20のお題 日常お題 〜学生編〜
04 朝礼


 朝礼って、どうしても好きになれない。
 強い日差しを浴びせてくる太陽を見上げて、わたしは小さくため息をついた。
「……で、あるからして。今週の目標は……」
 生徒のうんざりした視線をものともせず、朝礼台の上に立って朗々としゃべっているのは、校長のJB先生。
 わたし達フォーチュン学園では、毎週月曜日の朝、一時間目が始まる前に、こうして全校生徒が外に集まって、校長先生の話を聞いたり色んな注意を受けたり……という、いわゆる朝礼というものがある。
 よその学校に通っている人からは、「え、高校生にもなって朝礼!?」なんて言われたりもしたけれど。
 何故だかあるんだよねえ、うちの学校には……幼稚舎、初等部、中等部、高等部、それぞれの校長先生(幼稚舎の場合は園長先生、だけどさ)が、訓示を喋る……ただそれだけの内容だけどさ。
 中等部の頃からずーっと経験してきたけど。やっぱりいつになっても、慣れる、ってことは無さそう。
「……暑いわねえ……」
 わたしの後ろで、リタがそうつぶやいていた。いつもなら、それに何か答えるところなんだけど。話の真っ最中だからね。ちょっとだけ振り向いて、黙って頷いてみせただけ。
 朝礼のときは、男子と女子が一列ずつ、身長の順番に並ぶ。わたしは、女子でも結構後ろの方で、リタと前後してる。もう一人の親友マリーナは、もうちょっと前。
 で、わたしの同居人にして恋人でもあるトラップは、同じく男子の列でもかなり後ろの方にいて、ちょうどリタの隣……つまり、わたしの斜め後ろに立っている。
 同時に視線を滑らせると、彼は手で隠すということすらせず堂々とあくびをしていた。
「というわけで、諸君。暑いからと言って、気を抜くことのないよう……」
 ああ、やっと終わってくれるのかなあ……なんて、わたしが視線を前に戻したときだった。
 ――どさっ!
 突然響いてきたのは。そんな、何というか……重たい、音。
 続いて、背後から、ざわめきが広がってくる。
「おい!」
 聞き慣れた声が響いて、わたしは反射的に振り返った。校長先生がまだ話してる最中だ、とか、そんなことは頭からふっ飛んでいた。
「……リタ!?」
「おい、大丈夫か!」
 わたしの叫び声をかき消すようにして響いたのはトラップの声。
 しゃがみこんだ彼に、もたれかかるようにして倒れているのは……リタ。
 顔色が悪い。いつも溌剌としている彼女らしくもない、額にびっしりと汗を浮かべて、その身体には全然力が入ってなくて……
「おい、そこ、どうした?」
 さすがに様子がおかしいことに気づいたんだろう。校長先生が、話を中断していぶかしげな声をかけてきたけれど。誰もそれに返事をする人はいなかった。
 次の瞬間、漫画や映画でしかお目にかかれないような、それはそれはドラマチックな光景が広がって。皆の視線は、そこに釘付けになっていたから。
「貧血だな、ったく……おい、ちっとそこ通してくれ」
 そう言って。
 トラップは、リタの身体を両腕で軽々と抱き上げて、校舎の方へと歩いて行ったのだった。
 
 嫉妬するようなことじゃない、とわかっていても。どうしても胸にもやもやしたものが溜まってきちゃうのは……惚れた弱み、という奴だよね。
 はあ。わたしって、いつの間にトラップのこと……こんなに好きになってたんだろう?
 ため息をつきながら、わたしは、一人校舎の中を歩いていた。
 目指す場所は保健室。名目はもちろん、リタのお見舞い。
 あの後、朝礼はなし崩しに終了となって、いつもの通り20分遅れて一時間目が始まった。トラップが戻ってきたのはそのすぐ後。けど、リタはなかなか戻ってこなかった。
 トラップが先生に説明したところによると、ただの貧血らしいんだけど。しばらく休ませた方がいい、とキットン先生が言うから、午前中はベッドの中で過ごすことになりそうだ、とか。
 で、昼休み。わたしは様子を見るべく、保健室に向かうことにしたんだけど。こういうとき、いつもならマリーナやトラップに声をかけるのに一人で来たのは……こんな風にもやもやした胸の内を、悟られたくはなかったから。
 トラップがリタを抱き上げてる光景、すっごくかっこよかった。
 鮮やかに思い出せる光景に、胸が痛くなる。
 もちろん、彼は別に深い意味があってそうしたわけじゃない、ってことはわかってるんだけど……そこで倒れたのが別の女の子でも、例えばわたしだったとしても、同じようにしてくれたに違いない。それは、よーくわかってるんだけど!
 それでも、割り切れないんだよなあ。はあ……
「リタ! リタ、大丈夫?」
 ガラリ、と保健室の戸を開けると、くるりと振り向いたのは、白衣を引きずるようにして歩く背の低い男の先生。
 ぼさぼさ髪が目にかかって雰囲気がとっても怪しい、キットン先生。
「おやパステル。お見舞いですか?」
「そうなんです。リタは?」
「ああ。彼女ですけどねえ……」
 わたしの言葉に、先生はげはげは笑いながら言った。
「ただの貧血だと思うんですが、なかなか気分がよくならないみたいですから。お家の人に迎えに来てもらったんですよ」
「え……じゃあ、早退したんですか?」
「はい。まあ疲労がたまっていたのと寝不足が重なったせいでしょうねえ。明日には元気になると思いますよ。おや、そういえばこれ、ギア先生に言っておかないと。パステル、伝言を頼めますか?」
「あ、はい。わかりました」
 早退、かあ……
 「失礼しました」とつぶやいて、保健室を出る。
 貧血で早退って、相当ひどいんじゃないか。そう思うと、もちろん心配だ、という気持ちもあったけれど。
 それと同時に、少しホッとしている自分に気づいて、自己嫌悪に陥ってしまった。
 わたしって……こんなに嫌な子だったっけ……
 ずーんと落ち込んでしまう。今顔を合わせたら、リタのことを素直な目で見れないかもしれない。だから、会わなくてよかった……そんなことを考えている自分が、何だかすごく酷いことをしているような気がして。
 気分が悪くて倒れたんだよ!? すぐに保健室に運ばないとどんどん具合が悪くなるだろうから。だから傍にいたトラップがたまたまその運ぶ役になった……ただそれだけのことじゃない! 嫉妬するようなことじゃないでしょ、全く……
 はあああああ。
 大きな、大きなため息をついて、わたしがひょいと角を曲がったとき。
 そこで、ドンッ、と誰かにぶつかった。
「あ、ごめんな……」
「よっ」
 どかんっ!
 頭上から降ってきた声に、一瞬頭が爆発しそうになった。
 な、な……
「トラップ!?」
「何ぶっさいくな顔してんだ、おめえ」
「ぶ、ぶさいくって……」
 あんまりといえばあんまりな言葉に、抗議すらとっさには出てこなかった。
 そこにニヤニヤと笑いながら立っていたのはトラップ。まあそれは不思議じゃない。彼が校舎のどこを歩いていようが、それはトラップの自由というもの。
 ただ、今は会いたくなかったから。こんなわたしを見られたくなかったから。
 だから、わたしはとっさに身を翻そうとしたんだけど……
 ぐいっ!
 それは、腕をつかまれてあっさり封じられてしまった。わたしのやることなんて、トラップには全部お見通し……そういうこと?
「ちょっ……離して。離してってば、トラップ!」
「離さねえ。おめえ、何か失礼なこと考えてるみてえだし?」
「し、失礼って!」
 とにかっく逃げようと、そう思って無理やり腕を振り払おうとした瞬間。
 ひょいっ、と、トラップの姿が視界から消えた。
「え……きゃあああ!?」
 そして、次の瞬間には。
 背後に回ったトラップに膝裏をすくわれ、背中から倒れこんでいた。けれど、それを受け止めたのは、硬い床じゃなく、力強い腕で……
 つまり、わたしは……抱き上げられていた。トラップに。
「ちょ、ちょっとちょっと!? 何するのよ!?」
「ん〜〜? いや、おめえ具合が悪いみたいだから」
「ど、どこが悪いっていうのよ! 元気だから、下ろしてってばっ!」
「どこが? 全部だよ。俺の顔見た瞬間逃げようとしたり? 歩きながら一人でうなったり赤くなったり青くなったり……全部おかしいっつーの。だあら保健室で診てもらうんだよ」
「ひ、必要ないってばー!」
 手足をばたつかせて逃げようとしたけど、トラップの腕は全然緩むことがなくて。
 きっとにらみつければ、何もかも見透かしたかのような面白そうな視線に射抜かれて、何も言えなくなってしまう。
 ……悔しい。
 何だか、すっごく、悔しい!!
 今の状況を少し嬉しいと思っている自分に気づいて。
 わたしは、心の中で、絶叫していた。


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