20のお題 日常お題 〜学生編〜
06 時間割


 うああ、しまった……
 その日、学校についてカバンを開けた瞬間、わたしは思わずつぶやいてしまった。
 中に詰まっているのは、教科書とノート。いや、当たり前なんだけどさ。
 けど、その教科書を取り出してみた瞬間、わたしは自分の失敗に気づいた。
「うわあ、やっちゃった……」
「あんだ? どーした?」
 わたしの声が聞こえたのか。そうつぶやいた瞬間、隣からそんな声がとんできた。
 振り向く。そこに座って行儀悪く脚を机の上に乗せているのは、赤い髪がとっても鮮やかな、端正な顔立ちの男の子。
 トラップ。わたしのクラスメートにして同居人にして恋人でもあるという、何だか話すと長くなる人なんだけど。
「うん、それがさあ……間違えちゃって」
「間違えたって、何をだよ?」
「時間割……」
 そう言って、わたしが事情を話すと。
 トラップは、まじまじと目を見開いた後、天井を仰いで大爆笑した。
 うーっ。そ、そんなに笑うことないでしょー!!?
 
 わたしは基本的に忙しい。
 現在色んな事情があって、わたしはトラップの家に居候してるんだけど。彼のご両親は、お仕事の都合で今は家にいない。
 そんなわけで、今のわたしはトラップと二人暮らし状態。大体器用で大抵の家事はこなす彼だけど、生来面倒くさがりの彼が、料理や洗濯なんてやってくれるわけもなく。結局一切の家事をわたしがやる羽目になっている。
 いや、それはいいんだけどさ。もう諦めたし。居候させてもらってるんだから、それくらいやるのは当然だ、って思うようにしたし。
 まあとにかく、そんなわけでわたしは毎日忙しい。結構な広さの家を掃除した後、宿題とか予習復習を片付けていたら、大体は寝る時間になっちゃってる。
 で、まあ何が言いたいか、というと……
 ちょっと宿題がたくさん出たときとか、「終わった!」ってことに安心して、その後ばたって寝ちゃうことが多いんだよね。朝は朝でごはん作ったりお弁当作ったりしなきゃいけないから、早起きしなきゃいけないし。
 で……まあ、ようするに、そんなわけでばたばたと家事に追われて、わたしは時間割を合わせるのが登校直前になったりすることが多い。
 前日に準備しておけば、こんなにバタバタすることはないってわかっててもさあ……なーんとなく、「明日でもできるから」って後回しにしちゃうんだよね。他の用事が今日しかできないことばっかりなだけに余計。
 で……今朝もそんな風にして、慌てて時間割をあわせてきたら。
 学校について、実はその時間割が今日のものではなく明日のものだってことに気づいた、と。
 まあそういうわけだった……

「んっとにおめえは間抜けだよなあ……普通やるかあ? んな初歩的なミス」
「なっ……わ、悪かったわねえ!!」
 一から十まで話を聞いて、とりあえずトラップが漏らした感想はそんなものだった。
 は、腹の立つー!! それが当たっているとわかっているだけに余計に!!
「しょ、しょうがないでしょ!? 誰にだってうっかりミスはあるんだからっ」
「俺はんなミスしたことないけどな」
 そういうトラップは、「カバンが重たくなるのが嫌だ」という理由で、毎日毎日教科書もノートも全部学校に置きっぱなしにしている人だったりする。
 あ、あのねえ! それで忘れるわけないでしょうが! っていうか、そんなことして宿題や予習復習はどうやってやってるのよ!?
 って聞いたところで、どうせトラップのことだから。「授業聞いてりゃわかるだろ、大体」なんて返事が返ってくるんだろうけどさ。
 ああもう悔しい! 何だかわからないけど、すごく、すっごく悔しいっ……!!
 
 と、いうわけで、その日一日。
「何、教科書を忘れた? 仕方ないな。隣の人に見せてもらいなさい」
「……はい」
 隣の席……つまり、トラップに、ずーっと「お願い、教科書見せて」と言う羽目になった。
 まあねえ。数学や英語みたいな毎日ある教科はよかったけどさ。ノートだって他のノートでも代用はできるし。けど、教科書だけはね……見せてもらわないことにはどうしようもないから。
「ご、ごめん。トラップ……教科書見せて」
「へいへい」
 机をくっつけてぺこん、と頭を下げるわたしを見るトラップの目は……何というか、それはそれは嬉しそうだった。
 ううっ。もう、絶対! ぜーったいこんなミスはしないっ! 時間割はちゃんと前日に合わせることにしよう、そうしようっ!!
 小さくなってトラップの教科書を覗き込みながら、わたしは、強く、強くそう誓った。
 
 で、わたしが決意を固めた翌朝。
 早速しつこいくらいに時間割をチェックして……それも、朝と夜の二回……わたしは「よしよし、今日はばっちり!」なんて変な自己満足に浸っていたんだけど。
 学校についた瞬間。
「……あー」
 隣の席から、そんなどこか気の抜けたような声が聞こえてきた。
「やべえ」
「どうしたの?」
 発信源は、トラップ。彼は、何やら机の上でカバンを逆さに振っていたんだけど。やがて、ニヤリ、とこちらに笑いかけてみせた。
「わりい、パステル」
「ん?」
「今日、教科書全部忘れちまった。見せてくれ」
 …………
 開いた口がふさがらない、っていうのは、多分このことを言うんだと思う……
「なっ……何それ! 全部!?」
「そっ」
「だ、だって……トラップ、教科書もノートも全部置きっぱなしにして帰ってたんじゃあ!?」
「それがなあ、たまーに気が向いて持って帰ることがあるんだけどよ。んで、昨日気が向いたんだけどよ? そのまま癖でカバン空のまま学校に来ちまってよー。いやあ、参った参った」
 参った、なんて言いながら、その顔は全く参ってるようには見えなかった。
 がたがたと机を動かしてわたしの机にぴったりくっつけているその顔は、どっちかというとむしろ嬉しそうで。
「トラップ……?」
「ん? 何だよ。ま、今日一日世話になるわ。よろしくな、パステルちゃーん?」
 ぽんぽんとわたしの肩を叩いて、ひどく軽薄な笑みを浮かべるトラップ。
 ……あの、ねえ。思い過ごしだと思いたいんだけど。
 あなた、まさか……?
 一度浮かんだ疑問は、なかなか消えることはなかったけれど。
 そんなわたしの視線を受け止めても、トラップの表情は全く変わることはなく、鼻歌なんか歌いながら椅子の背にもたれかかっている。
 ……ま、いいか。
 はあっ、と息をついて、一時間目に必要な教科書を取り出した。
 いいか、別に。これでおあいこ、ってもんだし……
 それに、何だか。
「わりいな」
「いいわよ、もう。わたしも昨日見せてもらったし」
 机の真ん中に一冊の教科書を開いて。それを二人で額をくっつけるようにして覗き込む。
 そうやって受ける授業は、何だか胸がドキドキしたから。
 まあ、いいか。たまには……ね?


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