20のお題 ダーク系お題
10 束縛


 その不吉な音が響いたのは、ノルが姿を消してからおよそ30分が経過した頃だった。
 ずううううぅぅぅぅぅんっ!!
「な、何だ!?」
 微かに揺れる地面。遠くに聞こえるは……土砂崩れの音、か?
「何が起きたんだ!?」
 立ち上がるクレイの顔は青ざめていた。
 皆不安に思っていた。本当に一人で行かせてよかったのか。やっぱり誰かついていくべきじゃなかったか。
 そんなことを考えていた矢先のことだったから。誰も、その場で「冷静に考えてみよう」なんて言える奴はいなかった。
 取るものも取らず立ち上がる。ノルがいなくなったから、必然的にパステルを背負う役目は俺になり、マップはキットンに渡されていた。いざ戦う必要が出たときのために、クレイには身軽でいてもらう必要があるからな。
「ノル! 大丈夫か!」
 クレイが先頭に立って走り出す。だが、わんわんとうるさいくらいに反響するその声に、返事はどこからも来ねえ。
 30分じゃあ、外に脱出できたわけがねえ……まさか!?
 いやな予感がひしひしと押し寄せてくる。まさか……まさかといくら言い聞かせても、最悪の予感が脳裏から消えることはねえ。
 ――ノル!
「あ!?」
 次の瞬間。
 クレイは、一声叫んで脚を止めた。
 ききーっ、と、急ブレーキをかけて、後続の俺達も立ち止まる。
 誰も、何も言えなかった。
「……ノル……?」
 そこは、あの女神像があった場所よりもう少し先……
 嫌になるくらい別れ道が多いこのダンジョン内部にて唯一、一本道だった場所。
 そこが、今……埋まっていた。
 完全にというわけじゃねえ。一応上にはわずかばかりの隙間があるが。そこは、到底人が潜りこめねえほどに狭い。
「……く、崩れた……? おい、ノル! ノル!?」
「のりゅう!!」
 クレイとルーミィがパニックになって土壁に走り寄るが。一体どこがどう崩れたのか、手で掘った程度で突破できそうな、そんな様子は全くなく……
「トラップあんちゃん……ノルしゃん、大丈夫デシか……?」
「ば、バカッ……大丈夫に、決まってんだろ……?」
 つぶやくシロ。それに答える俺の声は、情けねえほどに震えていて……
 まさか……なあ!? そんなわけ、ねえよな? ノルが……まさかっ……
「僕、見てくるデシ!」
 皆の不安そうな顔を見ているのが耐えられなかったのか。
 そう叫んで、ぱたぱたと宙に浮かび上がったのは、シロ。
「シロ!?」
「しおちゃん!」
「大丈夫デシ! 小さいままなら、僕、ここをくぐれるデシ!」
 そう言って、シロは上にわずかに開いている隙間へともぐりこんでいく。
「馬鹿、シロ! やめろ! 崩れたらどうすんだ! 生き埋めになるぞ! おい!」
 できることなら壁をよじ登って引きずり戻したいところだが、パステルを背負っているからそれができねえ。
 もどかしい思いを抱えて叫ぶんでも、シロはただ「大丈夫デシ!」と答えるだけで……
 やがて、白い尻尾が、見えなくなった。
「しおちゃん! くりぇー! しおちゃん大丈夫かあ?」
「だ、大丈夫……大丈夫だよ、ルーミィ。シロはドラゴンだ。これくらいでどうにかなるわけないだろ?」
 泣き叫ぶルーミィを、クレイが必死に宥めて。俺とキットンは、ただシロが戻ってくるのを待つしかできなくて。
 長い、長い時間が流れたような気がした。
 ……と、そのときだった。
 ぐっ!
「……ん?」
 だらんと垂れ下がったパステルの腕。
 それが今、動いて……俺の首に、巻きついた。
「パステル?」
 目が……覚めた? 確か、触覚は戻ってるんだよな。ってことは、誰かに背負われてるってこと……わかるよな? 一人じゃないってこと、わかってるよな?
「パステル、落ち着け。安心しろ! 俺はここにいる。クレイもキットンもルーミィも……みんなここにいるから!」
 聞こえていねえ、とわかっていつつも、言わずにはいれなかった。
 ゆさゆさと腕を動かして、自分でも驚くくらいに優しい声で語りかけると。
「……本当?」
 微かに、本当に微かにだが。
 そんな声が、聞こえた。
「……パステル?」
「本当? トラップ……ねえ、今わたしを背負ってくれてるの……トラップなの……?」
「パステル!? 聞こえてるのか……おめえ俺の声が聞こえてるのか!?」
「聞こえてる! ねえトラップ! 何がどうなったの……何も見えないの。何もわからないのっ……ねえトラップ、わたしどうなったの!? 怖い、怖いよ!」
「パステル!」
 背中からパステルを下ろして。
 そうして俺は、細い身体を、力いっぱい抱きしめていた。
「……聴覚が、戻った? 第二の謎が解けたっていうことですか? どうして……」
 つぶやくキットンの声にも、今は答えようなんて気にはなれねえ。
「安心しろ。俺はここにいる……俺が……俺達が、絶対におめえを元に戻してやるから! 絶対に!!」
「トラップ……」
 そうつぶやいて。
 俺の身体に力いっぱいしがみついて、パステルは、大声で泣き始めた。
 
 シロが戻って来たのは、それから数分後のことだった。
「ノルしゃん、無事デシ! この壁の向こう側にいるデシ!」
 泥まみれになった状態で、シロははあはあと息をついて言った。
「ノルしゃんが言うには、ここまで来たら突然外に出たらしいデシ。やっぱり罠にかかったせいで、道がちょっと変わってるらしいデシ!」
「ほお。外にショートカットできた……ってことか? んで、どうなったんだ?」
「はいデシ! ノルしゃん、それで小鳥しゃん達に聞いてみたら、森の中……洞窟のすぐ傍に、大事に立てられた石碑、っていうのがあるんだって教えてもらったそうデシ。その石碑を見に行ったら、そこに赤い玉がはまっていたらしいデシ」
「赤い玉?」
 瞬間脳裏に浮かんだのは、罠にかかった瞬間不気味な紅の光を放ち始めた女神像の目だったりするが。何か関係があんのか……?
「それを取ったら、突然どどーんって音がして洞窟が崩れたって言ってるデシ! ノルしゃんが言うには、ここを掘り起こすのはすっごく時間がかかるって言ってるんデシけど……何とか頑張ってみるって言ってるデシ!」
「そうか……」
 どうすればいいのか。
 触覚に続いて聴覚まで戻った以上、もうパステルが狂ったように暴れることはねえと思うが。
 いつになるかわからねえ開通を、待ってるわけにもいかねえよな……
「……しょうがない。シロ、ノルに頑張ってくれって伝えてくれるか? その間に、俺達は残りの謎を解くことにするから」
「はいデシ!」
 クレイの言葉に元気良く答えて、シロはまた土壁の隙間へと潜って行く。
 それを見送って、キットンがぽつりとつぶやいた。
「こういうこと、だったんですねえ」
「……あ?」
「大切なものを見つけたら、謎は永遠に解けなくなる……こういうことだったんですよ。全員で外に出ていたら、我々は下手したら二度とこの中に戻れなくなるところでした。もしかしたら、明示されてなかっただけで、罠を解くタイムリミット、っていうのがあるのかもしれませんね。ここを掘り起こしている間にリミットが来たら、もう謎を解くことは永遠にできなくなる……そんな仕掛けがほどこされているのかも」
「…………」
「一筋縄では行きそうもないですね」
「んなこと」
 つぶやくキットンに、吐き捨てるように言い返す。
「今更言われるまでもねえだろ」
 俺達の言葉を聞いて、不安を感じたのか。
 首に巻きつくパステルの腕に、ぎゅっと、力がこめられた。
 
 第二の謎は、こうして、解けた。
 
 闇の束縛から逃れることができた。
 ううん、正確には、まだ逃れた、とは言えないんだけど。
 わたしの視界は今も闇に包まれたままで。相変わらず何がどうなったのか……そんなことは全然わからないんだけど。
 でも、もう大丈夫。
 聞こえたから。あの、とても聞きたかった懐かしい声が。
 とても心配してくれたことがわかる暖かい声が、ちゃんと耳に届いたから。
 もう大丈夫。わたしはもう束縛されたりしない。
 見えなくても、ちゃんと目を開けて歩いて行くから。
 一人じゃないから。みんなと一緒に頑張るから。
 だから……わたしはもう、現実から逃げたりしない。


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