その日、俺がいつものように武器の手入れをしていると、けたたましい足音が響いてきた。
トラップの奴が帰ってきたのか? 安普請の宿だから、走ったりすると注意されるんだよな。一言言っておかないと。
そんなことを思いながら振り向くと。
バターン!!
「クレイ! クレイ、お願いがあるのー!」
「……パステル?」
意外なことに。そこにとびこんできたのはパステルだった。
いつもはきちんとノックをする彼女らしくもない。一体何があったんだ?
「パステル、どうしたんだ?」
「う、うん。うんっ……あの、あのね」
「落ち着いて。一体どうしたんだ? 何か用?」
「うん! あのね」
「ああ」
「明後日、つきあってくれない?」
…………?
言われた意味がよくわからなくて、首を傾げてしまう。
明後日? つきあってくれって……
「買い物か何かか?」
「違う、違うの。あの、あのね!」
真っ赤になりながらも、パステルは、真剣な顔で言った。
「トラップがね、その……い、一緒に出かけないか、って!」
「…………」
「こ、これってデートってことだよね!? でもっ、わたし、そんなの初めてだしっ……な、何話したらいいかわからないし! だからお願い、ついてきて!」
「悪い。俺、その日バイトがあるから」
俺がこんな風にきっぱりと頼みを断るのは珍しい。自分で言うのも何だけど、人に頼まれたら嫌とは言えない性質だから。
パステルも驚いたんだろう。一瞬ぽかんとした後、「そっかあ……」と、しゅんとうつむいた。
「そっか。ごめんね。じゃあ他の人に頼んでみるから」
「……ああ」
頼むなよ、そんなこと。
一瞬そう言ってやろうか、とも思ったが。そう言ったらあのパステルのことだ。真顔で「何で?」って聞き返してきそうだよな……
そう思って何も言わないでおくと、パステルはしょんぼりとうなだれながら部屋を出て行った。
……彼女の性質の悪いところは、あれを本気で言ってるところ、なんだよなあ。
トラップ……気の毒に。頑張れよ……
密かに幼馴染にエールを送って。
俺は、武器の手入れを再開することにした。
……そうだ。これが終わったら、ちょっとあいつらにも釘を刺しておくか……
「キットン! キットン、お願いがあるのっ!!」
「はあ? どうしました?」
その日、私は薬草の手入れをしていたんですけどねえ。いきなりどたばた外が騒がしくなったかと思うと、突然とびこんできたパステルが、そんなことを言い出したんですよ。
「パステル? どうかしたんですか?」
「うん! うん、あのね! キットン、明後日暇!?」
「……はあ?」
暇……暇、ですか。別に今はバイトもしていませんしね。特に用事と言える用事は入っていませんが。
しかしあれですね。パステルが私に頼みごとなんて珍しいですね。一体何があったんでしょう。
「明後日がどうかしたんですか?」
「うん! あのね、明後日、つきあってくれない?」
「……はあ?」
つきあって……
そう聞いて「もしやパステルは私のことを」なんて思うほど馬鹿ではありませんがね。それにしても腑に落ちませんねえ。買い物か何かでしょうか? そういうときは大抵クレイかトラップかノルに頼んでいましたのに。
「どうしてですか?」
「え?」
「いえ。どうして私に?」
「う、うん。あのね」
そう言うと、パステルは真っ赤になってうつむきました。
「と、トラップにね、明後日一緒に出かけようって言われたんだ」
「…………」
「こ、これってデート、ってことだよね!? でもさ、わたしそんなの初めてで……な、何話したらいいかわからないしっ。だから、あの……一緒についてきてくれない?」
「……大変申しわけありませんが私色々とやりたいことがありますので」
「…………そっかあ」
私がきっぱりと言うと、パステルは見た目にはっきりわかるほどうなだれて立ち上がりました。
「そっか。ごめんね、無理言って」
「……構いませんが。ちなみにそれ、他の誰かに頼みました?」
「うん。さっきクレイに頼んだんだけど、バイトがあるって」
「…………そうですか」
「本当にごめんね。他の人に頼んでみる。じゃあ!」
それだけ言うと、パステルは部屋の外に出ていきました。
クレイがバイト……ですか。確か私の記憶では、彼が今何かのバイトをしていた、という話は聞いていないのですが。
「それにしてもねえ……いえ、まあそれがパステルらしいと言いますか……トラップもそんなパステルだから……いえ、それにしても同情してしまいますねえ。まあ頑張ってください」
誰も聞いている人はいませんが、とりあえずエールを送って。
私は、再び薬草の手入れに集中することにしました。
「ノル……あのね、ちょっといい?」
その日、俺が庭で大工仕事をしていると、玄関からしょんぼりとうなだれたパステルが、だだっと駆け寄ってきて言った。
どうしたんだろう? いつも明るいパステルがこんな顔をしてるのは珍しい。
「パステル、どうかした?」
「うん……あのさ、ノル。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど、いいかなあ」
「お願い?」
珍しい。一体どうしたんだろう?
とりあえず持っていたトンカチを置いて座りなおす。
パステルは大切なパーティーの仲間だし。俺は彼女の笑顔が大好きだから。パステルのこんな顔は見たくない……できることなら何でも協力してあげたい。
「俺にできることなら」
「本当? あのね……ノル。明後日暇かなあ?」
「明後日?」
明後日……別に用事は無かったと思うけど。
何かあるんだろうか?
「パステル、明後日がどうかしたのか?」
「うん。あのさ、実は……トラップに誘われたんだ。一緒に出かけないか、って」
「…………」
「でもさ、わたし……何話したらいいかわからないし。そ、その、二人だけなんて緊張するしっ……だからさ。誰か一緒に来てくれる人探してるんだけど……クレイもキットンも忙しいから無理だ、って」
「悪いパステル。俺も忙しい」
パステルの悲しそうな顔を見たら、きっと断れなくなる。
そう思って、俺はぱっと顔をそらして言った。
「……そっかあ……」
背後から聞こえてくるパステルの声は、すごくすごく悲しそうで。それを聞いたら何とかしてやりたい、って思ったけど。
でも、悪い。他のことならともかく、今回のことは、協力しないのがパステルのためだと思うから。
「そっか。ごめんね、邪魔しちゃって」
「別に構わないよ」
「本当にごめんね。じゃあ」
それだけ言うと、パステルは宿の中に戻って行ったみたいだった。
……パステル。
何を話せばいいかわからないって気持ち、俺はすごくよくわかるけど。
でも、それは多分トラップをすごく傷つけると思うから……だから、早く気づいた方がいいよ。
誰かに言われるんじゃなくて、自分で。
そんなことを思いながら、俺は、大工仕事に戻ることにした。
「いいか、ルーミィ、シロ。俺の言うことをよーく覚えておいてくれ」
その日、ぼくとルーミィしゃんがお部屋でお絵描きをしていると、突然部屋に来たクレイしゃんがそんなことを言い出したデシ。
「くりぇー。どうしたんだあ?」
「いいか、ルーミィ。これから部屋にパステルが来るかもしれない」
「ぱーるぅが?」
「ああ。それでな、ルーミィとシロに何かお願いをしてくるかもしれないんだ」
お願い。パステルおねえしゃんが、ぼく達にデシか?
「クレイしゃん、パステルおねえしゃんのお願いって何デシか?」
「それは……うーん。まあそれは聞けばわかると思う。とにかく、俺の言うことをよーく覚えておいてくれ」
クレイしゃんは、がしっ、とルーミィしゃんとぼくの手を握り締めて、真剣な顔で言ったデシ。
「パステルに何を言われても、絶対に引き受けちゃ駄目だぞ」
「何でなんだあ?」
「何でもだ! 絶対だ! ……ルーミィ、シロ。二人はパステルのことが大好きだよな?」
「うん!」
「もちろんデシ!」
ぼく、パステルおねえしゃん大好きデシ。おねえしゃんの笑顔を見るとすっごく嬉しくなるデシ!
ルーミィしゃんと二人で頷くと、クレイしゃんは「そうだろう」って大きく頷いて言ったんデシ。
「いいか、これはパステルのため……そしてトラップの……いや、いやとにかく! ルーミィ、シロ。パステルに何を頼まれても、絶対に『うん』って言っちゃ駄目だぞ!」
「……駄目なんデシか?」
「駄目だ!」
クレイしゃんの顔がすっごく怖かったデシ……一体どうしたんデシかねえ……
「だめって言えばいいのかあ?」
「そうだ。パステルが何をお願いしてきても! どれだけ頼んできても! ルーミィもシロも絶対『うん』って言うんじゃないぞ。よーく覚えておいてくれ。それがパステルのためなんだ。パステルのことが大好きなら、頼む!」
「わかったおう!」
「わかったデシ!」
よくわからないデシけど、パステルおねえしゃんが以前言ってたデシ。「クレイしゃんはリーダーだから、クレイしゃんの言うことはちゃんと聞きなさい」って。
だから、ぼく絶対に「うん」って言わないデシ。
「頼んだぞ?」
ぼく達が大きく頷くと、クレイしゃんは何度も念を押して部屋を出て行ったデシ。
出て行くときに「はあ。まあ俺にできるのはこれくらいだ。頑張れよ、トラップ……」って呟いてるのが聞こえたんデシけど。そこでどうしてトラップあんちゃんの名前が出るんデシかね? よくわからないデシ。
とにかく。
「ルーミィしゃん! パステルおねえしゃんのために頑張るデシ!」
「がんばるんだおう!」
ルーミィしゃんと二人でえいえいおー! と誓いあってると、お部屋の外が物凄く騒がしくなって、「ルーミィ! シロちゃん、いる!?」って、パステルおねえしゃんがとびこんできたんデシ。
もしかしたら、これがクレイしゃんの言ってた「お願い」デシかね? 早速デシ。がんばるデシ!
もおーどうして!? どうしてみんな駄目なのよー!!
最後の頼みの綱、ルーミィとシロちゃんにまで、「駄目なんだおー!」「駄目デシ! 駄目なんデシ!」って断られてしまって。わたしは途方にくれてしまった。
うーこんなときに限って! 一体みんな何の用事があるんだろう?
い、いや、落ち込んでても仕方が無い。と、とにかく。パーティーの皆が駄目なら、他の誰かに当たって……
……って誰に頼めばいいのよ、こんなこと!
「うーっ。だってさ、だってさ!!」
誰も聞いてる人なんかいないけど。ついつい口に出してしまう。
そりゃあ、そりゃあね? わたしはトラップのことが好きだし……デートに誘われて、その……すごく、すっごく嬉しかったよ!?
だけどさっ。トラップと二人だけ、なんて……そんなの、何年も一緒に暮らしてきたけど、滅多になかったし! こ、恋人同士がどうすればいいかなんて、よくわからないし!!
ああ、駄目駄目っ。絶対わたしのことだもん。何かすっごいドジでもやらかして……そ、それできっとトラップに呆れられるんだ! うわあ、絶対やりそうっ……無理! 二人っきりでデートなんて、わたしには絶対無理だって!
「ううう。どうしようっ……ああもう、こうなったら!」
意を決して、わたしはばっと外に飛び出した。。
この村でこんなことが頼めるほど親しい友達……って言ったら。後は彼女くらいしか思い浮かばない。
お店が忙しい彼女にこんなことを頼むのは、すごく、すっごく気がひけるけどっ……
でもでも! もうなりふり構っていられない! と、トラップに嫌われたくないもん……ぎくしゃくなんかしたくないんだもん! しょうがないよね!?
自分にそう言い聞かせて。
わたしは、猪鹿亭へと足を向けた。