20のお題 日常お題 〜学生編〜 03 並木道 学校の近くに、こんな場所があるなんて知らなかった。 目の前に広がる並木道を見て、わたしは、ほうっ、とため息をついた。 通いなれたフォーチュン学園。だけど、わたしはいつも、正門を出て決まった通りを歩いて駅に向かっていたから。それ以外の場所に何があるかは、ほとんど知らなかったりする。 ほら……その、わたしって方向音痴だし。下手に知らない道に踏み込んだりすると、冗談抜きで家にも学校にも戻れなくて遭難する可能性があるから…… というわけで。中等部の頃からもう5年もこの学校に通っていたのに、わたしは知らなかった。 フォーチュン学園の裏門を出ると、とっても長い並木道が伸びていることを。 「うわあ、綺麗っ……」 「秋になったらもっとすげえぜ? イチョウが全部黄色に染まってな」 「うわあ! 見てみたい!」 振り仰ぐと、何だか照れくさそうな顔をしたトラップがわたしを見下ろしていた。 もっとも、目が合った瞬間、真っ赤になってぷいっと視線をそらしたけどね。 ふふっ。トラップって、もしかして案外照れ屋かも? 「ありがとうトラップ! 素敵なところに連れてきてくれて」 本当にそう思ったから。わたしは素直にお礼を言ったのに。彼は、「……ま、約束だしな」なんて可愛くない返事をして、足を早めた。 もーっ! もうちょっとゆっくり歩いてよ! せっかくのデートなんだからさあ。 わたしとトラップはつきあっている。 ……けど、だからと言って何か特別なことがあったか、っていうと、そんなことは全然無かったりする。 だって、よく考えたら一緒の家に暮らしてるから、わざわざ外で会わなくても大抵二人っきりだし。四六時中顔を合わせているから、かえって、何ていうか……新鮮味が無いというか、「恋人らしい雰囲気」にならないというか。 トラップは、それを別に何とも思ってないみたいだった。まあねえ……彼って現実主義者というか、情緒の無いところがあるから。 「トラップ! 外に食事しに行かない?」 「はあ? 何で? 別におめえの飯でいいよ俺は。金がもったいないし」 なーんてことを真顔で言うような人ですから! 違うんだってば! 恋人同士になったからには! その……わたしだって女の子ですから? ロマンチックなデートの一つもしてみたい、とか。たまにはいつもと違う格好して、いつもと違う場所で待ち合わせしてみたい、とか! そういう憧れみたいなものがあるんだってば! まあ、それをトラップにわかれ、っていう方が無理かもしれないけどさあ……とほほ…… と日々嘆くこと数週間。 それをマリーナやリタにぽろっと漏らしたところ、二人はすんごく同意してくれた。 「わかるわかる。ただ会えればいいってものじゃないわよね。やっぱり雰囲気って重要よね!」 「全くトラップって女心がわからない奴よね。パステル、他にもっといい男はいるわよ?」 「そうそう。ああ、でもトラップには酷かもしれないわね。あいつに女の子が喜ぶようなデートコースなんて、セッティングできるわけないもの。センスの無い奴だし」 と、そんなことをトラップの前で聞こえよがしに囁いてくれて。あのトラップが、そんなことを言われて黙っているはずもなく。 「あのなあ! 黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって。俺だってなあ、その気になれば……」 「じゃあその気になってあげなさいよ」 と、いうわけで。 何だかなし崩しに、わたしとトラップは「女の子なら誰もがうっとりするようなデート」というものをすることになったのだった。 ふふっ。トラップには悪いけど……嬉しい! だって、あのトラップがだよ? コンビニで「お勧めデートスポット」なんて雑誌を立ち読みしてる風景なんて……悪いけど太陽が西から昇ってくることより想像しにくいもん! もちろん、これまでだってどこかに連れていってもらった経験が無いわけじゃないけどね。それはどれも……何ていうか。わけありな場所を除けば、そこらに買い物に行くのと変わりないような場所が多かったから。 どこに連れてってくれるのか、すっごくすっごく楽しみだった。 で。 朝起きて、普段滅多に着ないような一張羅のワンピースを引っ張り出して一階に下りて行って。 そこでわたしはひっくり返りそうになってしまった。 「と、トラップ!?」 「……あんだよ」 わたしを見るトラップの目は、すんごく不機嫌そうで……でも、顔が真っ赤だから、全然怖くないの。照れてるんだなあ、ってことがよくわかる。 季節はそろそろ暑くなる時期だから。いつものトラップは、制服を除けば、赤だオレンジだ辛子色だと派手派手しいTシャツにハーフパンツ、っていう格好が多かったんだけど。 今のトラップは……どう表現すればいいんだろ? およそ服装に気を使うことなんか皆無に等しい彼らしくもない、雑誌のモデルがそのまま抜け出してきたような洒落た服装をしてて…… 「そ、そんな服持ってたの!?」 「クレイに借りたんだよ! わりいか!? 似合わねえか!!?」 バンッ、とテーブルを叩いて怒鳴る彼に、「そそ、そんなことない! 悪くなんかないよ!」って反射的に叫んでいたんだけど。 正直に言えば、見惚れていた。 か、かっこいい…… いや、元がクレイの服というだけあって、ちょっとトラップには大きいみたいだったけど。 それでも……その服は、トラップにとてもよく似合っていて。もともと端正な顔立ちをしている彼だけど、その魅力を最大限に引き出しているような…… 「似合う。すっごく似合うよ! その服……ありがとう」 そう言うと。彼は、「けっ」と小さくつぶやいて、そっぽを向いた。耳まで真っ赤にして、ね。 そして、トラップが連れてきてくれたのが、学校の裏門を抜けた場所にあった並木道。 最初ね、「どこ行くの?」「学校」って言われたときは、我が耳を疑ってしまったけれど。 連れてきてもらってわかった。わざわざ遠くに出かけたり、雑誌に載っているような洒落てはいるけど高い店に行かなくても。素敵なデートスポットって言うのは、いくらでもあるもんなんだ、って。 「本当に、綺麗……わたし知らなかった。こんなすぐ近くに、こんな素敵な場所があったなんて……」 「だろー? どーせおめえならそうだろうって思ったんだよ」 「何よ、それ」 「裏門から出て、家まで帰れる自信、あるか?」 「うっ……」 ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべて言われた言葉に、反論はできなかった。 悔しいなあ、もう。トラップは、わたしのことなんか何でも見抜いてるみたいで。 たまには彼を驚かせてみたい。……あの勘の鋭いトラップでも予想できないような、そんなことを…… 「……トラップ」 「ん?」 ぎゅっ、と隣に立つ彼の腕を握って。 そのままそっと身体を寄せると、ぎしっ、という音がしそうな勢いで、トラップの身体が強張った。 「ぱ、パステル?」 腕を絡める。わずかに汗ばんだ肌が触れて、トラップの体温が、そのまま伝わってきた。 「デートだから」 「…………」 「やっぱり、恋人同士って、こんな風にして歩くものなんじゃ、ないかな?」 そう言って微笑んで見せると。 トラップは、「……暑い」とだけつぶやいて、うつむいた。 けれど、手を振り払おうとは、しなかった。 ロマンチックなデートっていうのは、何も手間暇やお金をかけなきゃできないわけじゃない。 ほんの少し日常とは違う場所に足を向ける。ほんの少しお洒落に気を使う。 ただそれだけで、十分に素敵なデートになるんだって。 わたしは、また一つ、トラップから大切なことを教わった。そんな一日だった。 お題シリーズに戻る |