20のお題 ダーク系お題
20 そして……


 放り出された。
 もうわたしはどこにもいない。
 何もかもなくなってしまった。
 胸によぎるのはそんな思い。一瞬くらりと眩暈すら覚えた、絶望感。
 だけど。
 ふわふわと頼りない感覚の中で、わたしは、どこか落ち着いた自分がいるのを感じていた。
 だけど、心配することなんかない。
 きっと大丈夫。彼を信じていれば大丈夫だから。
 きっと……
 
「……んあ?」
 我に返ったとき、俺は暗い空間の中にいた。
「あんだ? ここ……」
 ゆっくりと身を起こす。
 暗い。とにかく暗い。暗い中で薄ぼんやりとした光があるから完全な闇、ってわけでもねえが……
「っ……あ……?」
 立ち上がろうとした瞬間、がくん、と身体をひっぱられた。
 目を落とす。俺の手をしっかりと握っている……いや、俺自身もしっかりと握り締めている……
「……パステル?」
 言葉が漏れた。
 そう、パステルだ。俺が、ずっと守ってやりてえと……そう心から思えた女。
「パステル、おいっ!!」
 慌ててしゃがみこむ。抱き起こした身体に特に怪我らしきものは見えなかったし、胸に手を当てれば、しっかりとした鼓動が伝わってきた。
 ……無事、みてえだな……
 へたりこみそうになるほどの安堵を感じて、俺は深々とため息をついた。
 良かった。こいつがいなくなったらどうしようかと思った。多分そんなのは耐えられねえだろうって、今、心の底からそう思ったから……
「パステル……」
 手を強く握り締める。まだ何も解決したわけじゃねえが。それでも、生きてさえいれば何とかなるだろうとそう思って。
 瞬間。
 ぐっ!!
 強く、手を握り返された。
「っ……パステル!!?」
「……トラップ……」
「パステル。おい、おめえ無事かっ!!?」
 つぶやき声に身を乗り出す。俺が見守る中で、パステルは、ゆっくりゆっくりと目を開いて行った。
 そして。
「っ……トラップ!!」
 びしりっ!!
 そのまましがみつかれて。俺は、全身が強張るのがわかった。
「ぱ、パステル……?」
「よかった、よかったトラップ! 無事でよかったっ……ねえ、もう大丈夫だよね? もう……終わったんだよね?」
「…………?」
 何がどう、と明確に感じたわけじゃねえ。
 それでも。
「パステル、おめえ……」
「え?」
「目……見えてるのか?」
「え? あ……」
 俺の言葉に、初めてそのことに思い当たったんだろう。パステルは、しばらく茫然とした後、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「うん、見えるよ! トラップの顔が、はっきりと見える……ねえ、謎は全部解けたってことだよね? もう終わったって、そういうことなんでしょう?」
「…………」
「よかった。トラップのおかげだよね? 本当によかった……ありがとう、ありがとうっ……」
 なおも強くしがみついてくる身体を。
 俺は、全力をこめて引き離した。
「……トラップ……?」
「おめえ」
 何が違うのか、と言われても、はっきりとは言えねえ。
 けど、思ったんだ。「終わった」という言葉を聞いたときに。
 パステルなら、こんな台詞は言わねえんじゃねえか。少しでも事情……ダンジョンマスターの境遇を知ってしまったあいつなら。
 こんな晴れやかな笑顔は、浮かべられねえんじゃねえか、って……
「おめえ……こんなことして、本当に満足なのか……?」
「……え?」
 俺の言葉に、目の前の「パステル」が浮かべたのは。
 どこか空々しい、笑み。
「トラップ、何言ってるの?」
「第五の謎が解けたとき、大切な五つのものは返されて、そして我は満たされる……ね。なるほど、そういうことかよ」
「トラップ……?」
「なあ、おめえ、こんな風に自分を否定しちまって、本当にいいのか?」
 細い肩をつかむ。
 金色の髪とはしばみ色の目。何もかもパステルの姿に生き写しな、別の女に向かって。
「おめえはおめえだろう? こんな風に他人の身体を奪って、自分を否定して……おめえはそれで満足なのか? 逃げるんじゃねえよ。どんな姿で生まれようと、それは誰にも否定されるようなことじゃねえ。否定する権利なんか誰にだってありゃしねえ……」
「…………」
「胸を張って生きればよかったんだ。おめえは化け物なんかじゃねえよ、ダンジョンマスター」
 そう言った瞬間。
 白い頬を、透明な涙が伝い落ちて行った。
 
 ダンジョンマスターが何でこんな大掛かりな仕掛けを作ったのか。その目的は何なのか。
 それを知ることが、クエストの目的だった。
 そして、今。俺は、その答えがようやくわかったような気がした。
 色素を失い、誰もから化け物と罵られて、自分の姿を呪いながら死んで行ったダンジョンマスター。
 そこに囁きかけた悪魔がいた。そいつの正体が何者なのか、俺にはいまだによくわからねえ。だが、散々俺達の邪魔をしてきたあいつが、こんなところにまで出没していたんじゃねえか、と。そんな風に思った。
 そして。
 これまでやってきたのと同じ卑怯な方法で、ダンジョンマスターをそそのかした。望むものを手に入れればいいと、それだけの力があるんだと甘い言葉を囁いて、こいつをこんな場所に縛り付けた。
 新しい身体を手に入れるため……
 そのために仕組まれたことなんじゃねえか、と、そう思う。
 誰もから愛され、慈しまれ、どんな難しいクエストにも一丸となって取り組む仲間に恵まれた素晴らしい身体を手に入れるために。
 そのためだけに、ダンジョンマスターは、長い長い間待ち続けていたんじゃねえか、と……
「……ダンジョンマスター」
「…………」
「パステルを返してくれ」
 返事はねえが。俺はひたすらつぶやいていた。
 自分の本音を。
「パステルを返してくれ。身体だけを手に入れたって、あんたはパステルになることはできねえ。羨ましかったんだな? 皆に愛されてるパステルが。あんたも誰かに愛されたかったんだろ? そうだろう? けどな、それなら、余計に……他人の身体なんか手に入れても仕方がねえんだ。あんたはパステルじゃねえ。俺達が愛しているのはパステルで、あんたじゃねえんだ」
「…………」
「なあ、あんた……知ってるか……?」
 その言葉が、ダンジョンマスターの心を動かすことができるかどうか。
 しょせん俺にはわからねえから。ごく普通の容姿に生まれて、親兄弟に、仲間に恵まれて、幸せに育ってきた俺には、誰からも憎まれてきた気持ちなんて一生わからねえから。
 わかってやれねえから言ってやるしかねえんだ。俺が思う、真実を。
「あんたのことを知って、パステルは泣いてたぜ」
「…………」
「パステルだけじゃねえ。クレイとか……ああ、俺の仲間だけどよ……あんたがどんな目にあってきたかを知って、あいつらは泣いたんだぜ。あんたは俺達の仲間、パステルを自分の都合で巻き込んで苦しめてる嫌な女のはずなのにな。誰もあんたを憎めなかった。あんたのことが可哀想だって……泣いてたんだぜ……」
「…………」
「もしも、あんたが生きてるときに出会えていたら」
 心から、そう思う。
 どうして早まっちまったんだ、と。
 嫌な人間ばかりじゃねえ。世間にはいい奴だっていっぱいに溢れていて、幸せだっていくらでも転がっていて。
 狭い世界の中だけを見てそれが世の中の全てだなんて、そんな風に思わなければ、こいつはもっと違った人生を歩めたんだろうに。
「きっと俺の仲間達は、あんたのことを心から愛していたと思うぜ。外見なんかで人を差別するような小さい人間ばかりじゃねえんだ、世の中は」
「…………」
「パステルを……返して、くれねえか……?」
 一歩踏み出した瞬間。
 パステルは……いや、ダンジョンマスターは、静かにつぶやいた。
「……あなた、も……?」
「んあ?」
「あなたも、もしも出会えていたら……生きているときにあたしと会っていたら、あたしを愛してくれた……?」
「…………」
 どうしてそんなことを聞かれるのかはわからなかった。
 けど、理由はどうでもよかった。その答えは、とても簡単だったから。
「ああ。多分な」
 絶対、なんて言ってやらねえ。軽々しく「絶対」なんて言えるのは、心の伴ってねえ言葉だけだろうから。
「あんた……きっと成長したら、パステルよりもずっと、いい女になっただろうにな」
「…………」
 その言葉に、ダンジョンマスターは、笑った。
 そして……
 
 瞬間、世界は崩れ落ちた。
 
 わたしは全部見ていた。
 「わたし」の身体とトラップが、何をしているか、何を話しているか。
 全部、全部見ていた。聞いていた。
 そして。
 「彼女」の心の声も、わたしには、全部聞こえていた。
 
 ――初めてだったから――
 ――あたしのこと、心配してくれたのは……死のうとしてるわたしを止めようとしてくれたのは、彼だけだったから――
 ――もっと早くに、会いたかったな。あんな人がいるってわかってたら――
 ――あたし……――
 
 そして……
 
 目が覚めたとき。真っ先に飛び込んできたのは、サラサラの赤毛だった。
「……トラップ……」
「…………」
 聞きたかった声は返ってこない。そのかわりにとんできたのは、すごくすごーく懐かしい、暖かい声……
「パステル、目が覚めたのか!?」
「ぱーるぅ!」
「おねえしゃん!!」
 ゆっくりと身を起こす。周りを見回すと、そこは……
「……ダンジョンの、中?」
 わたしの傍で眠っているのは、トラップ。
 そんなわたし達を心配そうに見つめていたのは、クレイ、ルーミィ、シロちゃんにキットンっていう、いつものメンバー。
 ……戻って、これた……?
「……クレイ? クレイ、何がどうなって……」
「それはこっちの台詞だ! 一体今まで……いや、とにかく……無事で、よかった……目も、見えてるんだよな? よかった。本当に……よかった……」
 今にも泣きそうな顔で、クレイは何度も「よかった」ってつぶやいた。ルーミィは顔をくしゃくしゃに歪めている。
 心配してくれてたんだ……
 その顔を見て、わたしまで泣いてしまいそうになった。
 ダンジョンマスターが一番欲しかったもの。それをいっぱいに持っている自分は幸せだって、心からそう思って。
「……だあら……」
 びくんっ!
 そして。
 背後から響いただるそうな声に、わたしは、身を強張らせた。
「だあら、言っただろう?」
 ゆっくりと振り向く。見たくて見たくてたまらなかった、癖の無い赤毛と端正な顔立ちが特徴的な男の人が、ニヤリと笑いながら身を起こしていた。
「俺を、信じろ……ってよ」
 何度も何度も頷きながら。
 わたしは、ボロボロと涙を溢れさせていた。
 
 その場所には、もう女神像はなかった。
 かわりに横たわっていたのは、小さな女の子の骨。
「……女神像が壊れて……中から、出てきたんだ……」
 クレイの声は、とても重たかった。
 丁寧に布を被せられた小さな白骨死体。それに手を触れることをためらう人は、誰もいなかった。
「ちゃんと、供養してやらねえとな」
 「彼女」を優しく抱き上げて、トラップは言った。
「ノルが言ってたろ? 外に何か石碑みてえなもんがある……ってよ。そこに、埋めてやろうぜ」
「……ああ」
「多分、勘だけどな……その石碑って、あいつの両親の墓なんじゃねえかって、そう思うから」
 トラップは言った。彼女は愛されたかっただけだって。
 どれだけ憎まれても、それでも、彼女は両親を愛していたからって。
 愛していたから愛されたかった。だけど、返ってきたのは憎しみだけ。
 それが余計に彼女を苦しめたんじゃないか、って……そう言って、彼は、泣いた。
「俺は結局何もしてやれなかったから」
「…………」
「俺はおめえらよりもずっとずっとあの女の近くにいたのに。結局、何もしてやれなかったから……」
 そんなことない、って言葉は、彼の耳には届いていない。
「だあら、俺はあいつの一番の望みを叶えてやることはできなかったから……せめて、二番目の望みくらいは叶えてやらねえと、なあ? 誰にだって、幸せになる権利は、あるだろう?」
「……ああ、その通りだ」
 トラップの言葉に、クレイも力強く頷いた。
 それとほぼ同時に、どーんっ! という音が入り口から響いてきて。
 どうにか塞がれた入り口を突破したノルが中に戻ってきたのは、それからすぐ後だった。
 
 ダンジョンは崩れた。
 もともとは自然にあった洞窟……そこに彼女が何かの力を使って作り出したダンジョン。
 全てが終わったとき、ダンジョンはまたただの洞窟になった。それは、彼女がようやくこの場所から解放されたっていう、証。
「次に生まれるときは、幸せになれるといいな」
 石碑の傍に彼女の身体を埋めて。トラップは、淡々とつぶやいた。
「俺達は忘れねえよ、あんたのことを」
「…………」
 彼の言葉に、誰も何も言わない。
 静かにみんなで目を閉じて、祈った。次こそは、彼女が幸せになれますように、と……
 
 その後のことは、あまり話すことはない。
 あの夢の世界の中で、わたしとトラップはお互いの気持ちを確かめ合っていたけれど。
 でも、どっちも、それを口には出さなかった。
 まだ駄目だって。
 まだ終わってないから。「続きは終わってからにしよう」って、そう誓ったから。
 彼女をそそのかした人が、今どこにいるのか。
 散々わたし達の邪魔をして、多くの人を不幸にして……一体その人の目的が何なのか、わたし達はまだ知らない。
 だけど。
「絶対に、許さねえ」
 トラップの言葉に、誰も反論する人はいなかった。
「あいつだけは、絶対に……!」
 冒険者になって、何をどうしようって目的があったわけじゃなかった。
 だけど、今初めて、わたし達に一つの目的ができた。
 その目的に向けて、頑張ろうって皆で誓った。
 こんな悲しい事件を繰り返しちゃいけないって、そう言って……


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