フォーチュンクエスト二次創作コーナー


トラップ×パステル×クレイ 続編

 この年頃の男なんて、言ってしまえば性欲の塊みてえなもん。
 毎日ヤッたってヤリたりねえ。ましてや、自慰では絶対味わえねえ快感を知っちまって、あまつさえ、相手をしてくれる女が傍に居ればなおさらだ。
 だけど、それは俺だけが特別飢えてる、とか。そんなことは無いはずだ。絶対に。
 現に、俺よりも「そういうこと」にはよっぽど奥手、かつ鈍そうな幼馴染ですら。誘いをかければ、絶対に嫌とは断らねえ。

「よお、パステル。ルーミィ達は公園だってな。おめえも行けばよかったのに」
 バタン、とドアを開けた瞬間、真正面の机に向かっていた女が、びくり、と背中を引きつらせた。
 パーティーの仲間、詩人兼マッパーにして会計係りでもあり小説家でもある女、パステル。
 年は俺と同年代。顔立ちは手放しで誉めそやす程じゃねえが、まあ並の上程度。スタイルは……
 服の上からじゃわかんねえが、脱いだら結構凄い。
「あ……トラップ。クレイも……」
「あんだよあんだよ。また、原稿かあ? おめえも大変だな。毎日毎日……たまには息抜きでもした方がいいんじゃね? ルーミィがごねてたぜ。最近ぱーるぅが遊んでくれないー! ってな?」
 ニヤニヤ笑いながら視線をずらす。
 俺の後ろで、強張った顔つきで立っているのは、クレイ。
 普段は温和な笑みを崩さねえあいつが、罪悪感と後悔みたいなもんを満面に浮かべている様は、傍から見ているとちっと鬱陶しい。まあ、女に言わせれば、「憂いを帯びた表情が素敵」と、こうなるのかもしれねえが。
「なあ?」
 重ねて同意を求めると、クレイは、どうにか笑みらしきもんを浮かべて、頷いた。
 俺の言葉を、聞いているのかいねえのか。まあ、それはどうでもいいっちゃどうでもいい。
「どうだよ? 原稿は」
「あ……今、ちょっと一段落ついて……休憩しようかな、って、思ってたところ」
「へえ。そりゃ、ちょうどいいや」
 言いながら、ドアを閉める。鍵を下ろすと、その音に、パステルが怯えたような目を向けた。
「なら、その休憩に俺達も混ぜてくれよ。こっちも色々と溜まってて……なあ?」
 視線で促すと。
 何を言いたいのかがわかったのか。パステルは、傷ついたような目で頷いて、立ち上がった。

 初めてその身体を味わったのは、三ヶ月くらい前のことだったか。
 それから何回繰り返してきたか。正直覚えてねえ。
 まあ、最低でも週に二回……と考えれば。これが、二十回目? 二十五回目?
「んっ……んふうっ……」
「ほれ、休むなって。もっと舌を動かせ動かせ」
「ん〜〜っ……」
「クレイ。どーだよ? そっちは」
「え? あ、ああ……」
 どっちが上で、どっちが下か。
 あえて決めたわけじゃねえが、暗黙の内に、交代で……というルールができていた。
 この間は俺が下だったから、今回は上。どっちかと言えば、そりゃやっぱり正常に下でヤらせてもらう方が気持ちいいんだが。まあ、こればっかりはしょうがねえ。
 クレイは俺の親友だあらな。楽しみは公平に分かち合う。これが正しいあるべき姿、ってもんだろ。
「んっ!」
 びくん、びくんとパステルの身体が仰け反った。
 振り向くと、クレイが首を振って、荒い息をついていた。
 あっちはイッたか。んじゃ、もうこっちに専念してもらってもいいよな?
「ほれほれ、パステル。こっちの口がお留守になってるっつの。俺はまだまだ元気なんだからよー。もうちっとだけ頑張れって。な?」
 言葉だけは優しく、手つきは乱暴に。
 髪をつかむようにして頭を押さえつけると、苦しそうな息が漏れたが。それが余計に締め付けをよくし、快感を煽る。
 最初のうちは、どっちも初心者……ということもあって、イくまでに結構な時間がかかったが。今じゃお互いに慣れたから、だろう。あれこれ言わなくてもパステルは自分から腰を振ってくれるし、どうすればより強い快感を味わえるか、も、大体わかる。
「トラップ! おまえ、そんな乱暴に……」
 何かを言いかけるクレイを手で遮った瞬間、ぞくり、と、慣れた刺激が背筋を走りぬけた。
 あ、イくっ……と感じた瞬間、俺の欲望が、パステルの口内で爆発した。

「んじゃな。今日も良かったぜ。原稿頑張れよ」
「……うん」
 ひらひらと手を振ると、パステルは、力なく頷いて、机へと向かい直した。
 その背中が、部屋に入ってきたときよりもひとまわり小さく見えたのは……まあ、多分俺の気のせいだとは思うが。
「なあ、トラップ」
「ん?」
 隣の部屋……つまり、男部屋に戻って、ごろりとベッドに横たわると。
 真上から、クレイが覗き込んできた。
 同室のキットンは、バイト中。部屋には気心知れた幼馴染しかいねえ、という状況。そんな機会は何度となくあったはずだが、クレイのこんな思いつめたような顔を見るのは初めてで。俺は、自然と身を起こしていた。
「何だ?」
「その……もう、やめにしないか?」
「ああ?」
 投げかけられたのは、意味のわからない言葉。
 何のことだ、と聞き返そうとすると、それを自然に悟ったんだろう。クレイは、隣に腰掛けると、重い重い息をついて言った。
「パステルのことだよ」
「パステル? が、どうした?」
「だから……その、もうこんなのは、やめにしないか!?」
 クレイの顔は真剣だった。決して、冗談を言っているわけじゃねえ。
 だからこそ、余計にわけがわからねえ。
「やめるって、何で……」
「お前もわかってるだろう!? こんなの、間違ってる。こんな関係、絶対間違ってる……お前だって気づいてるんじゃないか!? パステルが最近笑わなくなったことには」
「…………」
「俺達のせいなんだよ。それくらい、わかってるだろう?」
「…………」
 言われた言葉から、視線をそらす。
 ああ、確かに気づいてもいたしわかってもいた。最近、パステルは滅多なことでは口もきかねえし、俺達とは目も合わせようとしねえ。他の連中は、それを「原稿で疲れてるんだろう」とでも解釈してるようだが。それが大きな間違いだってことを、俺とクレイだけは、知っている。
 だけど、理由がわからねえ。
「何でだよ。嫌なら嫌って言えばいいじゃねえか」
「トラップ……」
「あいつにだっていい思いはさせてるはずだぜ。ほれ、俺って手先は器用な方だし」
「お前……」
「あいつだって『良かった』って言ってるじゃねえか。自分から腰振って、しっかりイってるじゃねえか。満足してんだろ? 嫌ならもっと抵抗するはずだ。まあ、最初のあれは……寝込み襲ったみてえなもんだから、ちっと卑怯かな、って気はするけど」
「……ちょっと……?」
「でも、その後は違うだろ。俺達はちゃんとあいつが起きてるときに、了解取ってヤらせてもらってる。無理やり押し倒したことなんて、最初の一回以来一度だってねえぞ」
 それは事実だった。
 二回目は、クエストが終わって、宿屋に戻った後のことだった。他の連中の目を盗んで、空き部屋にパステルを呼び出した。もう一度ヤらせてくれ、と頼むと。あいつは、今日みたいな傷ついた目をしながらも、自分で下着を脱いで、ベッドに横たわった。
 そう。強制はしてねえ。嫌なら嫌って言やあいいんだ。あいつがどうしてもその気になれねえ、っつーのならしょうがねえ。俺にだってクレイにだってそれくらいの分別はある。……多分。
「あいつはいい、って言ってんのに。何で俺達が遠慮しなきゃなんねえんだ? あ、それともクレイ、おめえ、もうパステルに飽きたとか? もっと別のいい姉ちゃんを見つけたとか、そういうことか?」
 考えを素直に口に出した瞬間、すさまじい衝撃が頭を襲った。
 殴られた……ということに気づいたときには、クレイは、もう部屋を飛び出していた。
 何だよ何だよ……変な奴。一体、何が言いてえんだか?

 俺はクレイのことを親友だと思ってる。
 特に、こういうことに関しては、抜け駆け禁止……っつーか、公平でありたい、と思っている。
 同じ男同士。欲求不満の辛さはよくわかってるつもりだし、彼女ってわけでもねえパステルを独占するつもりなんざさらさらねえ。
 だから、ヤりたい、と思ったときはいつもクレイを誘っていた。そして、誘いをかければ、クレイはいつもそれに応じてきた。
 だからこそ、余計にわかんねえ。あいつは、一体何をそんなに苦しんでる?
「わっかんねえなあ。クレイの奴、一体何を気にしてんだか? もしかして、テクに自信がねえとか?」
 実際、間近で見ているからわかるが、クレイのソレはただ力任せに叩きつけているだけで、そこに何の工夫もねえし、工夫をしよう、という余裕もねえ。あんまりにもパステルが痛そうな顔するもんだから、可哀想になって上から俺が補ってやってるくらいだ。
 もしかしたら、それがコンプレックスになってた……ってことも……言えばいくらでも教えてやんのに。感じるポイント攻めてやりゃあ、そう難しいことでもねえと思うんだが。
 首をひねりながら、ベッドの中でごろごろと悶える。
 あの日から、数日。
 そろそろ「欲」が鎌首をもたげてきて、数日前に大人しくさせたばかりの息子がじたばたと暴れだす頃だが。
 最近、クレイは俺と顔を合わせようとしねえ。一応同じ部屋で寝てはいるが、帰ってくるのは夜遅くで、朝早くには部屋を出て行く。
 一体、何をやってんだか? そろそろパステルのとこに行く日だ……っつーことは、あいつもわかってるはずなんだが。
 昼下がり。キットンは薬草収集に出かけ、ノルは、日課となりつつある散歩に、ルーミィとシロを連れ出している。
 つまり、今、この部屋には俺しかいなくて、隣の部屋にはパステルしかいねえ。
 せっかくのチャンスだっつーのに……
 ちらちらと視線を部屋のドアに向けるが、クレイが帰ってくる様子は、無い。
 あーあ。いつもなら、こんなとき、当たり前のようにクレイはこの部屋に居て。「そろそろ行くか?」「ああ」なんて会話を交わして、連れ立って隣の部屋に向かうところなのに。
 もしかしたら、パステルだって待ってるかもしんねえのに。
 ……どうすっかなあ……
 さらに時計の針が動いた。
 キットンはともかくとしても、ルーミィ達が帰ってくるまでには終わらせる必要がある。絶対に。
 ヤる気があるのなら、そろそろ始めねえとまずいんだが……
「…………」
 もう一度、視線を向ける。廊下は静まり返っていて、相変わらず、足音一つしない。
「……ちぇっ」
 一人で行こうか、とも思ったが。
 後でクレイに知られたら、気まずい思いを味わうことになるだろう。
 それは避けたい。こういうことでクレイと揉めるのは正直勘弁願いたい。
 そりゃ、たまに思わなくもない。いつも三人だと、クレイに遠慮して思い切ったプレイもできねえし。こっちは余裕が余っていても、パステルの方は二人同時に相手してて疲れてるだろうから……と遠慮することもしばしばだし。
 たまには、俺とパステル、一対一で楽しみたい……と、そう思うことはしょっちゅうある。
 けど、俺は、今までその思いをぐっと堪えてきた。
 贅沢言っちゃいけねえ。大体、女の冒険者はまだまだ珍しい昨今、パーティー内で相手してくれる奴がいるってだけでも貴重なんだ。
 こんなことで内部分裂なんて、冗談じゃない。
 そう言い聞かせて。俺は、枕に頭を落として、目を閉じた。
 しゃあねえ。今日は我慢すっか。もしかしたら、また明日にでも明後日にでもチャンスは巡ってくるかもしんねえし。我慢に我慢を重ねた方が快楽もひとしおってもんだ。そうだろう?
 そう言い聞かせて。俺は、目を閉じた。

 夢を見た。
 夢の中で、俺はパステルを抱いていた。
 一人で。
 そんな俺を見上げて、パステルは、泣いていた。
 目が覚めたときには、そんな夢を見た……ってことは、忘れていた。

「んー……?」
 それから、さらに三日。
 そろそろイライラが募ってきて、自分で始末をする、という空しい行為に走ろうかと悩んでいたときのことだった。
 昼寝から覚めると、部屋の中がしんと静まり返っていた。
 ああ……みんな、出かけちまったのか? バイト? いや、散歩か?
 寝起きの頭で、ぼんやりと考えながら身を起こす。
 最近、眠りが浅い。しょっちゅううとうとしてはいるが、どうしてか、おかしな夢を見て、途中で目を覚ますことが多い。
 もっとも、「おかしな夢を見た」と漠然と覚えているだけで、夢の内容はさっぱりなんだが。
「キットン? クレイ?」
 名前を呼びながら、立ち上がる。寝起きのせいか、喉の渇きを感じた。
 台所に下りるか……と思いながら、部屋のドアを開けようとした瞬間。
 隣の部屋のドアが開く音がして、とっさに、足を止めた。
「…………?」
 隣……つまり、パステル達の部屋。
 もちろん、あそこの部屋を誰かが出入りしても何の不思議もねえ。パステルも居るしルーミィ、シロもいる。宿のおかみさんが、何か用事があって入った、ってこともあるあろう。
 だが、違う。
 直感で悟った。今、ドアが開いたのは、部屋の中から誰かが出て行ったから。そして、その誰か……というのは、今思い描いた、誰でもないってことを。
「…………」
 ドアに耳を押し当てる。盗賊として鍛えられた耳が、壁越しに、その会話を拾い上げた。
 聞き慣れたパーティー唯一の女の声と、長い付き合いとなる、幼馴染の声……

 ――ごめん――
 ――いいよ、気にしないで……――
 ――トラップの奴には黙って……――
 ――わかってる。言えないよ――

「!?」
 会話の意味がわからなかった。
 足音が近づいてくる気配がして、とっさにドアの前からとびのいて、ベッドにもぐりこんだ。
 布団を被って寝た振りをすると同時、部屋の中に、誰かが入ってきた。
 覗き込む気配。必死に息を殺して気づかない振りをしていると、その人影は、やがて小さく息をついて、身を起こした。
 そして、そのまま、部屋を出て行った。
 同時に跳ね起きる。誰が入ってきたのか、なんて、確かめるまでもなかった。
 ……クレイ?
 あいつが、パステルの部屋から出てきた?
 俺が寝てる隙を狙って……
 今、パステルの部屋には誰もいねえのか? パステルしか……?
 それは……
 勘の鋭さには、定評がある。元より、不思議には思っていた。
 最後に抱いた日から、一週間か、十日か。
 それだけの時間が経っているのに、クレイは平気なのか、と。
 一人で始末している……ってことも、そりゃもちろんあるだろうし。あいつの顔なら、誘いをかければ相手をしてもいいって女の十人や二十人、すぐにも捕まるだろう。
 けど、あいつの性格を知っているからこそ、それはまず無い、という確信があった。
 何だかんだ言って、あいつはパステルの身体に溺れていた。妙な罪悪感に縛られながらも、俺が誘いをかけてくるのを、今か今かと待ちわびていた。自分から誘おうとしなかったのは、せめてもの抵抗って奴だろう。
 そうして、二人で、パステルの身体を公平に味わっていた。あえて「抜け駆けはするな」と念押ししたわけじゃねえが、当然、それは暗黙の了解になっている……と、俺は、そう思い込んでいた。
 ……そう思い込んでいたのは、俺だけなのかよ!?
 反射的に怒りが燃え上がった。誰に対する怒りなのかはよくわからなかった。クレイに対してか、パステルに対してか。あるいは、自分自身に対してか。
 胸をかきむしられるようなこの苦しみが、本当に「怒り」なのか……それも、よくわからなかった。
 ただ、奥底からこみ上げてきたのは。
 このまま黙って引き下がるつもりはねえ、という、意地にも似た、思い。
「……いいさ。クレイがそのつもりなら、俺だって遠慮はしねえ。俺だって、俺だってずっと……」
 ずっと、パステルを、一人で存分に抱きたいと、そう思っていた。
 遠慮なく思いをぶつけてやりたい、と、そう願っていた。
 あいつは……
 あいつは、俺にとって、最高の欲望解消の道具、だから?

 クレイに遠慮さえしなけりゃ、チャンスなんていくらだって転がってるもんだ。
 昼食の時間。
 キットンが臨時バイトが入って……と話しているのを聞いて。俺は、とっさに、フォークをパステルの椅子の下に蹴こんだ。
「あ、わりい」
 言いながらしゃがみこむと、予想通り、「拾うよ」と言って、パステルも、身をかがめた。
 一瞬、床の上で、パステルと目が合った。
「今日、身体が空いたらこっちの部屋に来いよ」
「…………」
 返事を待たず、フォークをつかんで身体を起こす。
 クレイはいない。昼食返上でバイトにいそしんでいるのか、何か用事でもあったのか、それは知らねえ。
 けど、俺にとって、それはどうでもいいことだった。

 昼食の後、キットンを送り出して。ベッドの上に転がって、天井を見つめていた。
 来ない、ということだけは、どうしてか、考えられなかった。
 そして、俺の予想は当たる。どんなときでも、着実に。
「……トラップ? 入るよ」
「おう」
 トントン、と響くノックの音。
 生返事をすると、恐る恐る……と言った様子で、パステルが顔を覗かせた。
 部屋の中に、俺しか残ってねえこと。それを見取って、一瞬表情が強張ったが。手招きをすると、結局、文句も言わず、ベッドの方に歩み寄ってきた。
「ルーミィ達は?」
「今、お昼寝してる……」
「そっか。そりゃ好都合」
「ねえ……何か、用?」
 間抜けな質問に、笑いが漏れた。
 まさか、本気でわかってねえわけでもねえだろうに。
「んなの、決まってんだろ?」
 言いながら、細い手首をつかんで、ベッドの中にひきずりこむ。
 ほとんど抵抗らしい抵抗も見せず、パステルの身体が、マットの上に沈んだ。
 その表情を彩るのは、悲しみ。
「トラップ……」
「わりい、最近ご無沙汰してたよな。クレイが捕まらなくてなー」
「…………」
「こっちもそろそろ我慢の限界だったもんでな。ま、安心しろ。二人分の働きはしてやっから」
「っ……やっ……」
 身をよじって逃れようとするパステルの肩を押さえ込んで。そのまま、慣れた手つきでブラウスのボタンを外していった。
 何度も何度も抱いてきた身体だ。最初にどこを攻めればいいのかはわかってる。クレイなんざいなくても、俺一人だって、十分に満足させてやる自信はある。
 そんな、妙な言い訳を胸に、そのまま猛る欲望をぶつけようとして……
 唇を寄せた瞬間、顔を背けられた。手を伸ばした瞬間、振り払われた。
 拒絶されたんだ、ということに気づいたのは、それから数秒後。
「……パステル?」
「や……やだ。もうやめて……」
「パステル? おい……」
「もうやだ……」
 ぼろり、ぼろりと。パステルの瞳から、涙が溢れ出した。
 こいつが泣くところなんざ、何度も見たことがある。つまんねえことではすぐべそべそ泣いて、どやしつけてやったことだって、何回もある。
 けれど、今の泣き顔は。
 今まで見た、どんな泣き顔とも違って見えて。
 この間感じた、胸をかきむしられるような思いが、ますます強くなるのが、わかった。
「ぱ……パステル……」
「もうやだ……こんなの、やだ……」
「こんなの、って……」
 だが、いつまでも呆然としてる俺じゃねえ。
 衝撃の次に襲ってきたのは、猛烈なまでの、怒り。
 こんなの、やだ。
 それは、クレイがいなきゃ嫌だ、と、そういう意味なのか、と。
 クレイ一人で来たときは受け入れた癖に。俺だけじゃ、駄目なのか。
 パステルにとって、俺はクレイのおまけにすぎなかったのか、と。
 とっさに駆け抜けたのは、そんな考え。
「っ……何を、今更っ……」
「やあっ! 嫌っ……やだやだっ……」
「暴れんな! 何を今更! 散々くわえこんできた癖して、嫌がるくれえなら最初っから相手なんかすんじゃねえよ! 中途半端にいい顔して、何を今更っ……」
「嫌ああああああああああああああああああああああっ!!!」
 暴れるパステルを強引に押さえ込んで、力づくで、その内部に押し入った。
 行為に慣れた身体は、異物の反応にすぐ様反応を返したが。腰を叩きつけても、パステルは、決して俺の顔を見ようとはせず。声一つあげず、ただ、泣きじゃくっていた。
 ぐじゅり、ぐじゅりと結合部から響く淫靡な音と、その泣き声が、ひどくアンバランスで。
 それが、余計に俺の理性を、冷静さを、奪った。
 そうだ……何を、何を今更。クレイのおまけ? 上等だ。あんな体力以外に何の取り得もねえ奴より、俺の方がいい男だってことを教えてやる。俺の方がおめえを悦ばせてやれる、満足させてやれる……それを、教えてやるっ……
「は、あっ……パステル……」
「っ…………」
「パステル、パステルっ……」
 何度も何度も名前を呼びかけた。指先で鎖骨のラインをなぞりながら、もう片方の手で、背中をなで上げた。
 普段の鈍感ぶりからは想像もつかないくらい敏感な身体は、いつもなら、この程度の攻めであっという間に昇天まで上り詰めて、それと同時に俺をキュッと締め付けては最後の一滴まで搾り取ってくれたもんだが。
 どうしてだか、今日は……
「……パステル」
 久しぶり、だったせいか。長く持ちこたえることはできなかった。
 内部に欲望を吐き出した。両手で顔を押さえて呻きながら、パステルは、最後の最後まで、俺を見ようとはしなかった。
 最後の最後まで、泣き続けた。
「パステル?」
「……ひどい……」
「パステル! おい、おめえ何なんだよ!? 一体何がっ……」
「酷い、よ。トラップは……」
 ぎゅっ、と布団を握り締めて。
 真っ赤になった目で、パステルは、俺を見上げた。
 息を呑むくらいに、凄絶な視線だった。
「トラップは……わたしのこと、どう思ってるの……」
「……は?」
「わたしの、こと……どう……」
「どう、って」
 言われた意味が、よくわからねえ。何を聞きたいのかも、よくわかんねえ。
「パーティーの、仲間だろ?」
「…………」
「それ以上でも、以下でもねえだろ?」
「…………」
 布団を握り締めたパステルの手が、真っ白になっているのが見えた。
 少なくとも、俺の答えがパステルの望んでいた回答とは違った。それくらいのことは、わかったが……
「……いい……」
「パステル?」
「もうっ……」
 華奢な両手が伸ばされて、そのまま、俺の身体を押しのけようと、必死に突っ張られた。
 反射的にその両手首をつかみとった瞬間……
 バタン、と。部屋のドアが、開いた。

 鍵をかけていなかった、ということに気づいたとき。そいつは、もう既に部屋の中に入ってきていた。
 俺の親友にして、幼馴染にして、パーティーのリーダーでもある男、クレイが。
 ベッドに押し倒されたパステルと、その手首をつかみあげている俺を見て、見事なまでに、動きを止めた。
「……トラップ。おまえっ……」
「あー……よ、よお。おかえり」
 さすがに、気まずい。
 どう言おうか、と迷って。結局漏れたのは、そんな、何とも間抜けな言葉。
 瞬間、突き飛ばされた。
 振り向けば、裸同然の格好で、パステルが部屋を飛び出していくのが見えた。
 頬に残る、涙の痕。その上から、新たな涙を溢れさせて。
 パステルは、俺の顔も、クレイの顔も見ないまま、部屋をとびだしていった。
 シン、と静まり返る室内。後に残されたのは、俺とクレイだけ。
 そして……
「っ!?」
 がつっ!! という音と共に、頬に、激痛が走った。
 口の中に苦味が走って、唾を吐き出した瞬間、シーツに、真っ赤な染みが広がった。
「く、クレイっ……?」
「トラップ……お前、お前って奴はっ……」
 クレイが、怒っていた。
 全身が震えていた。その拳は、もう二、三発俺を殴りたそうに宙を彷徨っていたが、それを全身で押さえ込んでいる、そんな顔で……
「お前、何、やってるんだ!? 一体何をっ……」
「何を、って。んなの、見りゃわかるだろ?」
 けれど、俺にはわからねえ。クレイが、何でこんなにも怒っているのかが。
「おめえが最近、うまく捕まらねえから。せっかくのチャンス、結構ふいにしちまって。こっちだってそろそろ限界だったし。だあら、まあ一人でも相手してもらおうと……」
「お前っ……」
「あに怒ってんだよ? おめえだってやっただろ?」
 そう訴えた瞬間、逆の頬に、痛みが走った。
 瞬間、怒りが、こみあげてきた。そもそも、俺はそんなに気の長い方じゃねえ。
「あにすんだよ!? 俺が何したってんだよ!?」
「お前っ……それ、本気で言ってるのか!?」
「本気に決まってるだろうが!? 一体何なんだよ!? 一緒にヤりたかったのならそう言やあよかったじゃねえか!? 俺の抜け駆けが気に食わねえ? 最初に抜け駆けしたのはおめえだろ!? 何を勝手なっ……」
 そこまで言ったところで、胸倉をつかまれた。
 息苦しさに足をばたつかせると、そのまま、ベッドに叩きつけられた。
 ついさっき、俺が、パステルを強引に組み敷いたときと同じように。
 今、クレイが。そっくり同じ格好で……ただ違うのは、首を締め上げた状態で、俺を組み敷いていた。
 ……苦しいもんなんだな……
 もともと力でクレイに敵わねえことはわかっていたが。柔らかいベッドに押し付けられると、思うように手足に力が入らねえ。
 こんな風に、無理やり押さえつけられて。あいつは、怖かっただろうな……と、場違いな感想が、浮かんだ。
「……お前は、どこまで身勝手な奴なんだ……」
 そんな俺を見下ろして。
 クレイは、泣いた。
「お前は、本当に何一つわかってないのか。パステルの気持ちを……何も、考えたことはないのか!? 自分の欲望を果たすことばかり考えて、その影で、パステルがどれだけ傷ついていたか……考えようとも、しなかったのか!?」
「……はあ……?」
 苦しい息の下で、声を漏らす。
 一体、クレイが何を言いたいのか。全く、わからなかった。
「何を、言って」
「…………」
「言ったじゃねえか。無理強いした覚えは……嫌なら、嫌だって言えば……」
「嫌だって言えなかった、その気持ちが、お前にはわからないのか!?」
 がくがくと身体を揺さぶられた。苦しい、という苦情は、見事なまでに黙殺された。
「お前にはわからないのか……どうしてパステルが言いなりになってたのか。どうして嫌だって言わなかったのか……あんなに傷ついた目をして、笑顔を浮かべることもできなくなって……それでも俺達をつっぱねられなかったパステルの気持ち、お前には、全然伝わってなかったって、言うのか……」
「……はあ……?」
 言いたいことがあるのなら、はっきりと言え。
 クレイは、俺に何を言って欲しいんだ? 第一……
「おめえ、だって……同罪、だろうが……」
「…………」
「欲に任せて、パステルを抱いた。俺と、おめえに、何の違いが……」
「……ある」
 俺の言葉に、クレイは、即答した。
 大の男が、みっともないくらいに涙を溢れさせていた。けれど、その顔立ちを、見苦しいと笑うことは、できない。
 その思いの強さが、伝わってきたから。
「ある。俺はお前とは違う。お前とは、違うんだっ……」
「何が……」
「俺はっ……」
 胸元を締め上げたまま。
 クレイが血を吐くような思いで漏らしたのは、あいつの、本音。
「好きだから」
「……あ?」
「パステルのことが好きだった。ずっと前から、好きだったからっ……」
「…………」
「だから抱きたいって思った。自分のものにしたかった。けど、俺にはその勇気が出なかった。だからっ……」
「…………」
「お前の、誘いを……断ることが、できなかった……」
「…………」
 脳裏を過ぎったのは。
 こいつも、やっぱり男なんだな、という……そんな、ひどく当たり前の、事実。
「間違ってるってわかってたんだ。本当に好きだって言うのなら、こんなことすぐにやめるべきだって、わかってた……けど、今更、言い出せなかった。今更好きだなんて、どんな顔して伝えればいい!? 散々……散々、パステルを傷つけておいて。今更っ……」
「…………」
「もう、限界だったんだ……」
 そう言って、クレイは、がっくりとうなだれた。
 いつの間にか、身体は楽になっていたが。身を起こそうと言う気には、なれなかった。
 クレイが、パステルのことを……
 じゃあ、あのとき。
 あのとき、俺が見た光景は……
「わかっただろう?」
 呆然と天井を見上げる俺を見下ろして。クレイは、言った。
「俺が好きだったのは……いつも明るく笑っている、パステルだった。けれど、抱けば抱くほど、パステルの顔から笑顔が消えていった。それが、辛くて……もう、終わりにしたい、って。パステルに、伝えた。俺の思いと一緒に」
「…………」
「殴られても罵られてもいいから。謝りたかった。今までごめん、って謝って。もう一度、最初からやり直そうって……そう……」
「…………」
「だけど」
 ふ、と自嘲的な笑みを漏らして。クレイは、ゆっくりとベッドから降りた。
「だけど、俺の思いは……多分、一生実らないだろうな」
「…………」
「本当にわからないのか。パステルが何で俺達の誘いを断れなかったのか。お前に抱かれて泣いたのか。本当に……全然、わからないのか……?」
「…………」
「お前は、パステルのことをどう思ってるんだ……相手をしてさえくれれば、女の子なら誰でもよかったのか? それとも……」
 その言葉に、口を開きかけた瞬間。
 どたばた! という騒がしい足音と共に、ばたんっ! と、ドアが開いた。
 とびこんできたのは、血相を変えた、キットン。
「トラップ! クレイっ……何をしてるんですか?」
「……いや……それより、キットン、どうしたんだ?」
「あ、ああ! そうでした! これ、これっ……」
「…………」
 キットンが突き出したのは、一枚の紙だった。
 パステルが、原稿を書くのに使っていた、紙。
 その升目は、ほとんどが真っ白だった。ただ、その中央に、短い言葉だけが、残されていた。

 ――さよなら――

「これは……」
「さっき、ルーミィが見つけて、騒いでてっ……こ、これ、パステルの字ですよねえ!? さよならって、それってどういうっ……」
「っ……トラップ!」
 名前を呼ばれた、そのときには。
 俺は既に、部屋をとびだしていた。
 何を言えばいいのか、何を言ってやればいいのかなんてわからなかった。多分俺は、肝心なことは、何一つわかってねえ。
 だけど。
 このまま、黙って行かせることだけは、できなかった。
 一体誰のせいでこうなったのかなんて、そんなのは考えるまでもなかった。
 何もかも、俺が……俺のせいでっ……
「っ……パステルっ……」
 お前が一体何を言いたかったのか。お前が、俺に何を伝えたかったのか。
 それを、お前自身の口から、聞きたかった。
 このまま黙って行かせたりなんかしねえ。何もかもうやむやのまま、終わらせたりはしねえっ……
 お前は……
 俺にとって、最高の、女だからっ……
「パステル!!」
 大声を張り上げて、宿の外に飛び出した。
 その声は、綺麗に晴れ渡った空の中に吸い込まれて行って……そのまま、消えた。


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