。寝てた……か?」
「……クレイ?」
 聞こえてきたのは、クレイの声。一番聞きたくて一番聞きたくなかった、声。
「……寝てないわ。どうぞ」
「失礼するよ」
 声をかけると、がちゃん、という音と共に、クレイが部屋に入ってきた。
 彼の表情はさっきとあまり変わっていない。物言いたげな様子で、わたしを見ているだけ。
「何か用?」
「……いや、その……」
 クレイは、どう切り出したものか、と迷っているみたいだった。
 こういうところが、彼らしいと思う。本当に。
 例えば、トラップだったら、きっとどんな言いにくいことも聞きにくいこともずばりと切り込んでくるだろうから。
「何?」
「……マリーナ。あの……間違ってたら、ごめん。君は、もしかして……」
 そうつぶやいたとき。クレイの顔は、傍から見ているわたしの方が照れるくらいに真っ赤になっていた。
「ギアと、その……ね、寝た、のか?」
 ……あのクレイにしては、頑張ったじゃない。
 顔を伏せたまま視線を上げようとしないクレイを見ながら、何となくそんなことを思う。
 トラップならともかく、恋愛に関してパステル並に鈍いクレイに、まさかそんなことを聞かれる日が来るとは、ね……
「だとしたら?」
「マリーナ」
「わたしが誰と寝ようと……そんなこと、あなたには関係ないんじゃない? クレイ」
「…………」
「だってそうでしょう。わたしはあなたの恋人じゃない。彼女じゃない。そんなわたしが誰と付き合おうと誰と寝ようと、あなたには何の関係もないわ。そうでしょう?」
「そんなことない!」
 バンッ!! 響いた大きな音に、びくん! と背中が強張った。
 クレイが、怒っている。それはとても珍しい光景だったから、少なからず驚いた。
 そして。
 驚きながら、喜んでいた。
 わたしが、他の男と寝た、と聞いて。クレイが怒ってくれた。
 それは、嫉妬? 他の男の元になんか行くなって……あなたは、そう言ってくれているの?
 そう聞きたかったけれど聞けなかったのは、相手の口から言わせたいというずるい女心。
「クレイ」
「そんなわけないだろう? マリーナ……どうして……俺のせいなのか?」
「クレイ」
「俺のせいなのか。俺が君を傷つけたから。だから君は……」
「……クレイ」
 もしも、ギアと寝たことがきっかけで、クレイがわたしを見てくれたのなら。
 そうだとしたら、わたしは例え誰から軽蔑されたとしても、ギアと関係を結んだことを、後悔したりはしなかったと思う。
 けれど。
 現実っていうのは、理想通りにはいかない。いつだって、ひどく残酷なもの。

 わたしは期待していたのかもしれない。「ギアと寝た」ということで、クレイがわたしを女の子だったと意識してくれるんじゃないか……
 そんなことを期待して、わざと、彼の前で本当のことを喋ったのかもしれない。
 そんな風に思えたのは、ずっとずっと後のこと。このときは、自分のそんな汚い下心になんか全く気づいていなかった。
 怒りの表情を浮かべてクレイ。そのことが、純粋に嬉しかった。
 だけど……
「君が、本当にギアのことを思っているのなら」
「……え?」
「それなら、俺だって何も言わなかった」
「…………」
 膨れ上がった期待に、一気にひびが入ったような。そんな音が聞こえたと思ったのは、わたしの気のせい?
「クレイ?」
「だけど、違うだろう? マリーナ。君はそんな子じゃない……俺のことを好きだと言ってくれた。その気持ちはとても嬉しかった。それが君の本音だって、真剣に思ってくれてるってことがわかったから」
「…………」
「受け入れてあげられなかったことが、とても申し訳なかった。本当に、悪かったと……そう思ってる」
 ……何を、言っているのよ、クレイ。
 目の前で頭を下げる彼が、何だか知らない人に見えた。
 何を言っているんだろう、この人は。どうして、そんなことを謝っているんだろう?
 彼は……わたしを、傷つけるために、ここに来たの?
「クレイ」
「違うだろう、マリーナ……ギアのことが好きで彼の元に行ったわけじゃないんだろう? 昨日、酒場で君を見かけたって人が家に来たんだ。大分無茶な飲み方をしていたから心配だって。戻っているか、って……トラップもパステルも心配して、随分君を探して、でも見つけられなかった。まさか、ギアがこの街に来ていたなんて……」
「…………」
「放ってはおけない。マリーナ……俺は……君は、本当に魅力的な女性だと思う。俺なんかよりいくらでもいい相手が見つかると思う。だから」
 そう言って。クレイは、とてもとても優しい……優しいだけの残酷な笑みを、浮かべた。
「もっと、自分を大事にした方がいいよ? 俺は、君の気持ちを受け止めることはできなかったけど……君を大切だと思っていることには、変わりないから」

 びしりっ! と、心のどこかに、大きな亀裂が入るのが、わかった。

 突き飛ばすようにして部屋をとびだした。後ろからクレイが何かを言っていたような気がするけれど、何を言われているんだとしても……聞きたくなんか、なかった。
 クレイ。あなたは……とても優しいいい人よ。
 いつだって自分のことより他人のことばかり気遣って、そのたびに損な役回りを引き受けることになって。でも、それに嫌な顔一つしない。
 わたしは、あなたのそんなところが大好き。大好きだからこそ……
 今は、憎い。
「あ、マリーナ! あの……」
 階段を降りて来たわたしを見て、パステルが何かを言いかけたけれど。今は、彼女の顔を見たくはなかった。
 トラップと幸せになれた彼女のことが。影でクレイを傷つけてそのことに気づきもしない彼女のことが。憎らしいと思ってしまうことを、止めることはできそうもなかったからっ……
「まりー……」
 どんっ!!
 パステルの声を背中に家をとびだそうとしたとき。玄関先で、誰かに突き当たって、そのまま転びそうになった。
 トラップ?
 一瞬そう思ったけれど。そこに立っていた人影は、わたしがぶつかってもよろめることすらせず、倒れこもうとするわたしの身体を、楽々と支えてくれた。
 トラップよりもずっと背が高くて、力強い、腕。
 この、腕は……
「……ギア?」
「……忘れ物を届けに来たんだが」
 そう言って。なくしたことにすら気づいていなかった、わたしのブローチを差し出しているのは……
 昨夜、傷つくわたしを唯一受け止めてくれた、とても、優しい人。
「悪かった。君に会わずに、言付けるだけで帰るつもりだったんだがね……マリーナ?」
「…………」
 背後で、パステルがハラハラしながらわたしを見つめているのがわかった。
 あの鈍い彼女にだって、今のわたしが尋常な様子じゃないことは、わかったはず。
 そして、多分ギアにも。
「ねえ、ギア」
「……何だ」
「わたしが、あなたを好きになりたいといったら、迷惑かしら」

 その瞬間。
 部屋の中の空気が、一気に凍りついた。

「ま、マリーナ?」
 おそるおそる、といった様子で声をかけてきたのはパステルだった。
 ギアは何も言わない。何を考えているのかよくわからない無表情で、わたしを見つめているだけ。
 そして、一体いつからいたのか。騒ぎを聞きつけたのか。いつの間にか、階上からクレイが顔を覗かせていて。
 階段の下では、それこそいつの間に現れたのか、トラップの姿も、あった。
「マリーナっ……」
「ごめん、パステル。黙っていてくれる?」
 三人の視線がわたしに突き刺さっている。
 わたしが何を考えているのか、それがわからない、と。そんな顔で見ているのはパステル。
 痛ましそうな顔をしているのは、トラップ。
 そして……驚いているのは、クレイ。
 ……きっと、この中で。わたしのことを本当にわかってくれているのは、ギアとトラップだけ、なんでしょうね。
 皮肉なものだわ。わかって欲しい人に限って、わたしのことをわかってくれない。
 いつだって、そうだった。
「ギア。返事を、聞かせてくれる?」
「……一夜限り。そういうことじゃ、なかったのか?」
「ええ。あのときはね」
「今は?」
「人の考えって変わるものよ。そうじゃない」
 そう言って、わたしは、くるりと視線をクレイの方に向けた。
 まっすぐに彼に視線を向ける。恨みや憎しみなんかこもっていない。何の感情もこもっていない、視線を。
「ギア。あなたはきっと、わたしのことを誰よりもよくわかってくれるでしょうから」
「さて。どうかな」
「自信が無い?」
「わかっているつもりでわかっていない。人間とはそういうものじゃないか?」
「ええ、そうね。本当にその通りだわ……それがわかっているあなただから、きっとわかってくれるって、そう思ったの」
「……ほう」
「だから、あなたを好きになりたい。あなたを好きになることができたのなら、わたしは、きっと、前に進むことができるだろうから」
「前へ?」
「ええ」
 それはとても奇妙な光景だった。
 わたしはギアに、いわば「告白」をしているのに。視線はクレイの方に向けたまま。決してギアの方を見てはいない。
 けれど、ギアには、その理由がわかっているんだろうから。あえて説明しようなんて気には、ならなかった。
「わたしは前へ進みたいのよ。望みもないのに立ち止まっているなんて、そんなのは嫌なの」
「…………」
「お願いできるかしら」
 そう言いきったとき、パステルが「マリーナ!」と声をあげて……背後から、トラップに肩をつかまれて、動きを止めていた。
 わたしとクレイの顔を見比べるトラップの顔は険しい。多分、あいつにはわかってるんでしょうね。一体、わたし達の間に何があったのか。
「マリーナ」
 最初に声をあげたのは、ギアでもクレイでもなく、トラップだった。
「おめえ、それでいいのか?」
「……何が?」
「好きになるってのはそういうことじゃねえだろう。誰かを忘れるために誰かを好きになるなんて。おめえは、それで満足なのか?」
「それはあんたの考え方でしょう、トラップ」
 ぴしゃり、と言い返してやると、トラップは、うっ、と口ごもった。
 馬鹿にしないで。あんた程度に、口で負けるわけないでしょう、わたしが。
 いつだって、喧嘩でわたしに勝てたことなんか、無かったくせに。
「あんたの考え方とわたしの考え方は違うわ。あんたにとっては意味が無いことなのかもしれない。でも、わたしにとっては意味があることなの」
「…………」
「あんたなら、振られてもただ一途にその相手だけを思い続けることができるのかもしれないわね。けど、わたしは嫌なの。そんな風にこの場に立ち止まっていることが正しいことだとは、わたしは思わない」
「…………」
「安心しなさい。あんたを好きになろうなんてこれっぽっちも思わないから」
 それは、せめてものジョークのつもりだった。面白くも何ともないことは、自分でもわかっていたけれど。
 しばらく誰も何も言わなかった。
 わたしの気迫に負けたのか、パステルはおろおろしながらわたしとトラップを見比べていて。
 トラップはわたしをにらみつけていて。
 クレイは……
「…………」
 何も言わない。動こうともしない。ただ、真っ青な顔で、わたしを見つめているだけ。
 ……ようやくわかったの? クレイ。さっきのあなたの言葉が。一体、どれほど残酷なものだったか。
 どれほどわたしを傷つけたのか。
 あなたは鈍すぎるわ。優しくて鈍い、とても残酷なあなた。そんなあなたを好きになってしまった自分を、どれほど馬鹿だって罵ったところで、自分の気持ちに、嘘はつけない。
 それが、辛かった。
「マリーナ……」
 わたしの名前を呼んだのが、誰だったのか。けれど、その声が耳に届いた瞬間……
 ぽん。
 肩に、手が置かれた。
 クレイのものともトラップのものとも違う、大きくて無骨で、少し冷たい手が。
 わたしの肩に、乗せられていた。
「ギア」
「……君がそれで後悔しないというのなら、俺に、君を止める権利は無いな」
「…………」
「君が誰を思おうと。それは君の自由というものだ。誰に口出しする権利もない」
「…………」
 振り向いた瞬間、目があった。長身の彼は、わたしを見下ろすようにしていて。
 その目は、とても優しくて、暖かい。
「ギア」
 あなたでもそんな目ができること、わたしは知っていたわよ。
 少し前、同じような目で、パステルを見ていたこと。わたしは、ちゃんと見ていたんだから。
 同じ目でわたしを見てくれているということは。
 わたしを、少なくともパステルと同じくらいには大切に思ってくれている、と。そんな風に思うのは、自意識過剰かしら?
「わたしは、迷惑じゃないか、って聞いてるのよ?」
「嫌われることに比べたら、好かれることを迷惑に思う理由はないな」
「そう」
「だが、俺が君の気持ちを受け止めるかどうか。俺が、君のことを好きになるかどうか。それは別問題だ」
 はっきりと言ってもらえたことが嬉しかった。
 「嫌いじゃないけれどそういう対象としては見れない」……そんな中途半端な期待だけをもたされるくらいなら。こんな風に、きっぱりと言ってもらえるほうが、いい。
 そう思うのは、変?
「慣れてるわ」
「ほう」
「わたしを馬鹿にしないで。報われるわけもない思いを、わたしは十年以上も抱えてきたわ」
「そうか」
「安易に実る思いなんかありがたくも何ともないわ。障害をいくつもいくつも乗り越えて、ようやく手に入れるからこそ価値がある……そうじゃない?」
「君は、いい冒険者になれそうだな」
「残念だけど、わたしは冒険者じゃないのよ」
「そうか。惜しいことだ」
 そう言って。わたしの肩を抱いたまま、ギアは、ぐるり、と視線を向けた。
 クレイと、トラップと、パステルに向けて。
「……聞いた通りだ。文句を言うのなら、今のうちだが?」
「…………」
 その言葉に、パステルは戸惑ったような顔をしている。トラップは不機嫌そうにしていて、クレイは……
「クレイ」
「…………」
 ギアの呼びかけに、クレイは、弾かれたように顔をあげた。
 わたしと、ギアの顔を交互に見て。そして。
「おまえが招いた結果だ」
「…………」
「全てはお前が招いた結果だ。そのことだけは、忘れるな」
「…………」
「マリーナ」
 そうして。腕の力を緩めることなく。ギアは、そのまま玄関をくぐった。
 誰もわたし達を止める人はいなかった。
 誰も、文句を言う人はいなかった。
「マリーナ」
 外に出る瞬間、ギアは、わたしにだけ聞こえる声で、囁いた。
「これが、最後だ。いいのか? 本当に」
「…………」
 チラリと、ギアの肩越しに視線を後ろに向ける。
 けれど、馬鹿だとわかっていても最後の最後まで捨て切れなかった希望が実ることは、決してなかった。
 それが、よくわかったから。
「ええ」
 言葉少なに答えて、わたしは、ギアの身体に身をもたせかけた。
 バタン、とドアが閉じたとき。それまで大切に大切に抱えてきた思いが、完全に壊れてしまったことに気づいて。
 一筋の涙が、頬を伝って、落ちていった。


前編に戻る/後編に進む