フォーチュンクエスト二次創作コーナー


オーシ×リタ 2

「ちょっと……冗談でしょ?」
「じょ、冗談でこんなこと言えるわけないじゃない!」
 あたしの言葉に、パステルは今にも泣きそうな顔で言った。
「お願いリタ! ついてきて!」
「ついてきて、って……」
「だからっ……わ、わたし初めてなんだもん。何しゃべったらいいかよくわからないしっ……」
「あ、あのねえ」
「お願いリター! 明日のトラップとのデート、リタもついてきて! お願いっ!」
 パステルの言葉に、あたしは思わず天井を仰いでしまった。
 トラップ……かわいそうに……っていやいや。人の同情をしてる場合じゃなかったわ。
「あ、あのね、パステル。それは……」
「や、やっぱり駄目、かなあ……」
 うるうる、とした上目遣いで見上げられて、あたしはうっと詰まってしまった。
 トラップが骨抜きにされたのもわかるわ。こういう顔をしたパステルって、本当に可愛い。同性のあたしが言うことじゃないかもしれないけど。
 け、けどそれにしたってねえ!
「トラップにはちゃんと言ってあるの?」
「…………」
「あたしがついていったら、怒るんじゃない?」
「だ、大丈夫だと思うよ。多分……」
 大丈夫なわけないと思うけど。
 でも、不安そうなパステルの顔を見ていると、「駄目」ってむげに断ることはどうしてもできなかった。
 ……全く。
 トラップ。あんた……もうちょっと、何て言うの? 彼女にこんな不安そうな顔させちゃ駄目でしょ!?

 トラップとパステルが付き合いだしたのは、確か一週間くらい前のことだと思う。
 全く、ここまで来る道のりの長かったこと! まあそれもこれも、パステルのちょっと信じられないくらいの鈍感っぷりに問題があるんだけど。
 とにかく、紆余曲折どころかムーンサルトの後アクロバット飛行まで繰り返して、どうにか二人は両思いになれた、らしい。
 いや、それはいいわよ。「トラップと付き合うことになったの」って報告してきたパステルは本当に幸せそうで。あたしも見てて微笑ましかったもの。
 けどねえ!
 デートについてきてくれって……パステル、あなたそれ、一人身のあたしに対する何かの嫌がらせ!?
「だ、だって。二人っきりなんて、何話したらいいかわからないし……」
 ぼそぼそつぶやくパステルの顔は真っ赤。
「あの、あのね。別にそんな特別なことする……ってわけじゃないと思うし。ただシルバーリーブをぶらぶらするだけ、だと思うし……」
「だったら気にすることないんじゃない? いつも通りにしてれば」
「で、でも! でもでもでもっ! やっぱり、その、何ていうかっ……」
 ……まあ、気持ちはわからなくもないけどね。
 あのパステルだもん。デートなんて、したことないでしょうし……
 かと言ってねえ……
「邪魔になるじゃない。あたしが行ったら」
「え?」
「だから。トラップとパステルにあたし……だなんて。完全にお邪魔虫じゃない」
 トラップのことだから。露骨に不機嫌になるでしょうしね。
 と、後半を口の中でつぶやいていると、パステルは「そんなこと無いと思うけど」なんて言ってうんうん考えこんでいた。
 はあ。全く……トラップにつくづく同情しちゃうわね……
 とあたしがため息をついたときだった。
「じゃあ! じゃあねっ!」
 名案を思い付いた、とでも言いたげに、パステルはばっと身を乗り出してきた。
「だ、誰か後一人! 後一人一緒に来てくれる人がいたら、ついてきてくれる?」
「……はあ?」
「だから、リタが一人だけ余っちゃう……ってことでしょ? だから、もう一人何とか誘ってみるから! ね!」
「……パステル」
 あなた、そこまで二人っきりになるのが嫌なの? ……いや、嫌なんじゃなくて照れくさいんでしょうけど。
 それにしても。後一人……って。
「誰を連れてくるつもり? クレイ?」
 もしそうなら、そう悪い話じゃないかもね。あたしにだって女の見栄、ってものくらいあるのよ。
 男女二組……それって、いわゆるダブルデート、って奴でしょ? だったら……ねえ。やっぱりそれなりに……
「あ、ううん。クレイはその日バイトがあるんだって。本当はね、リタより先にクレイに頼んだんだけど」
「…………」
 バイトって話は十中八九嘘ね。
 あたしが心の中で呟いていると、「でね。ノルもキットンも忙しいって言って……」と、パステルはずらずらとパーティーメンバーの名前をあげた後、
「で、でも! 何とか見繕ってくるから! お願い、リタに駄目って言われたら、もう他に頼める人がいないの! ね、お願い!」
 バンッ、とカウンターに両手をついて、頭を下げた。その顔はもう何ていうか……一言で言えば必死。
「……わかったわよ」
「本当!?」
「ただし、後一人誰か連れてきてね! ……ルーミィは駄目よ? できれば男の子でね」
「え? 何で?」
 何でって聞くかしらね。まあ、「ダブルデート」なんて言葉、もしかしたら聞いたことが無いのかもしれないけど。
「どうしても! あたしにだけ恥かかせないでよね!」
「わ、わかった」
 パステルは目を白黒させていたけど。あたしの剣幕に負けたのか、必死に頷いていた。
 ふう。まあでも……パーティーメンバーが駄目となると。パステルに男の子を誘え、っていうのは……厳しいかもしれないわね。
 まあだとしたら断るだけなんだけど。
 だってねえ……
 あたしだって年頃の女の子なのよ!? 何が悲しくて人のデートを見せ付けられなきゃいけないのよ! 全く。

 とまあ、そんなわけで。あたしは半ば以上「無理」って決め付けてたんだけど。
 甘かった……接客業として、人を見る目はそれなりにあるつもりだったけど。あたしもまだまだだってことかしらね……
「リタ! 見つかったから!」
 その日の夜。
 昼間の落ち込みようとはうってかわって晴れ晴れとした顔のパステルが、店にとびこんでくるなり叫んだ。
「パステル?」
「だから、一緒に行ってくれるって男の人、見つかったから!」
「…………」
 顔が強張るのを押さえることができたかどうか、ちょっと自信が無かった……
「そ、そう……見つかったの……」
「うん! だから、お願いね! 明後日。ね? いいよね?」
「…………」
 約束しちゃったんだもん……今更嫌、なんて……言えないわよね……
「わかったわ……で? それ、誰なの?」
「リタも知ってる人だと思うよ。あ、いっけない! わたし原稿放り出してきたからもう戻らないと……じゃあね、リタ! 本当にありがとう!」
 それだけ言うと、来たときと同じ唐突さで、パステルは外に飛び出して行った。
 甘かったわ……ああもう! 何であんな約束しちゃったのかしら、あたしったら!
 ……それにしても。
 あたしの知ってる男の人? パーティーの誰か、じゃないわよね……
 ……一体誰かしら?

「な、な、な……」
 二日後。
 約束したんだから、と自分に言い聞かせながら待ち合わせ場所に向かって。
 あたしはその場にひっくり返りそうになってしまった。
「リタ! ありがとう。ごめんね、無理言って!」
「…………」
 満面の笑顔で手を振っているパステルと、その横で物凄い不機嫌オーラをかもし出しているトラップ。
 二人はいいわよ。来ることは知ってたしもう今更じたばたしても仕方ない、って覚悟を決めてたもの。
 けど、問題は……
「よお、リタ。おめえさんもか」
「おおおおオーシ!? あんた、こんなとこで何してるのよ!!」
「何って……」
 いつもと変わらない小汚い姿で、オーシはばりばりと髪をかきむしりながら言った。
「いや、何か知らねえけど、パステルに頼まれたんだよ。シナリオ買うから今日ここに来てくれって……んで? 一体何が始まるんだ?」
「…………」
 さっと、あたしとトラップの視線が一斉にパステルに向いた。
「……さ、さあ。ね、いつまでもここに居てもしょうがないし! 最初はどこに行く? トラップ。どこに連れてってくれるの?」
「…………」
 トラップ……ごめん。どんな手を使ってでも断るべきだったわね……
 滅多に見ない、トラップの心底情けなさそうな顔を見て、あたしは思わず同情をしてしまった。
 ……ええい。まあ責任の一端はあたしにあることだし……少なくともオーシまで巻き込まれたのは、間違いなくあたしのせいみたいだし……
「そ、そうね。じゃあ行きましょうか。オーシ、行くわよ」
「……へ?」
 事情を何にもわかってないオーシの腕を強引にとって、歩き出す。
 あたしの意図を汲み取ってくれたのか、トラップの顔が、ようやく少しだけほころんだ。
 ま、本当に少しだけ、だけど。

 前を歩く二人。トラップに強引に腕をからめられて、恥ずかしそうなパステル。
 で、その後ろを歩く、あたしとオーシ。
「ほお、なるほど……まあ、パステルらしいと言えばらしいわなあ」
 あたしの話を聞いて、ようやくオーシも事情が飲み込めたみたいで。苦笑を浮かべていた。
「知ってたら、断ったの?」
「いんや」
 けど、あたしの言葉に、オーシはきっぱりと首を振った。
「商売人である以上、儲けるチャンスは逃しちゃいけねえってもんよ。リタ。おめえさんならわかるだろ?」
「……まあね」
 あたしも商売をやってる人間だから。それは確かに頷ける。
「特になあ、最近はどいつもこいつもしけてやがるっつーか。まあパステル達のこったからな。大したクエストは買わねえだろうけどよ」
「あんたも相変わらずねえ……いいかげん身を固めよう、って気にはならないわけ?」
「おお? 言ってくれるじゃねえか。その年で浮いた噂の一つもねえおめえさんに言われたくねえよ」
 ぐっ。い、痛いところをついてくれるじゃない。
「あたしはいいのよ! 好きな男がいるわけじゃないし。まだそんなことには興味ないし! 今は店のことで精一杯なんだから!」
「と言ってなあ。親父さんだっていつまでも現役、ってわけでもねえだろうし。いつかは誰か後継ぐ奴が必要だろ」
「不吉なこと言わないでよ。父さんはまだまだ元気よ。後百年はくたばりそうにないんだから」
「わっはっは。違いねえや」
 前を歩くトラップ達がどんな会話を交わしているのかはわからないけれど。
 あたしとオーシで適当に話が盛り上がってるせいかしらね。邪魔は入らない、ってことで。トラップの表情は大分柔らかくなっていて。
 そのおかげか、パステルも大分ぎこちなさが取れて自然な笑顔を浮かべていた。
 うんうん。うまく行きそうじゃない。
 会話しながら二人の様子をうかがっていると。
 ぐいっ、と腕をつかまれた。
 ……え?
「オーシ?」
「しっ」
 振り向くと、オーシがあたしの片腕をつかんだまま、ニヤリ、と含みのある笑いを浮かべていた。
 ああ、なるほど。
 頷いて、そっと後ずさる。前を行く二人は全然気づいてないみたい。
 何よ。何だかんだですっかり二人の世界作ってるじゃない。全く、パステルったら……
「あたし達って、もしかして馬鹿みたい?」
「のこのこついてきた時点で大馬鹿だろうよ」
 こそこそとその場を離れて、二人が見えない位置まで来たところで。
 あたしとオーシは、揃って大きなため息をついた。

 今頃パステルが驚いてるかもしれないけど、まあトラップなら、気をきかせた……ってことくらい気づくでしょう。
 ついてきた時点で、きかせるも何も無い気がするけど。
「全くおめえさんも人がいいなあ」
 もう帰っちゃってもいいような気がしたけれど。何だかこのまま店に戻るのもつまらない気がして。
 どうしたものか、と考えていると、オーシがそんなことを言ってきた。
「あたしは別にいい人なんかじゃないわよ」
「いやいや。どーせおめえさんのこった。パステルに泣いて頼まれて、嫌って言えなかったんじゃねえ?」
 何もかも見透かしたかのようなオーシの笑いが、何だか腹が立つわね。
「泣いてはいなかったわよ、さすがに」
「でも断れなかったんだろ?」
「……まあね」
 それは確かにそうだった。
 自分が馬鹿を見るってわかってても、パステルに頼まれて、絶対に嫌だって言えなかった。
 パステルのことが好きだから。
「けど……あたしがわざとついてきた、って思わないの? 二人の邪魔をするためにわざとついてきた、って」
 けど、何だかそれを認めるのは悔しかった。
 「いい人」じゃなくて、「人がいい」って言われても、素直に喜べないのは……あたしがひねくれてるせいかしら?
「まさか。おめえさんにそんなことができるとは思わねえな」
 けれど。あたしのささやかな見栄を、オーシはあっさりと否定してくれた。
「おめえさんにそんなことできるはずがねえだろう? 何だかんだでトラップ達のこと心配してたんだろ?」
「何よそれ」
 どうして、知ってるのよ。
 後半を口に出さないでつぶやくと、オーシは「ま、年の功って奴よ」と言って、からからと笑った。
「トラップの奴はわかりやすかったしなあ。それに、おめえさん、トラップ親衛隊、とか名乗る小娘達がパステルに嫌がらせするの、さりげなく止めてたこともあったしな?」
「……え?」
 それは、本気で驚いたから。あたしは思わず足を止めていた。
 そう、確かにそんなことがあった。以前猪鹿亭で。熱烈なトラップ信者の子が、パステルの足をひっかけようとしてるのを見て、さりげなくパステルを呼んで方向転換させたことがあったっけ。
 けど、覚えがあるのはその一回だけ。大体、あの嫌がらせもそうそう長くは続かなかったしね。影でトラップが何かしたんだろう、と思ってたけど。
 でも……まさか、気づかれてたなんて……
「見てたの?」
「ああ。偶然な」
 偶然でも何でも見ていて。覚えていて、理解してくれて。
 そのことが意外で、あたしは、思わずオーシの顔を凝視してしまった。
 それを見て、オーシは「ん? どうした?」なんて言ってたけど。
「オーシも」
「何だ?」
「案外人がいいわよね」
「はあ? 何言ってんだ?」
 わけがわからん、という顔をするオーシの腕をとって、あたしは歩き出した。
「おい、リタ?」
「まあいいじゃない。呼ばれて来た、ってことは、今日は暇だってことでしょ? あたしもそうなのよ。店、ルタに任せてきちゃって、今更戻れないよ。暇だからつきあってよ」
「……ま、いいけどよ」
 苦笑いを浮かべて歩き出すオーシ。
 ダブルデートなんだから。どうせ歩くならクレイくらいにかっこいい人がいい、なんて思ったりもしたけど。
 もし本当にクレイが来てくれてたとしたら、あたしはこんな風に、心から安心しては歩けなかったんじゃないかしらね。
 何しろクレイ親衛隊も、トラップ親衛隊に負けず劣らず凄いから。
 うん。相手がオーシで……良かったかもね。
 何故だか、そんな風に思えて。あたしは、知らず知らずのうちに微笑んでいた。


裏話に進む