20のお題 ダーク系お題 07 禁断 俺達の予想は大当たりだった。 一度館の外に出て、今度はクレイを先頭に立たせ、大きくノックをする。 「失礼します。どなたかおられますか?」 どんどん! ドアが壊れやしねえだろうな……とハラハラしながら見守っていると。 やがて、内側から、ぎしっ……ぎしっ……という足音が聞こえてきた。 どんぴしゃか! 心の中で喝采をあげていると、ぎいいいいっ……という重たい音と共に、さっき姿を消したはずのメイドが、全く変わらねえ様子で、ゆっくりとドアを開けた。 「……どちら様でしょうか?」 「突然の訪問をお許しください。私の名前はクレイ・S・アンダーソンと申します。後ろにいるのは私の仲間達です。こちらのご主人にどうしてもお話ししたいことがありまして……」 その顔色はかなり青ざめていたが。クレイは、頭を下げながら必死に口上を並べ立てていた。 やっぱあいつって、いい家の出なんだよなあ……板についてやがる。 俺が言ったら間違いなく上滑りするだろう臭い台詞をスラスラと並べ立てるクレイに心の中でエールを送っていると。 「……では、どうぞこちらへ」 どうやら、今度は女のお気に召したらしい。 大きくドアが開かれて、俺達は館の内部へと招きいれられた。 そして、今度こそ仰天した。 「……なるほど。そういうことですか……」 キットンの囁き声が耳に届く。 さっき入ったときは、荒れ放題だった館内部。 それが、今は恐ろしく掃除の行き届いた、立派な屋敷として通用しそうな内装に変化していた。 ……これも幻……か? さっきの荒れた様子の方が、幻なのか? 「どうやら……礼節を尽くす、に合格していれば。こうして我々に真実の姿を見せてくれるみたいですね……」 ぼそり、とキットンが続ける。 「つまり。館が荒れ始めたら、どこかで失敗した、と……そういうことですよ。トラップ、余計なこと言わないでくださいよ?」 「おめえもなっ。っつーかおめえにだけは言われたくねえっ」 クレイの背後で醜い争いを繰り広げていると。 女は、「ついてきてください」と一言漏らして、スーッと歩き始めた。 慌てて後を追う。向かう先にあるのは螺旋階段。とんとん、と、小さな足音を響かせて、上っていく。 二階……いや、三階に主人がいる、と。そういうことか? 足を向けながら首を傾げる。 廃墟が館に変化しても、変わらず流れている鎮魂歌を聞くともなしに聞きながら、俺は必死に考えていた。 構造そのものが変わってねえのなら。多分屋敷の主人がいるのは……あの部屋、だろうな? 入った部屋の中で、一番大きく中央にでかい机と椅子が鎮座していた部屋を思い浮かべる。 いかにも「家長の部屋」という雰囲気だったから特に念入りに調べてみたが。結局それらしきものは何一つ見つからなかった。 で……この女は、多分屋敷に仕えるメイド……だよな? 前を歩く女の後頭部を見つめる。 けど。主人に会えたとして……一体俺達はどう言えばいいんだ? 仲間が五感を失ったから返してください……と、そう言えばいいのか……? 悩む俺をよそに、女は、一つの部屋の前で足を止めた。 それは、さっき俺が予想していた通り、屋敷内でもっとも広い部屋。 バタン、とドアが開かれる。「どうぞ」という小さな囁き声を残して、女は、大きくドアを開け放った。 目に飛び込んでくるのは、大きな机と、大きな椅子。 ただし。 さっき見たときには無かったはずのもの……どっしりとした椅子に腰掛ける老人の姿を認めて。 俺達は、大きく息を呑んだ。 「失礼します。私の名前はクレイ・S・アンダーソンと申します。あなたが、こちらのご主人様ですか?」 いつまでも黙りこくっていても仕方が無い、と覚悟を決めたのか。 クレイが、一歩前に出て言った。 だが、老人は無言。 ……影の薄いじいさんだな…… それを見て抱いた俺の率直な感想はそれだった。 影が薄い、と言っても、特徴が無いとか華が無いとか、そういう意味じゃねえ。 文字通り、薄い。 「……あの老人、実体を伴ってないのでは?」 同じことに気づいたんだろう。キットンが、ボソリと呟いた。 「っつーことは、あれはアンデッドか? 幽霊とか……レイスとか?」 「うーん、わかりませんねえ。クレリックがいれば一発なんですが……」 「本当に主人だとしたら成仏させちまうわけにはいかねえだろ」 「ぎゃっはっは。それは確かに。それにしてもですねえ、鎮魂歌がバックに流れている、ということから考えても……主人がアンデッド、というのはありえる話だと思いますよ」 「確かにな。それにしても……大丈夫かあ? クレイの奴」 「さあ。クレイが駄目だったら私達ではもっと無理でしょうしね。彼を信じるしか……」 腹が立つがキットンの言葉は正しかった。 礼節を尽くす……クレイ以上にそれができる奴なんざ、俺達の中にいるわけがねえ。 おめえだけが頼りなんだ! 頑張れ! そうやってこの俺が珍しくも素直に応援してやっているというのに。 どうやら、成果は芳しくないようだった。 「ええ、突然このようなことを言い出しても、困惑されるだけかとは思います。それに関しては謝罪いたしますが……どうか信じてください。こうしている間にも、私の大切な仲間が……」 俺達の会話が聞こえているのかいないのか。クレイは冷や汗を拭いながら必死に話しかけているが。老人は見事に無言。見事に無視。 何の反応も示そうとしねえ……失敗したのならしたで、それらしき反応が起こっても良さそうなもんなのに。 一体、これはどういうこった……? ……ん? 待てよ。そう言えば…… じいっと老人の姿を凝視して。 そのとき、俺はある事に気づいた。 まさか……いや、だとしたら…… 俺の考えが当たっているとすれば……まあ失敗しても、館を出ればリセットが効くみてえだし。 試してみる価値は、あるよな? 決断して、立ち上がる。キットン達が不思議そうな顔をするのがわかったが。それを無視して。 「ええと、ですから……」 「どけ、クレイ!」 しどろもどろになりながら説得(説明?)を続けているクレイを押しのけて。 俺は、老人の背後に回りこむと。その椅子をつかんで、一気に横倒しにした! 「トラップ!!?」 クレイが、非難がましい声をあげて、俺の腕をつかみあげた。 「トラップ、お前何やってっ……」 『る……おぉぉぉぉぉぉ……』 大騒ぎする俺達の目の前で。 椅子から放り出された老人の影が、ますます薄くなったと思うと。 スッ……と、その場から消えうせた。 やっぱり……幻か! 「と、トラップ! お前、お前なあ! 俺の苦労をよくも無にして……」 「まあまあ。黙って見てろって、クレイ」 喚くクレイに手を振って。 椅子を元に戻すと、俺は、ずかずかと歩いて行った。さっきから、事の成り行きを黙って見ていた女……俺達の案内をしてくれた、メイドの服装をした女の前へと。 そして、その場へ、さっ、とひざまづいてみせた。 「……おい、トラップ?」 「失礼しました、ご主人様」 クレイの不審そうな声を無視して、俺は言った。 「どうぞお座りください。あそこに座るべきはあなたです。ご主人様」 使い慣れねえ敬語に舌が強張りそうになったが。 俺がそう言った瞬間。女の顔に、ふわり、と、雰囲気に全く似つかわしくねえ柔らかい笑みが、浮かんだ。 「かたじけない。して、お前達、この私に用とは、一体何だ?」 そう言って。 メイドの服を来た館の主人は、ゆっくりと、豪奢な椅子に腰掛けた。 「……どういうことだ?」 クレイ達の不思議そうな視線がぶつかる。 「だあら、簡単なことだよ。あの女がこの館の主人だった……つまりは、そういうこった」 「だから、何でそうなるんだ?」 イライラした様子で叫ぶクレイ。 まあなー。あんだけ苦労して話しかけてた相手が、実は主人じゃなかった、と言われてもな。あっさりと納得はできねえだろう。 「だからなあ……なあ、おめえら。メイドとか執事とか……まあ何でもいいけどよ。とにかく、下っ端の人間にとっての禁断の行為って、何だと思う?」 「……はあ?」 「禁断の行為。だあら、絶対やっちゃいけねえことだよ。何だと思う?」 「何って……そりゃあ、色々あるだろうけど……」 俺の言いたいことがわからないらしい。皆の視線が集中する中、俺は、スッ、とドアを指差した。 「さっき、あの女……このドアを、ノックもせずにいきなり開けたよな?」 「……あ!?」 「後。前に入ったときも。どっかの部屋から出てきたとき……あいつ、ドアを閉めようとしなかったよな?」 「……ああ」 「メイドが主人の部屋に入るときにノックもしねえなんて、そんなこと、あると思うか?」 「……なるほど」 俺の言葉に、深く納得したらしい。クレイが感心したように言った。 「冴えてるじゃないか、トラップ」 「ふふん。まあ、おめえらとは基本的に頭の出来が違うからよー」 「やっぱりパステルが懸かってると違いますねえ、トラップは」 ぎくり。 不意にそんな台詞を吐いたのは、キットン。 心の底を見透かされたようで、身体が強張るのがわかった。 「え? 何だって? キットン」 「いいええ。何でもないですけどね」 俺のうろたえる様子を見て、キットンはぐふぐふと意味ありげな笑いを浮かべたが。 ……まさか、こいつ気づいてる……? い、いやまさかな。 まさか、ばれてるはずがねえよな? 俺が…… 「……みんな」 そのとき。 それまで黙って事の成り行きを見ていたノルが、ボソリと声をかけた。 「ご主人が、待ってるみたいだけど」 「…………」 ノルの台詞に、俺達は、気まずい思いで視線を交わして、主人の方へと向き直った。 そうだそうだ。今はこんなことしてる場合じゃねえ。一刻も早く、パステルを助けねえとっ…… 「失礼しました。私達がここを訪れたのは他でもありません。大切な仲間を救うためです」 一歩前に出て。 クレイが、ゆっくりと話し始めた。 そして。 全てを語り終えたとき。女は、一言「わかった」とだけ、答えた。 その瞬間。 眩しい光が、辺りに炸裂した。 そして、光が静まったとき。 俺達が立っていたのは、何も無い、休憩するには都合の良さそうなだだっ広いだけの広場。 さっきまで散々苦しめられたはずの館は、影も形も無く、消え失せていた。 失われたものをフル活用して謎を解け。 それはつまり……見た目に騙されるな、ということだろうというのが、キットンが下した結論だった。 流れる鎮魂歌。これが一つの鍵だったんだろう、と気づいたのは、それからしばらく経った後。 鎮魂歌が流れているということは……館の主人は、既に死んでいる、ということ。魂を鎮める歌だからな。 で、死んでいる、ということは、その前は当然生きている必要があるわけで…… 「彼女……あの姿から判断すると……死体を操られていた、ということでしょうね……」 息を呑んで言ったのはキットンだった。 「何らかの事情で死んで……腐るまで放置されて。その後、しっくいで固められて、メイド服を着せられて……主人なのに主人として扱ってもらえなくなったと。そういうこと、でしょうかね……」 「仕組んだのはダンジョンマスターだろうけどな」 あの老人の姿がただの幻だった、という時点で気づくべきだった。魂のねえ存在に鎮魂歌なんて必要ねえ。 女には、例え腐っていたとしても実体があった。ドアを開け、足音を立て……それが、真実を教えてくれた。 もっとも、「実体」と言っても。それはあの館の内部でだけのことだろうが…… 第一の謎は、こうして、解けた。 お題シリーズに戻る |