20のお題 ダーク系お題
17 満ちる月


 声が聞こえなくなった後も、頭痛は止まらなかった。
 ううん、それどころか、ますます酷くなったような気がした。
 何だろう……頭の中に、何かが潜り込んだような……
 その「何か」がどんどん大きくなっていくような、そんな気がした。
 辛かった。苦しかった。けれど、トラップの背中の温かさを感じていられたから。何とか我慢することができた。
 信じてれば大丈夫……
 みんなを信じていれば大丈夫。絶対、絶対に……
 周囲に響く声を聞きながら、わたしはそう自分に言い聞かせていた。
 けれど。
 温もりが去っていった。
 冷たい地面に横たえられた。
 続いて聞こえたのは、物凄く甲高い音と、物凄く鈍い音。
 どちらの音も凄く大きくて、一体何が起きているのか、と気になったけれど。
「っ…………!」
 声に出すことが、できなかった。
 冷や汗が全身から噴き出した。
 頭が……痛い。
 痛い、痛いよ……助けて……誰か、誰かっ……!!
「パステル!!」
 狂いそうになったとき、いつもわたしを引き止めてくれたのは、この声だった。
 すごくすごく優しい、あったかい、声……
 だけど、その声も。今回だけは、効かなかった。
 ううん、それどころか……
「っ……!!」
 手を握られた。ぎゅっと、強く、強く……絶対離さない、って、そんな意気込みが伝わってくるくらいに。
 ――やめて!
 声にならない悲鳴をあげた。
 やめて、やめて……
 
 ――来て――
 ――第五の謎を、伝えるから――
 ――ここにっ――
 
 ……彼まで一緒に連れて行かないで!!
 心の中で叫んだ瞬間。
 わたしの意識は、闇の中へと放り出された。
 
「っ……つつつっ……」
 頭が痛え。
 目が覚めた瞬間、率直に浮かんだのはそんな感想だった。
「……んだよ……また、か……?」
 ゆっくりと身を起こす。目にとびこんできたのは、ちっと前にも見た光景。
 眼下に小さな町が広がる、小高い丘の上……
「っつーことは……第五の謎、とか言ってたな? 最後の謎も俺一人で解け、って……」
 言いかけた台詞が止まる。
 誰もいないと思い込んでいた。あのときと同じように、俺一人でこのわけのわかんねえ夢の世界に放り出されたのかと。
 けれど、違った。
「ぱ、パステル!!?」
 クレイもキットンもルーミィもシロも見当たらねえ。それは予想通りだったが。
 俺の傍らには、もう一人……見慣れた白いアーマーにミニスカートの女が、一人。
 パステルが、横たわっていた。
「な、何でだ!? お、おい、起きろ! 大丈夫か? おい!」
 ばしばしと頬を叩くと、パステルは「うーん」と呻きながら身を起こした。
 心中密かに安堵する。この世界に放り出される前のパステルの様子を、忘れたわけじゃねえ。あの苦痛に満ちた顔を見れば、こいつに何か異変が起きてることは鈍感帝王クレイでもわかっただろう。
 だが、少なくとも、今目の前にいるパステルには特に変わった様子は見られなくて……
「……トラップ……?」
 俺を視界におさめながら、パステルはどこか遠くを見る目でつぶやいた。
「トラップ、いるの? どこ……?」
「……ここにいる」
 視覚は、まだ戻ってねえのか……
 そのことに軽い失望を覚えながら、手を握ってやる。
 あのときは、ナイフと……そしてガキの死体を除いて、俺はこの世界のものに手を触れることができなかったが。
 同じ場所から来たから、なのか。パステルの手は、確かな質感と熱を、俺に伝えてきた。
「ここにいる。一人じゃねえ、安心しろ」
「……よかったあ」
 ぎゅっ、と手を握って、パステルは力なく笑った。
 ……怯えてる。
 その顔を見た途端、悟る。
 笑ってはいるが無理をしてる。パステルは何かに怯えている。……そりゃあ、目が見えねえという状況で怯えねえ方がおかしいだろう、という気もするが。うまく説明できねえけど、何つーか……それ以上の何かがこいつの身に起こってるような……
「ぱすて……」
「と、トラップ! ねえ、こうしていてもしょうがないよね!」
 それを問い正そうとした瞬間、パステルは、俺の台詞を遮るようにして叫んだ。
「あのさ、トラップにも聞こえたよね? あの声……第五の謎を伝えるからここに来て、って……ここ、ってさ、『ここ』のことだよね?」
「……ああ、多分そうだろうな」
「だよね!? じゃあさっ……この世界のどこかに、第五の謎があるんだよね。それ、探さないと……」
「…………」
 空々しいほどに大きな声で叫んで、パステルは立ち上がった。
 明らかに何かを隠していて、そしてそれを俺に気づかれねえようにしてる?
 ……何でだよ。
 何で隠すんだよ。俺は、こんなにもおめえのことを心配してんのに。
 俺は、そんなに頼りにならねえのかよっ……!?
「パステルっ!」
 とっさにパステルの二の腕をつかむ。
 びくり、という震えが、伝わってきた。
「……何……?」
「何があったんだよ……」
 言いながら詰め寄ると、パステルがゆっくりと後ずさった。
 どんっ! という鈍い音。背後で突き当たったのは、木。
 それに気づいて、パステルの顔が少し強張った。
「何があったんだよ? 言えよ、パステル」
「……何でも……」
「嘘つけっ! おめえっ……」
 ばん、と顔のすぐ脇、大木と呼ぶにふさわしい幹に叩きつけた瞬間……
「…………!!?」
 手の下にあるものに、視線が吸い寄せられた。
「と、トラップ……?」
「…………」
 不審そうな声をあげるパステルを押しのける。
 その身体の下から現れたのは、幹に刻まれた、稚拙な文字……
 
 ――第四の謎を無事に解きし者達よ
 ――最後の謎を解いてみせよ
 ――この謎を解きしとき、奪われた五つの宝は無事に汝らの下に戻り
 ――そして我は満たされん
 ――月が満ちるときまでに、我を見つけ出してみよ
 ――我の全てを、真実を、見抜いてみよ

 
「……何、それ……」
 見たままを読み上げると、パステルは強張った声でつぶやいた。
「それが、最後の謎? 我、って……」
「ダンジョンマスターのこと、だろうな」
 さっきのわだかまりを忘れたわけじゃねえが、今は優先すべきはこっちだ。
 気持ちを切り替えて、つぶやく。
「つまり……この世界……仮に夢の世界とでもしとくか……に放り出された、ってこたあ、この中のどっかにダンジョンマスターがいるから、探せ、ってこったろーな。タイムリミットは月が満ちるまで。けどなあ……『我の全て』『真実を』見抜け、ってのは……どういうことだ?」
「…………」
 パステルは無言。まあ、返事が来ることなんざ期待しちゃいなかったが。
 まあ、とにかく……やるべきことは、決まったよな?
「トラップ」
「うん?」
 書き写すものを持ってねえから、頭の中に刻むべく文章を何度も読み返していると。
 パステルが、くいっ、と俺の袖を引いた。
「トラップ。ねえ、第四の謎を解きし者……ってことは……」
「ああ」
「わたし、味覚が戻ってきた、ってことだよね?」
「……そうだろうな」
 そうか、その問題があったな。
 心中で密かに手を打つ。
 何しろ、感覚の問題だけは、パステルの自己申告がねえ限り、外の俺達には絶対にわからねえから。
 様子を見る限り、目が見えてるようには見えねえからな。戻ったのは、味覚なんだろう。
「多分、そうじゃねえ? 今までだって順調に戻ってきたんだろ? 今回だけ何の褒美もなし、ってこたあねえだろうぜ」
「……だよね」
 俺の言葉に、パステルは少し安心したのか、微かに微笑んだ。
「よくわからなくて。ほら、味覚ってさ、何か食べてないと『ある』って実感わかないでしょ?」
「…………」
「それが、少し寂しくて……」
 その言葉を聞いた瞬間。
 どうしてなのかはわかりきっていて、そしてそれに逆らうつもりもなかったから。
 俺は、襲ってきた衝動に身を任せて。
 パステルの唇を、ゆっくりと、塞いでいた……


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