20のお題 日常お題 〜学生編〜
02 窓


「あいつって、何であんなにもてるのかしらね」
 午前中の授業が全て終わった昼休み。
 昼食の後、わたしは、友達のマリーナとリタの三人で、窓際に座ってどうでもいいことを喋ってたんだけど。
 何気ない風に窓の外に目をやって、マリーナが、面白そうにつぶやいた。
「あいつって?」
 その言葉に、わたしとリタも、視線を向ける。
 季節は夏で、窓の外では真っ青な空と白い雲が流れてて、見ているだけで爽やかな気分になれたけど。
 マリーナの視線を追った途端、わたしの心に、爽やかとは程遠い感情が流れるのがわかった。
「あ、また? 本当、あいつも罪な奴よね」
 そんなわたしの横で、リタも苦笑を浮かべている。
 窓の外に見えるのは中庭。
 そこで、遠目にもよく目立つ赤毛頭の男の子と、一年生らしい見覚えの無い女の子が、向き合って立っているのが見えた。
 言うまでもない。男の子はトラップ。わたしの同居人にして恋人でもある人。
 運動神経は抜群に良くて成績もトップクラス。生徒会副会長もしていてなおかつ顔もいい。
 何というか、「神様は不公平だ」と嘆きたくなるような、そんな目立つ人。
 彼の前に立っている女の子は、小柄で長い黒髪を背中の中ほどまで伸ばした、大人しそうな子だった。
 さすがに顔立ちまではよくわからないけど。何となく美人なんじゃないかなーって思わせる、そんな雰囲気が漂っている。
 そして。女の子は恥ずかしそうにうつむいていて、トラップはそれを聞いて照れくさそうに頭をかいていて……いや、遠すぎて表情なんかよくわからないから、全部想像だけどさ。
 でも、そんな風に見えたんだもん! これって……これって、やっぱり……
「これで何人目かしらね」
「中等部時代からのも含めたら、両手両足で数え切れないくらいなのは確かね」
 わたしの方をちらちらうかがいながら交わされるマリーナとリタの会話が、何だか腹立たしい。
 それだけ目立つ人である上に、トラップは口は悪いけど性格そのものが悪いというわけでは決してない。喋ってみれば、案外その言動が人のことを考えての発言だ、とわかることも多い。
 つまり、どうなのかというと……もてるのだ、彼は。
 トラップとわたしが付き合っていることは、別に隠しているわけでも何でもないけれど。さりとて公言してるわけでもないから。あんな風に、女の子に告白されるトラップの姿を、わたしは何度だって見てきた。
 いや……別に、ね? 信じてないわけじゃないよ、トラップのこと。
 彼のことだもん。どうせいつもの、何考えてんのかよくわからない軽い笑みを浮かべて、「わりい」なんてさらっと断って……それで終わるんだろうって、信じてるよ。今までだってそうだったし。
 わかっていても……慣れないんだけどね。
 はああああ、と大きなため息をつくと、マリーナが、びくっ、と肩を強張らせて振り向いた。
「あ、あのね、パステル。気にする必要ないって。あの子、多分あなたのこと知らないだけで……」
「あ!」
 マリーナのフォローは、リタの声にかき消された。
 その声にただならない響きを感じて、わたしは思わず窓の方に詰め寄ってしまう。
 何!? 何が起こったの!?
「あ……」
 見た瞬間、思わず声が漏れた。
 リタの気まずそうな視線が注がれているのはわかったけれど、それに答えることもできない。
 わたし達が見ていることにも気づかず。
 中庭で、トラップは……女の子の肩に手を置いて、そっと顔を……
 どっかん、と頭に血が上った。マリーナ達の制止の声を振り切って、わたしは、教室をとびだしていた。

「トラップ――!!」
 叫びながら中庭に走り出る。
 もしかしたら、もういないかもしれない……一瞬、そんな不吉な考えが過ぎったけれど。
 幸いなことに、それは杞憂に終わって。わたしの声にびくり、と振り向いたのは、確かにトラップだった。
「あんだ、パステル。どうした?」
「…………」
 そこには既に女の子はいない。
 トラップは一人で、ぼんやりとそこに立っていて……その表情は、何だか茫然としてるような……いやいや、どこか嬉しそうにも見えるのは気のせい?
「トラップ」
「あんだよ」
「さっきの女の子、誰?」
 ずばっ、と切り込むと。トラップは一瞬目を見開いて、気まずそうに視線をそらした。
「あんだよ。おめえ、見てたの?」
「見てたんじゃないの! 見えたの! で……誰?」
「……誰でもいいじゃん、別に?」
 開き直ることに決めたのか。
 わたしがなおも問い詰めると、トラップは、にやっ、と笑って、わたしの肩に手を伸ばした。
「あんだよ。あに怒ってんだ? 俺が他の女と話してたのが、そんなに気になるわけ?」
「っ…………」
 見透かされたようで悔しかった。
 確かに……気になってる。何より。
「だ、だって……キス、してたじゃない」
「ああ?」
「さっき、女の子の肩つかんで……唇寄せて。キス、してたじゃない!」
 告白されてるシーンなんかいくらでも見てきた。それと同じ数だけ、断ってる姿も見てきた。
 だから、本当はすごく気になってるのに、それを口にしたらトラップを信じてないみたいだから……と、気にしてない振りをしていた。
 けど、今回だけは見逃せない! き、キスなんて……好きでもない、恋人以外の異性にするものじゃないでしょ!?
「何よ。トラップがもてるのはわかってたけどっ……か、軽々しくキスするなんて! そんなの間違ってると思うっ。そんなのっ……」
「待てって。おめえあに言ってんだ!」
「白ばっくれても無駄! 見てたんだから!」
 ばっ、とわたしが教室の窓……二階の窓を指差すと、それにつられたように、トラップも視線をあげた。
 その先には、ハラハラした様子でわたしを見守っているリタの姿が……
 うん?
 そこで初めて、わたしは様子がおかしいことに気づいた。
 リタが、わたしと、そしてマリーナの方を交互に見つめている。
 マリーナはわたし達の方に背を向けていて……外の方が明るいから、中の様子はよくわからないんだけど。誰かと話してるような、そんな風に見えて……
「あー。やっぱりな……あいつ、早速向かったのか」
 その様子を見て、トラップが苦笑を浮かべた。目のいい彼には、わたしよりもっと詳しく中が見えているらしい。
 ……早速、って?
「どういうこと?」
「あの女はな」
 わたしの疑問に答えながら、トラップは、そっと手を肩にまわしてきた。
「よりにもよってこの俺に頼んできやがったんだよ。『クレイさんにわたしを紹介してください』ってな」
「……クレイ?」
 言われた名前は、トラップの幼馴染にして、我が高等部の生徒会長でもある、すんごくかっこいい先輩の名前。
 クレイ・S・アンダーソン。誰もが振り返りたくなるような美形にして文武両道、人望も厚く、世の中にあんないい人はいない、というくらい何もかも完璧な先輩。
 ええと、それってつまり……
「んで、俺が言ってやったわけ。クレイにはマリーナっつー恋人がいるんだから、俺じゃなくてそっちに許可取れってな」
「えええ!?」
 じゃ、じゃあ何!? それ聞いて……その子、わたしと入れ違いにわたし達の教室に向かって?
 じゃあ今は、マリーナとその子がバトルの真っ最中ってこと!?
 うわわっ、な、何てことっ……
「とと、止めた方がよくない!?」
「ばあか、大丈夫だろ。相手はマリーナだぜ? 普通の女じゃまず勝てねえよ」
 わたしの言葉は、あっさりと返されてしまった。
 ま、まあそうかもしれないけどさ、確かに。マリーナって美人だしスタイルいいし頭もいいし……って、どうしてわたしの周りにいる人達はこんな何もかも完璧な人が多いわけ!?
 うう、落ち込んでしまう……自分が何の取り得もないだけに余計に。
 そんなわけで、わたしは一人、ずーん、と暗くなってしまったんだけど。
 肩に置かれた手に力がこめられて、はっ、と現状に気づいた。
 そ、そうだそうだ! 忘れちゃいけないっ。わたしがここに来たわけはっ……
「じゃ、じゃあ何でキスなんかしてたのよっ!」
「ああ?」
「クレイのことを好きな女の子に、何でキスなんかしてたのっ!」
「……おめえなあ」
 はああ、とため息をついて。
 トラップは、そのまま顔を近づけてきた。
 そう、わたしが上から見た光景そのままに。
 そのまま……
「きゃっ!?」
「こういうこと」
 乱暴に、髪を払われた。
 トラップ側から見たら、かなり顔を近づけているように見えるだろうけど。実際には、焦点が合う程度の距離に過ぎなくて。
 肩に置かれた手は、そのまま、耳のあたりの髪を乱暴に払って……そして、
「きゃああああ!?」
 その指につままれているものを見て、わたしは大悲鳴をあげてしまった。
 だ、だってだって! すっごく小さいけど……それって、虫、だったんだよ!? 芋虫みたいな、そんな気持ち悪い……
「や、やだやだやだっ! 何これっ!?」
「何って、そっから落ちてきたんだろ」
 何でもないことのように言って、トラップが指差したのは。わたしの頭上に枝を伸ばしている、中庭に植えられた大きな木。
 振り仰げば、瑞々しい緑の葉っぱが見える。……た、確かに、シーズン的に、今はこういう虫が一番元気になる季節だけどさ?
「じゃ、じゃあ何? 髪についた虫を取ってあげてた……だけ?」
「ああ? んじゃあおめえは、俺がそこらの女に適当にキスしてまわるような、そんな男に見えるのかよ?」
「うっ……い、いえ。ごめんなさい……」
 言われてみれば、確かにそうだよね……
 しょぼん、とうなだれてしまう。あーっ、自己嫌悪! どうしてわたしって、こうそそっかしいのかなあ……
「ご、ごめん。本当に……」
 そうつぶやいて頭を下げようとした瞬間。
 風か、と思うような素早さで、何かが、唇をかすめて行った。
「…………」
「ま、こういうことは、好きな女にでねえとできねえっつーことで」
「と、トラップ――!!?」
 何をされたかを悟って、わたしがぼぼんっ、と真っ赤になったときだった。
「おい」
 不意に頭上から声が飛んできて、わたしはそれこそ悲鳴をあげそうな勢いでとびあがってしまった。
 な、な、な……
「いつまでそこにいるつもりだ? チャイムはとっくに鳴ってるぞ」
「ぎ、ギア先生!!?」
 視線を向ける。さっきまではリタとマリーナがいた窓辺にいるのは、担任のギア先生で。窓を開けたそのままの姿勢で、わたしとトラップを呆れたように見下ろしていた。
 ……ま、まさか……見られた――!!?
「りょーかい。今すぐ戻りますよ、せんせー」
 ギア先生のことを嫌ってるらしいトラップは、それに飄々と答えていたけれど。
 わたしは顔を上げることができなかった。恥ずかしくて。
 まま、全くう! 時と場所を考えてよね!?


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