20のお題 ダーク系お題
06 幻


 夢の中で、ゆらゆらと身体が揺れているような感覚を味わっていた。
 夢……だよね?
 さっき、すごくすごく怖かった。何も見えない、聞こえない……感じない。それがこんなに怖いことだったなんて、初めて知った。
 夢なんだよね? 何も心配することはないよね……?
 でも、だとしたら。
 どうして、わたしは……目を覚ましたくないって思ってるんだろう?
 現実に戻るのが怖いって、そう思ってるんだろう?
 ずきん、とお腹が痛んだ。
 その痛みに甘えて。わたしは、もう一度、深い深い眠りに身を投じた。
 そうした方がいいと思った。直感だったけれど。
 パーティーのみんなを信じていれば大丈夫だって。
 そう、思ったから。
 
「うわああああああああああああああああああああああっ!!」
 叫びながら後ずさっていた。
 自分がそれほど臆病な性質だとは思ってねえ。過去にはゾンビだスケルトンだが徘徊するアンデッド城に乗り込んだことだってある。化け物なんぞより牙むき出して襲ってくるモンスターの方が怖い。ずっと、そう思っていた。
 だが。
 今、俺の前で微笑んでいる女には……何というか。そんな理屈なんぞ全部ふっとばすような、そんな言いようの無い不気味さが漂っていた。
 悪意を感じるわけじゃねえ。だが、ゾンビとかレイスとか、そういったもんとは根本的に違う。
 何つーか……少なくとも、昔は「生きていた」んだろうと思わせる、化け物にもなりきれねえ生者の雰囲気が残ってるっつーか……
「トラップ、どうしたんだ!?」
 全速力でその場に戻った俺に、クレイが剣を向けながら叫んだ。
 俺の雰囲気から、只事じゃねえことを悟ってくれたんだろう。
「く、クレイ! あ、あ、あの女っ……」
「トラップ、落ち着いてください!」
 俺があわあわと指差して叫んでいると、キットンに強く手を引かれた。
「一体何があったんですか!?」
「だ、だあらっ……あの女っ……」
 ……ぽん
 軽い感触が、肩に乗った。
 鼻に届く異臭に、全身からザーッ、と血の気が引くのがわかった。
 クレイ、キットン、ノルにルーミィ、シロ。俺以外の全員が、俺の背後を凝視して……言葉を失っているのが見える。
 振り向くのが怖かった。だが、振り向かねえわけにはいかねえ……
「…………」
「当家に……どのような……ご用件でしょう……?」
 ゆっくりと身体ごと振り返る。
 バックミュージックの鎮魂歌に似合いすぎる不気味な笑みを浮かべて、さっき俺を恐慌状態に陥れた女が、にっこりと微笑んでいた。
 ……口が……きけるのかっ……!?
「あ……あんたっ……」
「当家に……どのような……ご用件でしょう……?」
 俺達の用件には一切構わず、女は、ぱくぱくと口を動かしている。
 おかしなしゃがれ声だった。表情が全く動いてねえ……まさか操られてる? この姉ちゃん……
 俺の肩に置かれた手は、やっぱり不自然な白さを持った硬い肌で。ひび割れだらけのそこから覗く黒い肌は、どろどろとした腐臭を漂わせている。
 まさか……死体を、しっくいで塗り固めた? それを操ってる……?
「あ……の……」
「わ、私達は!」
 そのとき。
 怯えた様子で下がっていたクレイが、意を決したかのように、一歩前に出て叫んだ。
「この館のご主人にお目通り願いたく参りました。どうかご主人に会わせてください!」
「…………」
 女は、かたかたと俺から手を離して、クレイに目をやった。
 「うっ」と小さなうめき声。女は、それにも全く構わず……
 スーッと。俺達の目の前で、姿を消した。
「…………!!?」
 消えた、文字通り。
 その場に居たという痕跡すら残さず。女は、煙か何かのように……その場から消え失せた。
「……ま、幻? 白昼夢? なあ、俺、ついに狂ったか?」
 ひきつった笑みを背後に向けると、クレイ達は、俺とそっくり同じ表情で、ぶんぶんと首を横に振った。
 幻……じゃねえ、よなあ……
 い、一体あの女は何だったんだ!?
 
「ええと。とりあえず、こうしていても始まらないので……館内を捜索してみませんか?」
 キットンの言葉により、俺達はとりあえず消えた女のことは脇に置いて、捜索を再開することにした。
 目的は無論、館の主人を探すこと。その主人が隠れているらしきドアを探すこと、だが……
「……だああああ! 見つからねえ!!」
 一階から三階まで、館の全ての部屋を捜索して。
 俺は、一声叫んでその場にひっくり返った。
 荒れ放題の館は、どの部屋にも高そうな調度品が残されていて、そこの住人がさぞかし金持ちだったんだろうということをうかがわせたが。
 どこにも隠し扉や仕掛けじみたものは見当たらねえ。至って普通の屋敷だ。そして、人っ子一人いねえ。
 くっそ、どうすりゃいいんだよ!!?
 イライラと床に拳を叩きつける。
 今から他の謎を解きに行くにも、時間がかかりすぎる。と言って、どうすればこの謎が解けるのかがさっぱりわからねえ。
 どうすればいい。どうすればパステルを助けられる!?
 全員の表情に絶望が走り始めた、そのときだった。
「……やり直しは、きくのかなあ」
 ボソリ、とつぶやいたのは。それまでパステルを抱えたまま、一言もしゃべらなかったノルだった。
「んあ?」
「いや、謎を解くのに、やり直しはきくのかなあ、と思って」
「…………??」
 全員の顔に疑問符が浮かんだのがわかったんだろう。ノルは、少し頬を染めて、ぼそぼそと続けた。
「礼節を尽くせ、って書いてあったのが気になって。じゃあ、尽くせなかった場合はどうなるんだろう。失敗したらどうなるんだろう? って。また最初からやり直すことはできるのかなあ、って」
「…………」
 キットン、クレイと顔を見合わせる。
 やり直し。
 そう。よく考えたらそうだ。謎っつーからには俺はクイズみてえなもんを連想してたが。それでもし間違った答えを言った場合はどうなるか……意地の悪い罠なら、不正解したらはいそれまでよ、だが。少し優しい罠なら、間違えても何度でも言い直しがきく。それだけで難易度が随分違うもんだが……
「そう言えば、さっきのトラップの態度はいただけませんでしたねえ」
 げはげはと笑いながら続けたのはキットンだった。
「いきなり『おい!』で肩をつかんでましたからね。礼節、とは程遠い態度でしたねえ」
「…………」
 他の誰よりもキットンに言われた、というのが気にいらねえが。確かにその通りだ。
 ……と、いうことは……?
「主人が見つからない、隠し扉も見つからない以上、仕方がない!」
 立ち上がったのはクレイ。
「一度館の外に出るぞ! それからやり直そう。礼節を尽くす……っていうのがどうすればいいのか、いまいち自信が無いけど。とにかく、できる限りのことはやってみよう!」
 そう言うクレイに、俺達は、無言で頷いた。


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