20のお題 日常お題 〜学生編〜
01 おはよう


 ジリリリリリリリ!
 うるさく鳴る目覚ましを止めて、うーん、と伸びをする。現在時刻、朝の六時半。
 ちょうどいい時間だよね、うん。
 ベッドの上で何度かストレッチをした後、カーテンを開け放つ。強い日差しが差し込んできて、部屋の中がすっごく明るくなった。
 うん、今日もいいお天気みたい! 良かったあ!
 大きなあくびをしながら、わたしはクローゼットのドアを開けた。
 わたしの朝は結構忙しい。両親が死んだ後、引き取られたのは両親の友人だったというブーツ一家。そこから学校までは電車を使って40分くらいかかるし、引き取られたものの、そこのご両親は忙しくて滅多に家にいないから。必然的に家事の一切をわたしがやることになっちゃったんだよね。
 それもこれも、現在同居(ど、同棲じゃないからね!)しているブーツ一家の一人息子にして、わたしの恋人であるところのトラップが、なーんにもやってくれないからなんだけど。
「トラップ! トラップー!!」
 制服に着替えた後、隣の部屋に声をかけてみる。けれど、案の定というか何というか、返ってきたのは素晴らしいまでに見事な沈黙。
 やっぱりまだ寝てる! もー、一度でいいから、わたしの手を借りずに一人で起きてみせてよっ!
 わたしが来るまでは一人暮らし同然だったくせに。一体どうやって起きてたんだろう?
 そんな疑問がかすめたけど、いくら聞いても、トラップは「まあそこはそれ。起こしてくれる奴がいねえなら、それはそれで何とかなるもんだよ」なーんてニヤニヤ笑ってたけど。
 まさか毎日遅刻してたんじゃないでしょうね? ありえるかも……
 ため息つきつき、わたしは腕時計に目を落とした。
 6時45分。
 いつものことなんだけどね。とりあえず、ご飯の準備をする前に一度声をかけてみる。けれどこれで起きたことはいまだ一回も無いかもしれない。
 だから、ご飯の準備を済ませた後、もう一度起こしに行くんだ。二度手間だけど、そうでもしないとこの人起きてくれないんだもんなー。思うに、今だって多分目は覚めてるんだと思う。二度寝してるだけで。
 全くう! 朝一人で起きられないなんて、小学生じゃあるまいし!
「トラップ! ご飯作ってくるから、それまでに起きてよ!」
 無駄だろうなあと思いつつそう叫んで、わたしは下に降りた。
 
 今日のご飯はトーストサンド。一度オーブンで焼いたパンに、卵とかチーズとかを挟むんだ。ホットサンドと違って準備に手間がかからないから、忙しい朝には最適だと思う。
 それに野菜サラダを添えて、トラップにはコーヒー、わたしには紅茶をいれる。
 その頃には、お弁当の準備も万端に整っていた。今日はね、鮭フレークでおにぎりを握って、卵焼きにチーズを巻き込んでみたんだ。サンドイッチにするためにたくさん買いすぎたから。
 それに昨日の夕飯の残りを詰めて完成。そんなに手間がかかってるわけじゃないけど、まあまあ美味しそうに見えると思う。うん。
 ここに来てから、料理の腕が上がったような気がするんだよね。トラップって嫌いなものは無いみたいだから、作ったものは何でも食べてくれるし。
 目の前で美味しそうに食べてもらえると、何だかすっごく作りがいがあるもんね!
 食卓の上に朝食の準備をして、ふうっ、と息をついたときには、時間は7時20分になってた。
 あわわ、もうのんびりしてる時間無いや。早く起こさないと。
「トラップ! トラップ、トラップ――!!」
 階段を上りながら声をあげる。部屋の前について、ドンドンとノックを繰り返す。
 いつもなら、これくらいの時間になると、ぬぼーっとした寝起きの顔で「朝っぱらからうっせえよ、おめえ」とか何とか言いながら出てくるんだけど。
 今日は、何故だか、部屋の中は見事なまでに沈黙してる。
 ……まさか、もう起きてるとか? わたしが気づいてないだけで、先にトイレとかに下りてきてたとか?
 そう思って階下をうかがってみたけれど、やっぱり一階に人の気配はない。
 ……おかしいなあ。
 ドンドンドン!
「トラップ、トラップってばー! 遅刻するよ、遅刻――!」
 もう一度大声を張り上げてみたけれど。やっぱり、その中からは、何の返事も返ってこない。
 ……ええい!
 腕時計に目を落として、わたしは意を決してドアを開けた。
 実は、以前こんな風にトラップの部屋に入っていって、そこでその……まあ、朝大抵の男の子が苦しむ反応、というのを見てしまって以来。わたしは、起こすときは極力部屋の中に入らないようにしてたんだけど。
 しょうがないよね。起きないんだし。このままだとわたしまで遅刻しちゃうし。
「トラップってば!」
 ずかずか、と部屋の中に踏み込んでいく。
 わたしの部屋と同じくらいの大きさで、でもわたしの部屋より少し荷物が多くてごちゃごちゃした部屋。ああ、男の子の部屋なんだなあ……って何となく実感してしまう部屋。
 その片隅に置いてあるベッドの中で、見慣れた赤毛頭が、壁の方を向いて丸まっていた。
 ……!? ま、まさか病気とか!? それで苦しんでいたとかっ!!?
「トラップ!!?」
 慌ててそちらへ駆け寄って、ぐいっ、と肩をつかむ。
 強引にその顔を覗きこんで……そして、へなへなと脱力してしまった。
 別に真っ赤になってるわけでも、息が荒れてるわけでもない、至って平和な寝顔。
 じゅ、熟睡してる……きいいっ! し、心配して損したあ!
 ちょっとホッとしている自分が腹立たしくて、わたしはわざと乱暴にその身体を揺さぶった。
「もーっ! トラップ、トラップってばあ! 起きて、いいかげんに起きてよおお!!」
 上半身部分だけ布団をはぎとって(下はなるべく見ないようにして)、ぐいぐいとパジャマの胸元をつかんでいると。
 不意に、寝起きとは思えないすんごい力で、手首をつかまれた。
「……はい?」
「お・は・よ」
 ぐいっ!!
 両手首をつかまれて、無理やり引き寄せられる。
 突然のことだったから、わたしは、たまらずトラップの方に倒れこんでしまった。
「ひっ!? お……おはよう……って、トラップ!?」
「ん? あんだよ」
 片手でわたしの手首をつかんで、もう片手で髪をかきあげているトラップ。
 その顔は、何というか……とても寝起きには見えないほど、爽やか。
「トラップ、あんた……寝た振りしてたわね――!?」
「ん〜〜何のことかな?」
「とぼけても駄目っ! もう、何やってるのよっ。遅刻しちゃうじゃない、早く起きてってば!」
「…………」
 どくん、どくんと心臓が高鳴っている。
 トラップが手首を離してくれないから。わたしは、横たわったトラップの上に突っ伏すような形になったまま、動けなくて。
 暖かい身体とか、細く見えるのに意外とたくましい胸とか……そんなものを意識してしまって!
 ばばば、馬鹿っ! わ、わたしったら……朝から一体何考えてるのよっ!
 かああ、と赤くなる頬を見られたくなくて、ばっ、と顔を伏せる。
 わたしとトラップは恋人同士だけど……その、キス以上の関係にはなっていない。
 この家に来てから今まで色々あって、そのたびにトラップには助けてもらって。わたしはそんな彼に感謝してるし大好きだから……その、嫌、というわけじゃないんだけど。
 けど、何ていうか……ま、まだ早いんじゃないかなーなんて思って……
 だからこそ。こ、こんな何というか、色々な意味で危ない姿勢でいるのは、よろしくないんじゃないかな、って……
「は、離してってば……ふざけてる場合じゃないんだから、トラップ!」
「ん〜〜? おめえ、さ……」
 動揺を隠そうとして必死にわめきたてていると。トラップの、何というか……すんごく呆れ果てたような声が、耳に届いてきた。
「おめえ……今日が何日か、覚えてるか?」
「……へ?」
 今日? 今日……何日だっけ? えと。今日は水曜日で……
「今日は……ああ!?」
 言われて、壁にかけられたカレンダーに目をやって、そこで初めて、トラップのいわんとしてることに気づく。
 気づいた瞬間、青ざめてしまった。
 そ、そうだ……すっかり忘れてた! 昨日ギア先生も言ってたじゃない。今日はっ……
「そっ……今日は、うちの学校は創立記念日で休み……で、聞きたいんだけどなあ、パステルちゃーん。何でおめえは、こんな時間に俺を必死に起こそうとしてたのかなー?」
「っ……そ、それはっ……」
「忘れてた、なんて下らねえ理由で、俺の貴重な睡眠時間を奪った……なんてこたあ、ねえよな?」
「ううっ……」
 か、返す言葉が無いっ……
 しおしおと、勇んでいた心が小さくなるのがわかった。わ、わたしってば……一体どこまでドジなのよっ!?
「ご、ごめ……」
 ぎゅっ
 謝ろうとした瞬間。
 さっきまで髪をかきあげていた手が、不意に伸ばされて……そのまま、わたしの身体は抱きすくめられていた。
「っ……と、トラップ……」
「いや、朝だし」
 実に楽しそうな顔をしながら、トラップは無理やりわたしをベッドの上にひきずりあげた。
「何やらパステルちゃんが積極的に俺を求めてきてくれたみたいだし? いやあ、ここは一つ、ご期待に沿えようかな、と」
「だだ、誰が求めてたって……」
「ん〜〜夜這いならる朝這いかけに来たんじゃねえの? 違うなら何で来たんだ?」
 ……くっ……!
 わたしを見るトラップの目は、すんごくキラキラ光ってて。
 この男……わ、わざと言ってるわね!? わたしが忘れてたことわかってて……わざと、意地悪言ってるわねー!?
 よ、ようし。そっちがその気なら。
「トラップ」
「ん?」
「お・は・よ」
 すっ
 耳元で囁いて、唇を寄せる。
 トラップの顔が一瞬ぴきーんと強張って、瞬間真っ赤になった。
 それに構わず、わたしはふうっ、と顔を近づけて……
 拘束されていた手が、緩んだ。今のうちっ!
「じゃ、起きて!」
 ばっ!
 唇と唇が触れる寸前、反動をつけて身を起こす。
 どん、と胸をつかれて、トラップは「ぐえっ」とおかしなうめき声をあげた。
「朝ご飯が冷めちゃうから起きて! 今日はね、すっごくいいお天気だから! お布団干したくて早起きしたの、わかる? じゃ、起きて起きて起きて!」
「…………」
 わたしの言葉に、トラップは「はああああ」と深い深いため息をついて、身を起こした。
 ふーんだ。誰にだってうっかりミスはあるじゃない。トラップが意地悪なのがいけないんだからね!
 不機嫌そうなトラップに背を向けて、しゃっ、とカーテンを開ける。
 ああ、本当にいいお天気……布団を干す、っていうのは、適当に言っただけなんだけど。
 本当に干そうかな? 平日にお休みって、何だか特別なことがしたくなるんだよね。
「ほら、早く朝ごはん食べよう! おはよう、トラップ」
「……おはよう」
 振り向いて大声で挨拶すると、不機嫌そうな顔に苦笑を浮かべて、トラップも頷いてくれた。


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