20のお題 日常お題 〜学生編〜
09 メッセージ


「はあ、いいなあ……」
 図書室で借りた本をパタンと伏せて、わたしはうっとりとつぶやいた。
 時刻は夜十時。宿題も明日の予習復習も全部すませて、後は寝るだけとなった一番くつろげる時間。
 わたしの前に積んであるのは、数冊の本。
 小説家になりたい! って思ってるくらい本が好きなわたしだから。読んでみたい本はすっごくたくさんあるんだけど、欲しい本を端から買っていったらお小遣いがいくらあっても足りないもんね。
 だから、もっぱら学校の図書館を利用していたんだけど。やっぱりねえ……学校だからか、置いてある本も固い本が多くて。あんまり普通の小説は置いてない。
 だから、今日、初めて市立図書館に行ってみたんだ。
 ちなみに連れていってくれたのはマリーナで、彼女は彼女で探したい本があったから、良かったら一緒に行かない? って誘われたんだけど。
 初めて行ったその図書館はそりゃあもう大きくて。本屋さんに負けないくらいたくさん並んでいる小説に、思わず時間を忘れてしまった。
 で、早速借りられるだけの本を借りてきたんだけど……
 今読んでいるのはその中の一冊。それは、ごく普通の女子高生が主役の恋愛小説で。
 主人公の女の子は、何の刺激も無いすっごく退屈な日常に飽き飽きしていた。そこで、彼女は刺激を求めて、偽のラブレターを書くのね。
 自分の名前は名乗らずに、ただ「好きです」って思いをいっぱいにこめたラブレター。
 宛先人として選んだのは、たまたま隣の席に座っているだけの、それまでろくに話したこともないような男の子。
 で、彼女は授業中に、こっそり彼に手紙を渡すの。「これ、向こうから回ってきた」って。
 その手紙を受け取った彼がどんな反応を示すか。彼女は退屈凌ぎにそれを観察しようと、そう思って。
 飽きたら、「実は……」って真実を伝えればいいやと、そんな風に思っていたのに。
 それまで意識もしたことが無かった男の子が、実はとても優しい人であることや、同じ趣味を持っていること。
 そんなことを知るにつれて、どんどん彼に心惹かれていって……けれど、一生懸命手紙の差出人を探そうとする彼に、今更本当のことは言えなくて……
 と、わたしが読んだのはそこまで。
 何ていうのかなあ……わたしって、今まで冒険小説っていうか、そういうあんまり「恋愛」に重きを置いてない作品ばかり読んできたから、すっごく新鮮で。
 それにね、描写がすごく丁寧なの。女の子の心理状態が手にとるようにわかって、すっかり感情移入しちゃったくらい!
 ううっ、でも、いいなあ……
 うっとりしながら、本を閉じる。
 続きはまた明日ね。一気に全部読んじゃったらもったいないもん。
 そう考えて、ベッドにもぐりこむ。
 授業中にメッセージを回す。そういうのがよそのクラスでははやってる、って聞いたことがあるけど、わたしはまだやったことがない。
 だって怖いじゃない。授業中って、いつ先生に見つかるかわからないのに。
 でも、この小説を読んでいたら、何だか無性に「わたしもやってみたい!」って思った。
 で、思いついたらやってみないと気がすまないのが、わたしなんだよねえ……
 布団の中で、くっくっ、と小さな笑いを漏らす。
 明日、購買でメモ用紙を買ってみよう。大丈夫だよね? 先生が黒板に向かっているときにでもこそっとまわせば、ばれないよね?
 
 というわけで翌日の英語の時間。先生が読み上げる教科書を聞いているだけ(ヒアリング試験のための訓練なんだ)の退屈なとき。
 わたしは、早速ノートの下で買ったばかりのメモ帳を広げていた。
 いかにも女の子が好きそうな、ピンクのハート型の可愛いメモ帳。
 さて、何を書こうかな。
 ……と考えたところで、はたと手が止まってしまった。
 そういえば。「やってみたい!」と思ったのはいいけれど、わたし……別に連絡したいことなんて、特になかったっけ……
 チラリと周囲に視線をとばす。
 わたしの周りに座っている人で、一番仲がいい、と言えるのは……やっぱり左隣の彼だろう。
 トラップ。ひょろりとした細身で、すっごく鮮やかな赤い髪が端正な顔立ちによく似合う男の子。
 実はわたしの恋人にして現在同じ家に暮らしている相手でもあるんだけど。まあそれはともかくとして……
 前後左右の簡単に渡せそうな席に座っている人で、わたしがメッセージを回しても不思議じゃない相手は、やっぱり彼しか思い浮かばない。
 リタやマリーナは席が離れてるもんなあ……最初だもんね。さすがにいきなり遠くに「まわして」って頼むのは、勇気がいる。
 といって。どうしよう?
 うーん、と首をひねる。
 四六時中一緒にいるトラップに、あえて伝えたいことなんて何も思いつかない。
 どうせ言わなくても一緒に帰ることになるだろうし。隣の席だからお弁当だって一緒に食べてるし。
 がくっ。そう考えると、何だかわたし達って新鮮味が無いよね……うう、これってもしや「マンネリ」って奴?
 って、いやいや。そんなこと考えてる場合じゃなかった。
 先生の声が大きくなってきているのを聞いて、わたしは慌ててシャーペンを手にとった。
 もうすぐ聞いてるだけの授業が終わる。そうしたら、後はノートを取る必要があるから、じっくり考えてる暇なんて無い。何とか今のうちに済ませてしまいたい。
 うーん、うーん……
 数分心の中でうなった後。
 結局、わたしはひねりの無い文章を書くことにした。
 メモを一枚破る。音がしないように慎重に。
 そこに書き連ねた文章は……
 
 ――あなたのことが好きなんです。どうか、わたしの思いに気がついてください――
 
 実はこれ、小説の中で女の子が男の子に送ったメッセージと全く同じだったりする。
 ははっ。将来小説家を目指そうと思ってるのに、いいのかな、こんなことで……
 と、一瞬落ち込みそうになったけれど。この手紙を見たらトラップがどんな反応を示すか……それを想像したら、やっぱり「面白そう。やってみたい」って思うことを止められなくて。
 コツコツ
 先生に気づかれないように、シャーペンで自分の机を叩く。
 それを耳ざとく聞きつけたのか、トラップの視線がこっちを向いた。
 そっと机の下からメモを差し出す。同時に、ノートの端に「あっちの方から回ってきたよ。トラップに渡してくれって」って文章を書いて、それを目につく場所に置く。
 トラップの表情が少し動いた。「ふうん」と口の中だけでつぶやいて、同じく机の下から手を伸ばしてメモを受け取る。
 同時に、サッと手をひっこめた。この間、時間にして十秒ちょっとくらい。
 ふうっ……
 心の中で大きく息をつく。幸いなことに、先生は全然気づかなかったみたいだった。
 何だろ……何だか、すっごくドキドキした!
 うまく見つからずに渡せたときは、妙な達成感を感じることができたし……うわあ、まずい。癖になりそうっ!
 わたしが一人、ほっぺたを押さえてにまにましていると。同時に、先生の朗読が終わって、黒板に文字が書かれ始めた。
 
 果たしてメモを受け取ったトラップがどんな反応を示すか。
 黒板の文章を写しながら、わたしはそんなことが気になって仕方が無かったけど。
 横目でうかがってみたけど、トラップの表情は別にいつもと変わった様子は見えなかった。
 他の授業は大抵ボーッとしてることが多いのに、英語の授業は割りと熱心な彼だから。メモは後で読もうと思ってるのかも?
 なーんだ。どうせなら授業中に読んで欲しかったのに。小説みたいにさ。
 と、わたしが心の中でがっかりしていると……
 コツン
 不意に、頭に何かが落ちた。
 ……え?
 ころん、とそこから転がり落ちてきたのは、丸められた紙。
 柄に見覚えがあった。さっきわたしが渡した、メモ用紙。
 ……えと……?
 くるりと横を向くと、トラップが口元だけでニヤリと笑ってみせた。そして、何事もなかったかのように授業に戻る。
 ええと……
 こそこそと机の下でそれを開いてみる。丁寧にしわを伸ばすと、さっき書いたわたしの文章がそのまま残っていて……
 そして、その下に。
 
 ――んなこととっくに知ってるっつーの。今更あに言ってんだ、ばあか――
 
 実に彼らしいぶっきらぼうな一文が、付け足されていた。
 
 何でわたしが書いたってわかったの、と授業が終わった後に聞くと、「自分で考えろ」と小突かれてしまった。
 考えろ、ったって。わからないから聞いてるのに。
 おかしいなあ。あの話ではうまく行ってたのに。何でわたしがやると失敗するんだろう?
 そんなことを悩みながら、その日の夜、わたしは小説の続きを全部読みきった。
 そして納得した。
 
 ――最初から知ってたよ――
 ――知っててわざと乗せられたんだ。それで君が僕に興味を持ってくれるのならって、そう思って――
 
 物語のラストシーン。黙っていることに耐えられなくなった女の子が、涙ながらに告白すると。
 男の子は、怒るでもなく淡々と伝えた。
 
 ――ずっと君を見てたから――
 ――メモをもらったとき、すぐに君の字だって、わかったんだ――
 
 ああ、なるほどね。
 読み終わった瞬間感じたのは、そんな正直な一言で。
 無事に両思いになりハッピーエンドを迎えた本をパタンと閉じて、わたしは大きく息をついた。
 事実は小説より奇なり、って言うけど。
 奇かどうかはともかく。小説みたいにうまくいかないのは確かだよね……


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