20のお題 ダーク系お題
15 盲目


 盲目、という状態がこんなに辛いものだって思わなかった。
 もちろん甘く見ていたわけじゃない。もし目が見えなくなったら、それはすごく辛いことに違いないってわかってはいた。
 ううん、わかっていたつもりだった。
 でも、いざなってみると……それまで当たり前のように見えていたものが見えないことが、こんなに辛いなんて……想像を絶する、っていうのは、まさにこの状態のことだと思った。
 
 ――おめえのために言ってんだぞ!!
 ――おめえがこのまま、見えねえ、味わえねえままなんて嫌だから。だから言ってんだぞ!?
 
 ……ねえ、トラップ。
 あなたは……その台詞を、どんな表情で言っていたの?
 どんな目で、わたしを見ていたの?
 今まであなたの顔なんて散々見てきたのに。見えなくなってから、こんなにも強く思うなんて。
 あなたの顔が見たい。あなたの本音が知りたい。
 ねえ、ただの冗談? いつもの軽口?
 ねえ、教えて。トラップ……
 
「鏡。鏡……ねえ。誰か持ってるか?」
 俺の言葉に、その場にいた面子が一斉に首を振った。
 まあな。俺達は冒険者だ。クエストになれば一日中歩き通しってことも珍しくねえから、基本的に余分な荷物は極力持たねえようにしてるしなあ……男の俺達には、鏡なんて大して必要なもんでもねえしな。
 持ってるとしたら……
「パステル。おめえは? 鏡持ってっか?」
 背中にしがみついたままのパステルに声をかける。ちなみに、黙って勝手に荷物を漁ってやろうとしたところクレイに止められた。
「何でもいいんだよ。手鏡みてえなもん、持ってっか?」
「…………」
 パステルは、しばらく考え込んでいたようだが。やがて、微かに首を振る気配が伝わってきた。
 ……まあ期待はしてなかったけどな。こいつ、自分が女だ、って自覚あんまりねえみたいだし……それは冒険者としては結構なことだが、俺としてはもう少し……ま、これ以上は言わねえでおくか。
「うーん。参りましたねえ」
 全員が首を振るのを見て、キットンがしみじみとつぶやいた。
「こうなったらまたノルに頼みますか? どこかで鏡を調達してきてくれって」
「一体いつになるんだよ、それ。……別に鏡じゃなくてもいいんだろ? とにかく、顔が映れば」
「そんな都合のいいものがありますか? まああるとしたら例えば水面……ですか。けれど、あの背の高い女神像の顔を映せるほどに大きな水面なんて、作れると思います?」
「…………」
 八方塞がり、っつーのはこのことを言うんだろうな。
 くっそ……謎は解けているのに、それを実行に移せねえとは盲点だったぜ。何か……何かねえか!? いい方法がっ……
「……悩んでいても仕方ないんじゃないか?」
 全員で頭を抱えた後。
 ため息をつきながらつぶやいたのは、クレイだった。
「ここでいつまでも悩んでいても、鏡が手に入るわけじゃないし……このダンジョンの中を、探してみるか?」
「ああー、そうですね」
 その言葉に、キットンもうんうんと頷いた。
「確かに。途中で入り口が塞がる仕掛けになっていた以上、『持ち物が足りない』なんて理由で謎が解けなくなるのはアンフェアというものですからね。ダンジョンマスターさんが真っ当な人なら、何がしかの解決方法を用意していることでしょう」
「…………だな」
 それは多分にご都合主義な考え方ではあったが、今となっては、その案にすがるしかねえから。
 全員で頷きあって、一斉に立ち上がった。
 しかし、鏡……ねえ。
 そんなもんが、都合よくダンジョンの中にあるのか……?
 
 何となく、気分が悪かった。
 もしかしたら、ずっと前からそうだったのかもしれない。ただ、それまでは皆が頑張ってくれるのが、少しずつ確実に戻ってくる感覚が凄く凄く嬉しくて、あまり気になっていなかっただけ。
 けど……
 トラップの背中で揺られながら、わたしは、ぎゅうっ、と彼の肩を握り締めた。
「……どした?」
 わたしの様子に気づいたのか、トラップの優しい声がとんでくる。
 彼のこんな声を聞いたのは初めてだと思った。それこそ、もしかしたら……いつだって、彼はこんな風にわたしを気遣って優しい声をかけてくれていたのかもしれないけれど。
 わたしがそれに気づかなかっただけ。目で見る彼の軽薄な表情から「どうせ冗談に決まってる」と決め付けて、その奥に隠された本音を読み取ろうとしなかっただけ?
 ……それとも。ただの考えすぎ……?
 わからない。目が見えないから、他の感覚が余計に鋭くなったように感じる。だから色々考え込んでしまうのかもしれない。
 だから……
 頭の奥でじんじんしびれるようなこの痛みも。ただの気のせい、なのかも……
「……何でもない」
 トラップに心配をかけたくはなかったから。わたしは、ただそれだけをつぶやいた。
 目が見えないのにダンジョンの中を歩き回らせるわけにはいかない、と、トラップはずっとわたしを背負ってくれている。
 敵が出たときのために、クレイの両手は開けておく必要があるから。そう言って、盗賊で、体力値は低い方であるはずの彼が、文句一つ言わずにわたしを守ってくれている。
 これ以上、心配をかけちゃいけない……
「トラップ……」
「ん?」
「……み、見つかるといいね、鏡……」
「あに人事みてえに言ってんだか。見つかるといいね、じゃねえよ。見つけるんだよ。見つけねえと……おめえいつまでもそのまんまなんだぜ? うまいもの食っても味がわからねえ。おめえの好きな本だって読めなくなる……それでいいのか?」
「……そうだね。ごめん」
「わあったら黙ってろ。俺達を信じてろって」
「……うん」
 涙が出そうになった。気のせいじゃない。ぶっきらぼうな言葉の中に、彼の優しさがいっぱいに溢れている……そんなことを悟って。
 ありがとう。トラップ……ありがとう。
 トラップに気づかれないように、心の中で何度もつぶやく。
 もう一度彼の顔を見たい。
 もう一度……しっかり彼の目を見て、そして、今のわたしの気持ちを……
 そのときだった。
「…………っ!!?」
「ん? どした?」
 ぎゅうっ、と腕に力をこめる。トラップの怪訝そうな声が聞こえたけれど、それに答えることもできなかった。
 頭の奥が、痛くて。じいんじいんとしびれるような痛みが、いっぱいに走って。
「うっ……」
「パステル? おい、どうした?」
 ……聞こえる。
 耳の奥に響いているのは……あのときの声。
 あのとき、夢の中で女神像を見つけたときに聞こえた……声。
 
 ――こっちに――
 ――その道を、右に――

「……右……」
「はあ?」
「右に行って! お願い!」
 真っ暗に閉ざされた視界に、くっきりとした地図が浮かんで見えた。
 それは、まるで目の奥に焼き付けられたような……外から取り入れた情報じゃない、中……脳が直接発信したんじゃないか、っていうような、そんな不思議な感覚。
 声が聞こえた。右へ、左へと、わたしに伝えてくる。
 
 ――望むものは――
 ――そこに――
 
「っ……次……左から、二番目の……」
「パステル? おめえ、どうしたんだよ……」
「お願い、黙って! 二番目の……通路の、奥にっ……」
 声に耳を傾けている間に、頭痛はどんどんひどくなっていった。
 気を抜いたら吐いちゃいそう……
 ぐっ、と奥歯を噛み締める。
 直感的にわかったから。この声は……きっと、ダンジョンマスターさんの声なんだって。
 どうしてかわからない。彼女が何を考えているのか、さっぱりわからない。
 けれど……何となく、この声に従えばいいんだってわかった。
 彼女がわたし達に謎を解いてもらいたがってるって、わかったから。
「……おい!!」
 その瞬間響いたのは、クレイの声。
「あったぞ……鏡だ! どうしてこんなところに……!!?」
 その言葉と同時、ダンジョンマスターさんの声は聞こえなくなって。
 わたしの視界は、また、暗闇の中に閉ざされた――


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