20のお題 日常お題 〜学生編〜 05 HR 朝のHRの時間。いつもなら担任の先生一人しか入ってこない入り口から、もう一人先生が入ってくるのが見えたとき。何となく嫌な予感がしてたんだよね。 「ええと、今日は話があります」 挨拶の後、ギア先生が後ろに下がって教壇を譲ると。その先生は、とてもとても暗い顔立ちで、そう切り出した。 「まずは、この答案をお返しします……本当は授業のときに返すべきなのでしょうが、ちょっとそうも言っていられなくなりました。HRの時間を借りてすみませんね、ギア先生」 「いえ。きっちり話してやってください」 そんな会話の後、先生の言う「答案」が、返されていく。 ……うっ! こ、この答案はっ……? 最初、一体何のことか、と思ったけれど。手元に返って来たテストを見て、わたしは一気に青ざめてしまった。 「今回のテストは、ちょっと難しすぎましたかねえ……それにしても。いくら受験が無いとはいえ……今しっかり勉強しておかないと、将来後悔するのは君たちですよ?」 夏の日差しが差し込む教室にて。 何となくだらけたムード漂う生徒を見回して、数学担当のミケラ先生は、それはそれは深いため息をついた。 ……まあ……先生が嘆く気持ちも、わからなくはないけどね。たははっ…… わたしの机の上に置かれているのは、白い紙。他の皆の前に置かれているのと同じもの。 その中に踊るのは、赤いペンで描かれた×、×、×…… 「平均点が40点以下とは……あのですねえ、確かに抜き打ちで行ったテストです。けれど、内容は全てそれまでの復習ですよ? 授業さえきちんと受けていれば解けるはずです。それなのに……」 ミケラ先生はとても優しい先生だ。わからないと言ったらいつも丁寧に教えてくれるし、生徒の悩み相談なんかにも嫌がらずに乗ってくれる。生徒のことをいつも暖かい目で見ていて、数学が苦手なわたしにだって、「人には必ず苦手なものが存在しますから」って言って、できる生徒と区別したりなんか絶対にしない人。 ……なんだけど。さすがに、この結果には優しい先生といえども黙ってはいられなかったらしい。 この間行われた抜き打ちの小テスト。 範囲は既に終わった中間試験と同じ。確かに先生の言った通り、普通に予習復習をして今までやったところをちゃんと理解していれば、それなりの点数が取れると思う。 そして。 たたき出されたクラスの平均点……黒板に踊る文字は、38。 ああ、良かった! 試験が終わったからって気が抜けて、ちょっと勉強さぼってたのはわたしだけじゃなかったんだ……! と、わたしが26点の答案抱えて密かに安堵したことは秘密にしておく…… い、いや、期末テストが近づいたら、ちゃんと復習するつもりだったんだって! 本当に! 多分…… 「まあ、ですねえ……このままでは、期末テストのときに皆さんが困るでしょうから……もう一度終わった範囲をやり直したいんですがね。期末試験まで間が無いんですよ。少しカリキュラムが遅れていますし……ですから、担任の先生の許可はもらいました」 と、わたしが情けないことを考えては「はあああああああ」とため息をついていたときだった。 不意に、先生は、バンッ、と教壇を叩いて、叫んだ。 「補習を行いたいと思います」 「…………」 ミケラ先生が大声をあげるなんて珍しいなあ、なんて思ってしまったのは、現実逃避という奴かもしれない。 「このままでは困るのは皆さん達ですからね! このテストで50点以下だった人達は、補習を行いたいと思いますので、今日から一週間、放課後毎日残っていてください!」 『えええええええええええええええっ!!?』 クラス中から、悲鳴のような声が漏れた。ご多分に漏れずわたしも。 だだだだって! 放課後……って、毎日って!? 「先生! あの……ぶ、部活があるんですけど……」 ざわめく教室の中で、勇気ある生徒が一人立ち上がったけれど、そこに、ギア先生の冷たい声が割り込んできた。 「部活の顧問に許可をもらえ。君たちは何のために学校に来ているのか、それを忘れるな」 「…………」 そんな風に言われちゃあ、返す言葉なんて見つからない、よね…… 「わかりましたね? さぼった生徒には課題をやってもらいますので……それでは、失礼します。また授業で……先生、すみません。貴重な時間を」 「いえ、当然のことです。正直ここまでひどいとは……これ以上授業を無駄に潰すわけにはいきませんからね。よろしくお願いします」 一気に暗くなる教室の雰囲気を無視して。 先生達のそんな会話で、朝のHRは締められた。 「はああああああああ……憂鬱……」 昼休み。トラップとマリーナ、リタといういつものメンバーでお弁当を広げながら、わたしは深い深いため息をついていた。 「どうしたの? パステル」 「ああ……うん。数学の補習がね……」 つぶやくと、「ああ」とマリーナは苦笑を浮かべた。 「パステル、ひっかかっちゃったんだ?」 「うん……」 「けっ。何であんなテストができないのかねえ? 俺にはそっちの方が不思議なんだけど」 うちひしがれるわたしに追い討ちをかけたのはトラップ。 あっ……あのねえ! そりゃトラップは数学が得意だからわからないかもしれないけどっ……わからない子にとっては、あれほど未知の教科はないんだよ!!? ちなみに、補習が言い渡されたとき、トラップは「自分には関係ない」とばかりに堂々と居眠りをしていた。 隣の席のわたしはばっちりと目撃している。その答案に書かれた「100」というありえない数字を。 「マリーナはどうだった?」 「わたし? わたしはギリギリで通ったわ。確かに、あのテストは難しかったわよねえ……」 「……リタは?」 「わたしもギリギリ」 「…………」 マリーナはもともと頭がいい人だったからわかる。 けど、リタは「数学は苦手」って言ってたような気がするんだけど……? 「リタ……勉強してたんだ?」 「違うわよ。あのときはたまたま。職員室に行ったとき、聞いちゃったのよね。テストをするつもりだ〜〜って話。だから、ちょっと」 ……それって何だかずるい! 「教えてくれればよかったのに」 「そんなこと言ったら抜き打ちの意味がなくなるじゃない。まあ、教師だって色々大変なのよ、パステル」 泣きそうになってつぶやくわたしに、リタは飄々と答えた。 な、何だか納得できないー!! 「……じゃあ……補習受けるの、わたしだけ……なの?」 お弁当をつつきながらつぶやくと。 トラップ、マリーナ、リタは、揃って「ま、そうなるかな」なーんて言って頷いた。 わーん!! 補習を受ける羽目になったのは、わたしの成績が悪かったせいで。つまりまぎれもなくわたしの責任なんだとわかってはいるけれど。 それでも、帰っていく人を見送って、教室の中に居残っているのは辛かった。 いや、そりゃあ平均点を見ればわかるように、受ける人より帰る人の方が圧倒的に少ないんだけどさ。それでも、仲の良い子が誰もいないって、辛い。 「それでは、補習を始めます」 まあ、でも、教室に入ってくるミケラ先生の顔も、随分と疲れていて。 「教師だって大変なんだ」っていうリタの言葉に、それもそうだと素直に頷けた。 そうだよねえ。よく考えたら、補習なんて先生にとってはいわば「余分な仕事」なわけで。 先生だって、やりたくてやってるわけじゃないんだよね……うう、ごめんなさあいっ…… 心の中で謝りながら、わたしは教科書を広げた。 家に帰ったときは、夜の九時を回っていた。 「んだよ。遅かったんだな、おめえ」 玄関のドアを開けると、ちょうどお風呂上りらしいトラップが、タオルで頭をかきむしりながら顔を覗かせた。 「ずっと補習してたんか?」 「うん……」 不思議そうな顔をするトラップに、曖昧な笑みだけ返して階段を上る。 正確に言うと何も答えられなかった。もう疲れちゃって! 「はあああ……」 ベッドに転がると盛大なため息が漏れてしまった。頭の中を巡るのは、今日改めて習った数式その他。 補習は夜の8時まで。かなり遅い……けれど、こうでもしないと一週間ではとても範囲を全部さらえない、ということだった。 「短い時間で長い期間補習をする方がいいですか? それとも短期で集中してやりますか?」 と先生に聞かれて。だらだら長いこと放課後残されるくらいなら……と、みんなで短期集中の方を選んだんだけど。 ううっ。これは失敗だったかもしれない……最後の方に習ったことなんか何も覚えてない。集中力がとても続かなくて。 「……こんなことで大丈夫なのかなあ……」 枕に顔を埋めて、わたしは「はああああ」と、もう一度大きなため息をついた。 こんな日が今週末までずっと続く。 そう思うと、何だか「学校に行きたくなーい!」なーんて思ってしまったけれど。 それが崩れてしまったのは、翌日、HRの時間だった。 朝のHRじゃなくて帰りのね。つまり、もう授業が終わって、トラップ達はこの後帰宅するだけ、わたし達補習組はこの後も長い授業が……と、明暗くっきり分かれた教室にて。 「起立、礼!」 クラス委員、トマス君の声に立ち上がる。すると、教室に入ってきたギア先生は、教壇につくなり突然「そのまま聞け」と言い出した。 「今日のHRは……ちょっとした連絡がある」 「……はい?」 みんなの顔に「?」マークがいっぱいに浮かんだけれど、先生はそれに構うことなく。 「数学の補習だが。全員強制参加ということになった」 と、とんでもないことを言い出した。 『えーっ!?』と声をあげたのは、一部の補習を免れていた生徒。いや、本当に一部だったけどね。 わたし達補習組は、どうせやるのは変わらないだからあまり関係ないといえばないんだけど…… で、でも、何で? 「先生!?」 「ミケラ先生から伝言だ。『やはり生徒の成績だけで待遇を変えるのはよくない』ということだそうだ。……わかりやすく言い直してやろう。連帯責任だ」 それは言葉にすればもっともらしいけれど、ひどく理不尽な物言いだった。 だって、よく考えてみてよ? 成績が悪いのは別に誰のせいってわけでもない、本人のせいなんだよ? 成績がいい人達は、自分達でそれなりの努力をしてるんだもん。いや、まあトラップみたいな例外も中にはいるけどさ。それにしたって……「連帯責任」なんて、それこそ不公平な気がするんですけど……? 「もう決まったことだ。反論は受け付けない……では、この後ミケラ先生が来る。真面目に補習を受けるように。では」 そんな感じで、クラス中のブーイングを無視するような形で、HRは終わった。 うわあっ……こ、こわーい。あんな風に言われたら、文句なんて言えないよねえ…… 心の中で苦笑しつつ、横を向いた。 多分、今回の件が一番不満であろう、クラスで多分ただ一人、あのときの試験で満点を取った人を。 ところが。 わたしの予想に反して、彼は何の反応も見せていなかった。 それどころか、むしろ嬉しそうに教科書やノートを準備している。 …………? ど、どういう風の吹き回し……? その日も、宣言通り補習は8時まで。 昨日受けてた人はもうわかってたから今更騒がなかったけど(騒ぐほどの体力も残ってなかったけど)、今日初めて受けた人は、悲鳴をあげていた。 まあね、気持ちはわかるよ……お腹も空くしねえ…… ため息つきつき家路を辿る。昨日は、この真っ暗な道を一人で歩いていて、ちょっと怖かったりもしたけれど。今日は、隣にトラップがいたから。 「補習っつーの初めて受けた。案外疲れるもんだな」 「ずーっと寝てたくせに何言ってるのよ」 「寝るのも案外体力使うんだぞ?」 「もうっ……」 そんな風にわいわいしゃべりながら歩いていると、一人だと遠く感じた道のりも何だかすごく短く思えて。 「数学なんざなあ、言われた通りに公式にあてはめりゃあ大抵の問題は解けるんだよ。わかんねえ、って気持ちが俺にはわかんねえ」 「い、嫌味だー! ずるいっ。しょうがないじゃない、わからないものはわからないんだからっ!!」 そんな風に軽口につきあってくれるトラップの顔も、何だか満足そうで。 ……何で、突然補習は全員参加になったんだろう? 彼の顔を見上げながら、ふとそんなことを思う。 一人で帰らなくてもよくなって、そのことは純粋に嬉しかったけれど。やっぱり、巻き込まれた他の人達は可哀想だと思う。 ミケラ先生の「生徒を差別したくない」って言い分は、何となくわかる気もするけど……やっぱり変、だよね。 何があったんだろう? 「本当に真っ暗だよなあ、このへん。おめえも気をつけろよ? おめえみてえな幼児体型でも、襲いたくなるような物好きはいるかもしんねえしな」 「なっ、なーっ!! だ、誰が幼児体型よ、しっつれいねー!!」 そんな言い合いを繰り広げながら。 わたしは、そんな答えの出ない疑問に、頭をひねっていた。 お題シリーズに戻る |