20のお題 ダーク系お題 18 存在 優しく唇を塞いだそれが一体何なのか、わたしには最初わからなかった。 「んっ……」 だけど、すぐに。 口の中に甘い味が広がるのが、わかった。 さっきまで全身を支配していた痛みのような感覚は、今はない。頭の中でうるさく騒いでいた声も聞こえない。 だからこそ、余計なものに邪魔されることなく、それを感じることができた。 「んんっ……と、らっ……?」 するり、ともぐりこんできたそれは、とても暖かくて。わたしの舌に優しく絡みながら蠢いていた。 とても、とても……気持ち、良かった。 「あ……」 「……わかったか?」 やってきたのと同じ唐突さで、離れていく気配。耳に届いたのは、とても聞き慣れた声。 聞き慣れているはずなのに、初めて聞いたような、そんな…… 「トラップ……」 どう、して? どうして、こんな…… 「味覚……戻って、来たか?」 「う、うん……」 かあっ、と頬に血が集まるのがわかった。 味覚が戻っているのかを確かめるために。そのために、彼は……? 何で。どうして? もっと他に……確かめる方法なんか、いくらでも…… 軽い気持ち? 冗談? それとも…… 「とらっ……」 ぎゅっ! 言いかけた台詞は、強い腕で遮られた。 痛いくらいに背中に手が食い込んでいる。強く、強く抱きしめられている。 そんな単純なことに気づくまで、随分と長い時間がかかった。 「トラップ……」 「パステル……」 耳元で響く荒い吐息。 目が見えないから。わたしはトラップが今どんな表情をしているのかわからない。 だけど、その声が、様子が、態度が……彼の気持ちを、いっぱいに伝えてきてくれるような、そんな気がした。 ねえ、トラップ。わたし……自意識過剰、かな? トラップが、もしかしたらわたしを……って。 そんな風に思っちゃ……駄目、かな……? 「トラップ!!」 ぎゅっ、としがみついた。目の前の身体に。 ずっとずっとわたしを守ってくれた人の身体に、すがりつくように。 「トラップ……わたし、わたしっ……」 気持ちが一気に膨れ上がるのがわかった。 これまで彼のことをそんな風に見たことはなかったのに。今、わたしの胸に一杯に溢れているのは…… トラップのことだけを見ていたい、っていう……ずっと、傍にいて欲しいっていう、そんな…… 「わたし……」 「…………」 くっ、と、首筋に熱い感触が触れた。 「トラップ……」 「…………」 「あの……あっ……」 首筋から、鎖骨のあたりへと。痛みにも似た甘い感覚が走っていく。 同時に、何かが……胸に、優しくあてがわれた。 わたしって、こんな声が出せたんだ……と、変なことに感心してしまうくらいに甘い声が、唇から漏れる。 わたし……わたし……? 今、自分が何をされようとしているのか。それがわからないほど、わたしだって子供じゃない。 そして……わたし、それを嫌だ、って思っていない。 トラップになら、トラップにだけは、そうされてもいいって。素直に、そう思えて…… 「んっ……」 服越しに触れてくるのは、トラップの手。 優しい刺激に、全身がしびれそうになった。このまま全身を彼に預けてしまいたいって、そう思えるくらいに…… 「トラップっ……」 「……パステルっ……」 肩をつかまれた。 乱暴にその場に押し倒された。頬をくすぐったのは、柔らかい草の感触。 見えない視界の中で、痛いくらいに視線が突き刺さるのを感じた。見られているって、そう思うだけで、頬が赤く染まるのがわかった。 「トラップ、わたしっ……わたし、あなたの……」 「パステル……」 わたしの顔を見て、トラップがどう思ったのかはわからない。 ただ、地面に押し倒したまま、彼はしばらくの間身動きしようとせず。 そして。 「っ…………!!」 乱暴に唇を奪われた。さっきの優しいキスとは違って、酷く乱暴で情熱的に。 荒々しく口内をかきまわされる。そのままわたしの全てをからめとろうとばかりに暴れまわる彼の舌。 頭がボーッとした。もうこのまま何もかも忘れてしまいたいって、そう思えるくらいに。 だけど。 長い長いキスの後、トラップは、さっと身を起こした。 「……トラップ……?」 「そのっ……」 トラップの声は、何というか……すごく、苦しそうだった。 「わ、わりいっ。俺……」 「…………」 「俺、何つーか……我慢、できなかった、っつーか……本当に、悪い。んなことしてる場合じゃねえのに。時間制限もあるのに……おめえの目、取り戻さなきゃなんねえのにっ……」 「…………う、うん……」 そ、そうだ、忘れてた…… トラップの言葉から、彼が何を言いたいのかようやくわかった。 そうだ……わたしは、自分の視界を取り戻すために、第五の謎……最後の謎を、解かなきゃいけなくて……それも、月が満ちるまで、っていう時間制限まであって…… ば、ばかばか、わたしったらっ…… 「ご、ごめん、わたしこそ……」 「……何で、おめえが謝るんだよ……」 はあっ、というため息が聞こえた。ついで、腕をとられる。 乱暴にひっぱり起こされた。そのまま倒れこみそうになったけれど、何とか脚を踏ん張って踏みとどまる。 そして。 「……終わったら」 「…………」 「何もかも終わったら……さっきの、続き……いいか?」 トラップの言葉に、わたしは、素直に頷くことができた。 それは、むしろわたしが望んでいたことでもあるから…… この世界で、ダンジョンマスターさんを見つけなきゃいけない。 トラップはそう言って、わたしの手を取って歩き始めた。 見えないわたしにはわからないだろうって、彼は色々説明してくれた。 第三の謎を解いているとき、トラップはこの世界にいたらしい。 そして、今いる場所は、そのときに来たのと同じ場所で、どこかの小高い丘の上で……丘を下りると、小さな街並みが広がっているんだ、と、そう説明してくれた。 「直感だけどよ。あのガキは……多分あの街の住人だと思うんだよな。んで、いじめられるたびに、この丘に逃げてきたんじゃねえか、って」 トラップの言葉は当たっているんじゃないか、って思えた。何となく、直感だけど。 「トラップ……」 彼に言うべきか、言わざるべきか。 さっきのおかしな感覚のことを伝えた方がいいのか……冷静になってくると、そんなことが頭をよぎっていった。 何だったんだろう。 さっきのあれは……何? まるで、わたしの頭の中に、別の人が入ってきたみたいな……そんな…… 「トラップ……」 「っ…………!!」 どれくらい歩き続けたのかわからない。だけど、随分歩いたんじゃないか、って直感的に悟った。 そして。 ピタリ、と隣で歩みが止まった。続いて響いたのは、息を呑むような音。 「トラップ、どうしたの?」 「っ…………」 彼は何も言わない。一体彼の目に何が見えているのか、わたしにはわからない。 ねえ、何があったの? 何が……起きたの? 「トラップっ……一体……」 ――ガッシャーンッ……! 瞬間。 わたしの耳に響いたのは、そう遠くない場所から聞こえる、ガラスが砕け散るような、そんな音。 そして。 「っ…………!!」 トラップと同じように、わたしも息を呑んだ。呑まざるをえなかった。 「っ……あっ……!!」 強い波動みたいなものを感じた。 どこかから漂ってくる。とても暗くて冷たい、重たい……気、のようなものが。 そして。 ――あたしの存在って、一体何―― ――何のために、この世に生まれてきたの―― ――あたしの存在を消してしまいたい―― ――何もかも無かったことにして―― ――新しい存在にっ……―― 「っ……あ、ああっ……うああああああああああああああああああああっ!!」 すさまじい頭痛に、わたしは絶叫した。 それと同時。 「わたし」がどこか遠くへ追い出されるような、そんなおかしな感覚が、全身を走り抜けて行った…… お題シリーズに戻る |