20のお題 ダーク系お題
16 硝子


 一体パステルの身に何が起きたんだか?
「右……左……次、左から二番目の……」
 どれだけ声をかけても、あいつは何が起きたのか言おうとしねえ。
 ただ、ひたすらに道順を繰り返すだけ。
 そして、マップチェックをしているキットンの言葉によれば、パステルが告げるコースは、ある場所に向かう最短コースを指し示している、ということで……
「……おい!!」
 瞬間、先頭を進んでいたクレイが大声をあげた。
 慌てて脚を早める。細い通路を抜けた先に待っていたのは、ちっと前に散々てこずらされた廃墟があった場所と同じ様な、広間にも似た場所。
 そして。
「な……何、なんですか? この場所はっ……」
 目の前に広がる光景。それを見た途端、キットンが、唖然とした様子でつぶやいた。
 広間に入った瞬間目にとびこんできたのは……
 俺達だった。
「……こ、ここは……?」
 それまでの土壁しか見えなかったダンジョンと同じ場所とは到底思えなかった。
 床、天井、壁……
 ありとあらゆる場所が、鏡で覆われていた。
「ルーミィがうつってるおう!」
「うつってるデシ!!」
 その光景を見て、チビどもは無邪気に喜んでいたし、目の見えねえパステルには、何があったのかよくわからねえんだろう。特に何の反応も示さなかったが。
 残る三人……俺、クレイ、キットンの三人の顔は、揃って青ざめていた。
 あまりにも異常な光景だったから。
 全面鏡ばり。上を向いても、下を向いても……どこを向いても、俺達の姿しか目に入らねえ。
 そして、全面鏡、ということは……ちょうどお互いが合わせ鏡のような効果をもたらしていて。映っている対象が、いくつもいくつも……つまり、無数の自分の姿を見せつけられた、ということで……
「……気分が悪くなりそうだな」
 早々につぶやいて、クレイは剣を構えた。
「とにかく……このどれかを運べばいいんだな?」
「……だな。ちっと待っててくれ。確認すっから」
 そう伝えて、壁や床をチェックしてみる。
 別に罠らしきものはねえ。そして……どういう作り方をしたのかは知らねえが。この鏡は一枚岩ならぬ一枚鏡……つまり、継ぎ目らしきものが一切見当たらねえ。
 手ではがそうにも、とっかかりになりそうな場所が見当たらなかった。
「……無理。クレイ、頼む」
「わかった」
 俺の言葉と同時、クレイの剣が一気に振り下ろされた。
 びしっ! という微かな音とともに、鏡に亀裂が走る。
 女神像の顔が映るくらいだから、結構な大きさに切り出す必要がある。運び出す手間を考えるとうんざりしたが、そんなことを言ってる場合じゃねえ。
 見る間に亀裂が綺麗な四角の形に走った。そして、クレイが剣をおさめたとき。
 ずずっ……という微かな音と共に、壁から鏡が、剥がれ落ちた。
 鏡の向こうにあったのは、散々見てきた土壁。
 別に何かで接着されていた、とか、そんな様子も見当たらねえが……一体どういう作りになってんだ、この部屋は?
「よし、戻るぞ」
 気にしても仕方がねえ、とは思いつつ。俺は不思議に思わずにはいられなかった。
 どうもこのダンジョンはおかしい。色んな意味でおかしい。
 そもそも、罠にひっかかった瞬間いきなり廃墟が現れた、だとか道がショートカットされた、だとか。
 この様子から見るに、自然のダンジョンに手を加えた半人工的ダンジョン、だと思うんだが……それにしたって仕掛けが大掛かりすぎる。
 一体このダンジョンは、どうやって作られたんだ……? ダンジョンマスターは、何を考えて……
 女神像の場所まで戻る傍ら、俺はそんなことを延々と考え続けていた。考えても答えなんか出そうになかったが、考えずにはいられなかった。
 だから気づかなかった。
 パステルの様子がおかしかったこと。俺の身体にしがみつっくようにして、ずっと、ずっと震えていたことに……
 
「よし……ルーミィ、フライの呪文頼む!」
「わかったおー!」
 鏡は結構なでかさがあるし、女神像の顔まではクレイの身長でも届きそうもねえ場所にある。
 というわけで、俺達は第四の謎を、このチビエルフにたくすこととなった。
「ヨイタ……キイデン……トゲロヒヲ……バサ、ツニラゾ……オオ、ノア!」
 成長したもんで、クレイの声に、紙も見ずルーミィはすらすらと呪文を唱えてみせた。
 ロッドから微かな光が零れ出た瞬間、クレイがかざしていた鏡(余談だが、あれをキットンと二人で運ぶのは相当に骨が折れたらしい)が、ふわりと浮き上がる。
 何故だか知らねえが、ルーミィはフライの呪文に関してだけは本当にうまい。あっちにふらふら、こっちにふらふらと危なっかしい動きながらも、鏡は着実に上へ上へと浮き上がり……
「……そういえば、映したはいいがその後どうするんだ?」
 クレイの素朴な疑問により、その場が凍りついた。
「るる、ルーミィ! 頼む、落とすなよ!?」
「わかったおー!」
「ルーミィしゃん、頑張るデシ!」
 一応念押しはしたが、魔法の効力がいつまで持つかはルーミィ本人にも謎らしい。
 あまり時間の余裕はねえ。俺達は、慌てて顔を付き合わせた。
「で、第四の謎の続きはどうだった!?」
「はいはい……いやあ、それにしても後先考えないところがいかにも我々らしいと言いますか……」
「無駄話はいいから早く言えっ!」
「あぎゃぎゃっ! わ、わかりましたよっ! え、ええっとですね……確か、最も憎んでいるものを我が前に置き、完全に破壊されたとき第四の謎は解け……そして、破壊はダンジョンマスターの手で行われなければならない、とか、確かそのような言葉だったかと……」
「…………!」
 それでとっさに身体が動いたのは……それは、やっぱり。
 危険にさらされているのが他ならぬパステルだったということが、火事場の馬鹿力を発揮させた、ということだろうか。
「クレイ! こっちに来てくれ! 手え貸せ!」
「な、何だ!?」
「キットン! パステル頼む!」
「え? ええっ?」
「ルーミィ! シロ! そこからどけっ!!」
 矢継ぎ早に指示を出しながら、パステルの身体を下ろす。
 その身体を離れた場所に横たえて、ルーミィとシロの襟首をひっつかみ、同じ場所に放り投げる。
「いちゃいいちゃい! とりゃー! 何するんだおう!」
「馬鹿、文句は後で言え! ルーミィ! フライ、続けろ! 頼む!」
 俺の形相にびびったのか、いつもなら滅多なことでは引き下がらねえルーミィが、ごくんと息を呑んで「わかったおー」と呟いた。
 幸いというのか。魔法の効力はまだ続いている。ふらふらと女神像の顔のあたりを、頼りなげに浮かぶ鏡。
 それを確認して、俺は女神像の脇に駆け寄った。
「クレイ! そっち頼む!」
「! そういうことかっ……わかった、行くぞ!」
 俺の意図を察したのか、クレイも逆側に回りこんできた。
 女神像の身体に手をかける。果たして俺達の力で、このでかい像がどうにかできるのか、かなり不安だったが。
 手をかけた瞬間感じたのは、違和感。
 思った以上に軽い、という、そんな感想。
「いくぞっ……でやあっ!」
「ぐっ……おらあっ!」
 クレイと二人がかりで、女神像の身体を力いっぱい押した。
 ぐらり、と像が揺れる。
 まるでスローモーションのように、像が、ゆっくりと傾いた。
 そして。
 ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
 頭上で響く、透明な音。
 女神像の頭が鏡にぶち当たって、それを粉々に打ち砕いた、音。
 硝子が雨のように降り注いだ。こんな場合だっつーのに……それは、まるで夢みてえに綺麗な光景で……
「……おい! トラップ!!」
 っ!!
 一瞬気が抜けた。
 我に返ったのは、向かいのクレイが発した悲鳴を聞いたとき。
 だが、聞こえたときには既に遅かった。
「っ……あっ……!!」
 声をあげたのは、誰だったか。
 俺が力を抜いたせいで、クレイ一人では傾いた女神像を支えられなくなった。
 次の瞬間……女神像の身体は、音を立てて、その場に倒れこんでいた。
 天井が高い割には広さはさしてなかった場所だから、頭が壁につかえて止まるか、とも思ったが。
 どんっ! と鈍い音がして、壁にぶつかった瞬間……
 びしいっ!! と、その全身に無数の亀裂が、走った。
「……おい!!」
 クレイの顔が、青ざめた。だが、いくら青ざめたところで、俺達に崩壊を止める術は、ねえ。
 びしびしびしびしっ!!
 何もできなかった。自重のせいもあるのか、あっという間に砕け始める女神像を、俺達はただ見ているしかなかった。
 そして、それとほぼ同時に……
「ぱ、パステル!!?」
「ぱーるぅ!!」
 背後から響いたのは、焦りまくったキットンとルーミィの声。
 嫌な予感が、した。
「何だ!? どうしたっ!!」
 女神像はクレイに任せることにして、走り出す。
 離れた場所に避難させたキットン達。その中央で、パステルが横たわっていた。
 真っ青な顔で。
「パステル!」
「っ…………」
 駆け寄った瞬間、勢いに負けたのか、キットンが身を引いた。場所を明け渡されて、その場にひざまずく。
 そして、パステルの手を取った瞬間……
「……あ……?」
 その手を通して、何かが、伝わってきた。
 ……声が……聞こえる……?
 
 ――来て――
 ――第五の謎を、伝えるから――
 ――ここにっ――
 
「第五の……謎!? 何だ、何が起きた……? パステルをどうした? ここってどこだよ!?」
 その声が、あの夢の中で聞いた白いガキの声と同じだと気づいて。
 一体何を言われているのかがわからなくて、俺が叫んだその瞬間。
「……トラップ!!?」
 突然襲ってきた頭痛、閉ざされた視界……それら全てに身を委ねて。
 焦りまくったキットンの声を聞きながら、俺は、パステルの上に倒れこんでいた……


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