20のお題 日常お題 〜学生編〜
10 うわばき


 朝学校に到着したら、うわばきが消えていた。
「…………」
「ん? パステル、どーしたんだ?」
 わたしが靴箱の前で沈黙しているのを見て、一緒に登校してきた同居人……にして恋人でもある人、トラップが、不思議そうな顔で覗き込んで来たけれど。
「別に……わ、わたし、ちょっと用事思い出しちゃったから、先に教室行ってて!」
 ばたんっ、と靴箱のドアを閉めてひきつった笑みを返すと、彼は変な顔をしつつも、「わかった」とあっさり言って、階段を上って行った。
 ……変だと思われたよね、絶対。トラップって、勘が鋭いし。
 でも……でも、こればっかりは、彼に相談しちゃいけない。わたしが解決しなきゃいけないことだから。
 ギュッ、と唇を噛み締めて、腕時計に目を落とした。
 今日は、いつもギリギリに到着しているわたし達にしては珍しく、時間に余裕があった。もっとも、後15分で始業、ってところだけど。
 それまでに、何とかしなきゃ。
 登校してくるクラスメート達が変な顔をする中、わたしはばたばたと玄関を走り出た。
 全くう! まあ確かに、気持ちはわからなくもないんだけどさっ……わたし達、もう高校生なんだよ!? もうちょっと何ていうか……他にやりようはなかったの!?
 
 わたしとトラップが恋人同士になったこと。これは、実は校内では割と有名だったりする。
 何でって聞かれたら、それはもうトラップが目立つ人だから、の一言に尽きるんだけど。
 彼はすごい。何ていうか……色んな意味ですごい。成績も運動神経も抜群にいいし外見もそれなりにかっこいいし……だけど、そういう表層的な部分だけじゃなく。何ていうか……やることなすこと全てが目立つ人なんだ。
 そんな彼だから、校内の女の子の人気はすごいものがあって(もっとも、わたしは知り合うまでそんなこと全然知らなかったんだけどさ)、マリーナに言わせれば、中等部の頃から告白する女の子は後を絶たなかったらしい。
 けど、彼はその中のどの子とも付き合わなかった。気軽にデートはしても、彼女には絶対にしなかった。
 それは……彼の言葉によれば、中等部に入学したときわたしを見かけてから、彼がずっとわたしを思ってくれていたから……ってことだそうだけど。わたし達の過去なんて、女の子達が知っているわけもなく。
 結果どうなったかと言えば……わたしは、彼に憧れていた女の子達の嫉妬を一身に浴びる羽目になってしまったのだ。
 そりゃあ……ねえ。それはすなわち「彼女」って認められてるってことだから。そう考えればちょっと嬉しいって思わなくもないけど。
 だからって、別に悪いことをしているわけじゃないのに、この仕打ちはどうなのか、とも思う。
「ええっと……前はどこに隠されてたんだっけ……」
 ごそごそと校舎の周りを探しながら、わたしは首を傾げていた。
 消えたうわばき。その真相は実に単純……女の子達(影でトラップ親衛隊なる呼称があるらしい)の嫌がらせ。
 こんな嫌がらせを受けるのは初めてじゃない。歩いていて突然足をひっかけられそうになったこともあるし、机の中に虫が入れられてたこともあるし。
 多分トラップか……あるいはギア先生か、クレイか。とにかく誰かに相談すれば、きっと何とかしてくれるんだろうけど。わたしはそれを、誰にも言わなかった。マリーナやリタは、薄々勘付いているらしくって。傍にいるときはさりげなく守ってくれたりもするんだけど。
 けど、とにかく、気持ちの問題として。わたしはこの件に関して、誰かに助けてもらおうとは思っていない。
 もう一度腕時計を見てみる。始業まで後十分……ってところ。
「負けないんだから」
 誰も聞いている人なんかいないけど、小さくつぶやく。
 負けない。だって、わたしはトラップの彼女なんだから。トラップがそう認めてくれたんだから、わたしは小さくなったり遠慮したりする必要なんか、全然無い。
 けれど、ここで誰かに甘えたりしたって、嫌がらせはなくならない。「どうしてあんな子が……」って言われるだけ。
 だから、一人で何とかしてみせる。絶対絶対、いつかは認めてもらうんだから。
 胸を張って「トラップの彼女です」って言える女の子になりたいから……わたしは負けない!
 ……とまあ、そんなわけで。どこかに隠されたらしきうわばきを、わたしは一生懸命探しているわけなんだけど。
 そ、それにしてもねえ! 小学生じゃないんだからさあ……いや、そりゃあ大勢で囲まれてよってたかって責められるって言うのも嫌だよ? けど、もうちょっと他にやりようは無いのかなあ……って思ってしまう。
 嫌がらせなんて、単純な方がかえって効果がある、とは言うけどね。
 はあ。それにしてもどこなんだろう?
 茂みの中やゴミ箱の中、ドブの中……思いつく限りの場所を探してみたんだけど、見つからない。
 確か前回は、焼却炉の中に押し込まれてたんだよね。同じ場所に隠すなんて芸の無いことはしないだろう、と思いつつ、真っ先に探しに行ったらやっぱり無かったんだけどさ。
 うーん。困ったなあ……
 腕時計の針は、残り五分を指していた。
 最悪、「洗うために持って帰って家に忘れた」ってことにして、一日裸足で授業を受けるっていうのもありだろうけど……それはさすがに避けたい。みっともないし。
 うーっ……もうっ! 何でわたしがこんな苦労しなきゃなんないわけっ!
 空を仰いで、わたしが理不尽な仕打ちに対する怒りをぶつけていたときだった。
 ――ぼこっ!
 突然、頭の上から何かが降ってきた。
「……え?」
 そんなに重たいものじゃなかったから大して痛くは無かったけれど、それでも結構な衝撃があって……
 ……って何!? 何で頭の上から突然……
 振り仰いでみたけれど、そこから見える校舎の窓には、誰の姿も無く……
 何が落ちてきたんだろう、と思って視線を落とすと。そこに転がっていたのは……
「……へ?」
 うわばきだった。
 間違いなくわたしのうわばき。ちゃんと名前も書かれてる。……多分ゴミ箱につっこまれてたのかな? ちょっと汚れてるけど。
 ……もしかして、校舎の中に隠されてた? ああ、考えてみたらそうだよね……別にわざわざ外に隠す必要なんか無いよね? 以前隠された場所が外だったから、ついついそんな風に思いこんじゃってたけど……
 裸足で校舎内の中を歩き回るのは目立つから、できれば外に隠されていて欲しかった。多分心のどこかでそんな風に願って、わたしは無意識に外ばかり見ていたんだろうけど……隠した女の子達が、そんなこと気にする必要は無いわけで……
 ……でも。
 どうしてこれが、突然窓から落ちてくるわけ? もしかしてこれも嫌がらせ?
 いや、でもうわばきを返してくれたわけだし……
「……まあ、いいか」
 見つかったのならもういいや。ちょっと汚れてるけど、履けなくなったわけじゃないし。
 そう思い直して、わたしは慌てて玄関の方へと舞い戻って行った。
 
「遅かったな。あにしてたんだ? おめえ」
「あ……ううん、別に」
 教室に戻ると、トラップは机の上でつっぷして寝てたみたいだけど。
 わたしが隣の席に座ると、ちょっとだけ顔を上げてくれた。
「別に、大したことじゃないから。ちょっと……ね」
「ふうん」
 それ以上聞く気は無いらしく、彼は大きなあくびをしてもう一度机の上につっぷしたけど。
「……持って帰れよ」
「え?」
 何かつぶやかれた気がして振り向いた。顔を上げないまま、それでも確かにトラップは何かをつぶやいていて……
「おめえ、何かやけにうわばき汚れてんな。ちゃんと持って帰ってんのかあ?」
「え? や、その……」
「一回持って帰って洗った方がいいんじゃね? 俺もそろそろ持って帰ろうって思ってたしな。ついでに洗ってくれ」
「な、何よそれ! 図々しいったら」
 わたしの文句は無視されて。しばらくすると、トラップの唇からは、気持ち良さそうな寝息が聞こえてきたんだけど……
 ……その体勢で、どうして足元が……うわばきが目に入るわけ?
 ふと、そんなことを思う。
 もしかして、この靴見つけてくれたのって。
 何も言ってないから、気づいてないもんだ、って思ってたけど……
 もしかして……
 ……って、まさかね。トラップは目がいいから。偶然目に入っただけだよね。そうに決まってる。
 自分にそう言い聞かせて。
 わたしは、始業のベルが鳴るのを、ぼんやりと聞いていた。


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