20のお題 ダーク系お題 13 雷雨 その人影は、俺の方を見てはいたが。俺の存在には気づいていないようだった。 妙な表現だが、そうとしか言いようがねえ。その視界に入っているのは確実なのに、無視というのも生ぬるい無反応。 「おい……」 声をかける。一歩踏み出す。それでも、白い人影は動かない。 ただ、きょろきょろと周りを見回して、怯えたような顔をするばかり。 「おい! どうした!?」 さらにもう一歩。ほとんど叫び声に近い声を出す。 だが、それでも……返事は、無い。 そして。 「!?」 何歩か歩みより、その姿がはっきりと確認できるところまで来て、足を止めた。 「……何だ……?」 白い人影。 それは文字通りの意味だった。どこまでも白い……白い服、白い肌……そして。 白い髪。 「…………」 それは異常な光景だった。 そこに立っていたのは、女だった。だが、髪は真っ白だが、その顔や姿は、どう見ても12〜3歳のガキにしか見えなくて…… そして、もっとも異常だったのが。 何もかも真っ白なその姿の中で、一際目立つ、赤い瞳。 「……おい……」 「…………」 俺のことが見えてねえのか? 一瞬そう聞きたくなった。だが、何故だか直感的に、声をかけてはいけないような気がした。 何で、って聞かれてもわかんねえが…… そのときだった。 「いたぞ!!」 不意に響いたのは、聞き覚えの無い声。 続いて響く、複数の足音。 白いガキの身体が、一瞬にして強張った。 くるり、と向き直る。そして、俺の脇をすりぬけるようにして、一目散に道を駆け下りていく。 「っ……おい! 待て!!」 とっさに呼び止めようとしたが、ガキの足は止まらねえ。 そして。 その後に続いて現れたのは、こちらは普通に金髪や黒髪の、どこにでもいそうなガキども。 手に手に棒や石を持って、げらげら笑いながら道を駆け下りていく。 白いガキと同じく、その全員が、俺のすぐ傍を走りぬけながら、誰一人俺の存在には気づかなかった。 ……もしかして、この世界で実体を伴ってねえのは、俺の方なのか!? 「逃げんな化け物――!!」 「退治してやる! 待てっ!!」 口々に叫びながら、ガキどもは道を駆け下りていく。 化け物……もしかして、あの白いガキのことか……? 色素、ってものが抜け落ちたような姿。目が真っ赤なのは……あれは、もしや中を走る血管が……血の色が透けて見えてんのか? そういう病気がある、とどこかで聞いた覚えがあった。もちろん、実物を見たのは初めてなんだが…… 「…………」 どうという考えがあったわけじゃねえ。それでも、俺はとっさに走り出していた。 何となく予感があった。「見なければならない何か」と、今の光景は……決して無関係じゃねえと。 「待て!」 聞こえてねえだろう、と思いつつ。 白いガキと、それを追い回すガキどもが走り抜けて行った道を、俺も駆け下りていた。 一体どこに行ったのか、と散々走り回って。 気がついたときには、日もすっかり暮れていた。 こんな世界でも、夜っつーのは来るんだな…… そんな妙なことに感心しながら、歩き回る。いつの間にか街並みは見えなくなり、周囲は鬱蒼とした木々で囲まれていた。 ……どっかの森にでも迷いこんだか? 一瞬不安になったが。まあパステルじゃあるまいし、適当に歩いてりゃ元の場所に戻れるだろう…… そっちの方は楽観的に考えることにして、再び気を引き締めたときだった。 ――ひっく―― 「ん?」 ぴたり、と足を止める。 ざあっ、と風が揺れた。妙に冷たい湿った風……その中に乗って聞こえてくるのは…… ……泣き声? 「どこにいるんだ?」 声をかけても返事はねえ。 仕方なく、風が吹いてきた方向へと歩き出す。確実にその場へと近づいているのはわかった。泣き声が、段々と大きくなってくる。 そして…… ――ざっ! 茂みをかきわけるようにして抜けた先。 そこにあったのは、周辺から頭一つ飛びぬけたでかい木。 そして、その前にうずくまっている……白いガキ。 「おい!?」 普段の俺なら、怪しいもんには極力近づかねえように、とするところだが。 その光景を見た瞬間、勝手に身体が動いていた。 丘の上に立っていた白いガキ。間違いねえ。着ている服に見覚えがある。 だが、今……そのガキは、傷だらけで、全身から血を流していた。 白い肌を染める赤。あまりにも鮮やかな対比が、余計に痛々しさを強調していた。 「おい、大丈夫か!」 声をかける。その手をつかもうとして…… すかっ、と空を切る手に、愕然とする。 ……やっぱりか……やっぱり、この世界で実体を伴ってねえのは、俺の方なのか……? 「おい、しっかりしろ!」 触れられねえなら、声をかけるしかねえ。 何度も何度も叫ぶ。だが、ガキはうつろな目をして地面を見つめていて…… その唇から、微かにつぶやきが漏れている。 ――どうして―― ――どうして、あたしがこんな目に合わなきゃいけないの―― ――父さんも母さんも、あたしを守ってはくれない―― ――あたしが生きる意味って……何……? ガキの言葉とは思えなかった。 ポツリ、と頬に冷たいものが当たって、顔を上げる。 暗い空から、雨が降り始めた。それはたちまちのうちに勢いを増し、俺とガキの身体を、一瞬でずぶ濡れにした。 「おい……」 カッ! と空が光った。しばしの静寂の後、ドーンッ、と大きな音が響く。 雨はますます強くなる。普通のガキなら怯えて布団に潜ってもおかしくねえ雷雨の中で、白いガキは…… ゆっくりと立ち上がった。その服のポケットから取り出されたものは…… 「……! やめろ! おい!!」 とっさにその手をつかみあげようとしたが、実体を持たねえ俺には、その動きを止めることができなかった。 何もできねえ俺の前で。 ガキの手に握られたナイフは、吸い込まれるように、その腹へと突き立った。 茫然自失、ってのは……この状況のことを言うんだろう。 俺は何もできなかった。目の前で人が一人死のうとしてるのに。止めることも、話を聞いてやることもできなかった。 「おいっ……何で……」 動かない小さな身体を抱き上げる。腹から流れるおびただしい血、うつろに開かれたまま、まばたきすらしない目。そのどれもが、もう手遅れだと……ガキの命が尽きたんだということを示していた。 生きているときはつかめなかったのに。死んでから触れられるようになったのは何でだ? ガキが俺と同じ存在になった、ってことか? もうこの世界に……この世にはいねえ、と? 「何、で……」 つぶやきながらわかっていた。 ガキは死んだ。自殺した。化け物だと罵られていわれの無い暴力を受けることに疲れ果てて。 逃げるために死んだんだ、と…… 「何でだよっ……」 頬を伝うのは、明らかに雨とは違う生暖かい雫。 最後に聞いた、絶望に満ちた声が、耳について離れなかった。 誰も守ってやらなかったのか。誰も救ってやれなかったのか? こんなガキが……まだまだ未来に楽しいことはいっぱいあるはずなのに、その全部を捨てても楽になりたいって……そう思えるくらいに…… 「……畜生っ……」 やり場の無い怒りを胸に、ガキの身体を横たえる。 せめて目を閉じさせてやろう、とガキの頬に手を当てたときだった。 「…………!?」 不意に感じたのは……「どこかで見たことがある」という、そんな思い。 「……似てる……?」 がしっ、と小さな肩をつかんで、顔を覗きこむ。 似ていた。 間近で見て初めてわかった。ガキの顔は……大きさは全く違ったが。それでも、確かに似ていた。 あの女神像の顔に。 「……ってことは……まさか……?」 白い女神像。赤い瞳。白い肌と髪を持つ、目だけが赤いガキ。 「まさか……まさかっ……」 ある考えが浮かんだ。まさか、と思いながらも、考えれば考えるほど、答えはそれしかねえように思えた。 「…………」 ナイフをガキの腹から引き抜く。実体を伴わないはずなのに、何故だか、それは、しっくりと俺の手におさまった。 それこそが、俺の考えが当たっているという証明。 どぶっ! という音と共に再び溢れ出す血を見ながら、そんなことをぼんやりと考える。 「そうなのか……そうだったのか? おめえは……誰かに知って欲しかったのか。だからこんなことをしたのか?」 問いかけても、答えは返ってこねえ。期待はしてなかったが。 つぶやきながら、俺は、そのナイフを…… 自身の腹に、突き立てていた。 匂いを感じられない、っていうのは、不思議な感覚だった。 特に強い匂いでも無い限り、意識して「匂いをかいでる」なんて実感することは、あまり無いよね。 だけど、このとき。 わたしは初めて知った。この世界には、本当に色んな匂いがあるんだ、ってことを。 「……あっ……!」 「パステル、どうした?」 鼻腔をくすぐる土の匂い。すぐ傍にいるクレイがつけている、手袋の皮の匂い。 そんな色んな匂いが一気に押し寄せてきて、わたしは思わず大きく息を吸い込んだ。 「匂いが……」 「え?」 「匂いがするの! わたしっ……」 そのときだった。 「…………」 がさり、と、小さな音がした。 とっさにそちらに目を向ける。瞬間、 「トラップ! 目が覚めたのか!!」 すっごく安心したような、クレイの声が聞こえた。 目が……覚めた……トラップの? 「トラップ!」 「…………」 わたしが声をかけても、返事は無かった。かわりに聞こえたのは、クレイの戸惑ったような声。 「トラップ……お前……」 「…………」 気配がした。誰かが近寄ってくる、そんな気配。 「お前、何……泣いてるんだ……?」 気配が目の前まで来た瞬間。 わたしの全身は、何か……とてもとても暖かいもので、包まれていた。 お題シリーズに戻る |