20のお題 ダーク系お題
19 その果て


 素直になれた。
 パステルの手を握りながら、気づかれねえように逆の手をじっと見つめる。
 さっきまで、確かにこの手が、あの身体に触れていた。
 この唇が、あの唇を塞いでいた。
 夢……じゃねえよな?
 そして。パステルも……嫌がってなかった、よな?
 そうと気づいた瞬間、今の状況も何もかもが彼方へ吹っ飛ぶのがわかった。
 ずっと好きだった。
 いつからかなんてわかんねえ。いつ自覚したかなんて忘れちまうくらいに、ずっとずっと前から。
 俺は、パステルのことが好きだった。
 けど言えなかった。言えば今の関係を壊すだろうから。それをパステルは望んでねえだろうから。だから、ずっと黙っているつもりだった。
 けど……
 
 ――トラップ……わたしっ……あなたの……
 
 嫌がって、なかった。
 ぐっ、と拳を握り締める。
 嫌がってなかった。身を任せようとしていた。それは、俺の思い過ごし……じゃねえよな?
 パステルも、俺のことを……
 
 ――終わったら、続きを……
 
 続きをしてもいい、って。そう言ってくれたよな? パステル……
 そう確信するだけで勇気がもらえた。
 こいつが俺のものになってもいいと、そう言ってくれたんだと……そう思うだけで、何でもできるような気がした。
 第五の謎、絶対に解いてみせる。パステルの目を取り戻してやる。
 そして。
 取り戻した後、改めてはっきり言ってやる。パステル……俺は、おめえが……おめえの、ことがっ……
「行くぞ」
 わざとぶっきらぼうに言って脚を早めた。もうこいつは絶対に逃げたりしねえだろう、と。そう確信できて。
 照れ隠しに、わざと素っ気無く言った。
「ダンジョンマスターを探せばいいんだよな? おめえには見えてねえだろうけどな、この先に街がある」
 進んでいるのは、丘を下る道。
 そこに広がっているのは、のどかな田舎街、という表現がぴったり当てはまる小さな街。
「あのな、あのガキがこの丘で泣いていたのは……ここがガキの逃げ場所だったんじゃねえか、って思うんだよな。ガキの脚でそんなに遠くまで行けるわけがねえし。だあら、多分街のどっかに家があるんだろうよ」
「……うん……」
 パステルが何を考えているのかはよくわからねえが。俺の言葉に反論は返ってこなかった。
 答えるその頬が薄いピンクに染まってるように見えるのは、俺の気のせい……か?
「早く、見つけないとね」
「ああ」
 パステルの言葉に、頭上を振り仰ぐ。
 正確な時間はわからねえが。空は赤く染まっていた。
 夕焼け。多分もうすぐ日が暮れて、そして夜になる。
 夜になれば月が出てくる。月が満ちるまで……っていうのは、一体いつまでのことなんだか?
 とにかく、あまりのんびりしていられねえことだけは確かだった。
「探すぞ」
 必要なただ一言だけを伝えて、脚を早める。パステルも、黙ってそれについてきて……
 
 いっそ見つけられなかった方が、あるいは幸せだったのかもしれねえ。
 
「…………!」
 街に辿り付いた。
 そこは適度に人が溢れていて、一見したところは普通の街みてえに見えたが。それが現実の光景じゃねえ、ということを表すように、どこか薄く、実態を伴っていないように見えた。
 そして。
 そんな薄い光景の中で、明らかに異様な雰囲気を放っている、一つの家。
「トラップ……?」
 パステルの不安そうな声が耳に届いたが、それに答えてやることもできねえ。
 自然に脚が吸い寄せられた。人の間をすり抜けて、細い路地の中に入り込む。
 辿り付いたのは、やけに大きな屋敷。
 敷地全体から放たれているかのような禍々しい気配がなけりゃ、立派な、とでも表現してやるところだが……
「っ…………!!」
 言葉が、出なかった。
「トラップ? トラップ、ねえ……」
 腕を揺さぶられたが、それをどうこう言うこともできねえ。
 目の前の光景に、全てを奪われて。

 ――化け物め――
 ――どうしてあんなのが、私の娘なの?――
 ――娘じゃない。あれは化け物だ――
 
 目の前の屋敷は、あの屋敷に似ていた。
 第一の謎で、散々苦しめられた廃墟に。
 そして、わんわんと耳に飛び込んでくる、不愉快な言葉。
 それは現実に聞こえている音じゃねえ。俺の耳にだけ直接伝えてきたような、どこか無機的な、声。
 それをまくし立てているのは……どこかで見たことがあるような、老人と若い女。
 ……あれは、もしかして?
 服装こそ全く違ったが。その顔が、俺の記憶に残るある顔と一致した。
 ……あんときの、メイドと、じじい……?
 第一の謎として利用されていた二人。まさか、と思いつつも、見れば見るほど似ているような、そんな気がした。
 ……まさか。あの二人が……ガキの、親?
 どう見ても不自然な年齢差だった。金目当てに結婚した悪女、っつー言葉がとっさに浮かんだが、そんな表現がぴったり当てはまる。
 そして。
 目に飛び込んでくるのは、異様な部屋。
 一面鏡張りになった部屋の中。ベッドもタンスも、必要な家具は何もねえ。ただ、鏡だけが置かれた部屋。
 
 ――あたしは、どうしてこんな姿で生まれてきたんだろう――
 ――母さん、言った。自分が化け物だってことをよーく見ておきなさいって――
 ――わかったら、二度と母さんなんて呼ぶんじゃないって――
 ――見たよ。わかったよ。もう二度と言わないよ。だから……――
 ――この部屋から、出して――
 
 ばきんっ!!
 姿を見た。声を聞いた。
 途端に目の前の光景が砕け散る。そして。
 次に部屋の中に広がったのは、あのときの丘の上の光景――
 
 ――これで、楽になれるよね――
 ――あたし、化け物だもん。死んだほうが、いいんだよね――
 ――これで、もう……あたし……楽に、なれるよね……?――
 
 瞬間。
 
 ――それで、満足なのか?
 
「っ……!!」
 吐き気を伴うひどい頭痛が、襲ってきた。
 身体がよろめく。ここで倒れるわけにはいかねえ、とどうにか気力で支えたが。それもどこまで続くかは怪しいものだった。
 ……何、だよ。今の、声は……
 全身が震えた。
 おかしな声だった。どこかで聞いたことがあるような気はするが、それがどこなのかはっきりとはわからねえ。
 悪意しかこめられてねえような邪悪な声。その声が、ガキに囁きかける……
 
 ――このまま終わってもいいのか――
 ――それで満足なのか? 新しい自分が欲しくはないか?――
 
 そして。
 もう二度と開くことのなかったはずのガキの目が、再び、開かれた。
 絶望に染まった目とは違う、強い強い、暗い光をたたえて……
 ……やめ、ろっ……
 俺の声は、ガキには届かねえ。
 やめろ、惑わされるなっ……そいつは、そいつはっ……
 
 そのときだった。
 
「っ……あ、ああっ……うああああああああああああああああああああっ!!」

 響いたのは、パステルの絶叫。それと同時に、目の前の光景が一気に崩れ落ちていくような、おかしな喪失感。
 ……あいつはっ……あの、声は……
 襲ってきたのは、闇。
 直感的にわかった。ダンジョンマスターの全てを知れ、というのは……このことなんじゃねえか、と。
 生前何があったか。死後何があったか。
 それと、このダンジョンがどうからんでいるのか。
 それを悟れ。そして、自分の考えを知れ、と、そういうことじゃねえか、と……
「…………パステルっ!!!」
 歯を食いしばった。このまま負けてたまるか、と。そんな意地だけを胸に。
「パステルっ……!!」
 返事はねえ。どこからも、ねえ。
 叫びながら、俺の身体は闇に放り出されていた。
 その果てに何が待っているのかはわからねえ。ただ、確かなことは。
 もうすぐ全てが終わる、という、ただそれだけのこと……


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