フォーチュンクエスト二次創作コーナー


トラパス 横恋慕完結編

「……別れるか、俺達」
 わたしの目を見ないまま、ぼんやりと窓の外を見たまま。
 トラップは、淡々と言った。
「別れるか、俺達」
「…………」
「おめえを嫌いになったわけじゃねえ。俺が悪い。俺が不甲斐なかったせいだってわかってる。それでも……」
「……わかってる」
 涙だけは見せないように。そう言い聞かせて、わたしは首を振った。
「わかってる……当たり前、だよね……」
「…………」
「嫌、だよね……他の、人に……されたわたしなんて……」
「…………」
 ずるい言い方だってわかっていた。
 こんな風に言われて、「そうだ」なんて頷ける人はいないと思う。
 それでも、わたしは言わずにはいられなかった。
「わたしは……好き、だよ」
「俺もだよ」
「トラップのこと、好き」
「パステルのことが、好きだ」
「でも……駄目、なの?」
「ああ」
 はっきりと頷いて、彼は言った。
「このまま付き合っていたら。俺は多分おめえを駄目にしちまう……いつかおめえを憎む日が来ちまうだろうからっ……」
「…………」
「好きでいられるうちに別れてえんだ! ……悪い。おめえを、守ってやれなくてっ……」
「……わかった……」
 それ以上、わたしには何も言えなかった。
 しょうがないよね。
 トラップのせいじゃない……わたしが、悪かったんだ。
 わたしが、無防備で……何も、考えてなくて……勝手な期待、押し付けて……
 悪かったのは、わたし。トラップは、何も悪くなんか、ない……
 そう言いたかったけれど。言えば、きっと彼は彼で、「おめえは悪くねえ。悪いのは俺だ」って、そう言ってくれるだろうと思ったから。
 だから、わたしは何も言わなかった。
 黙って立ち上がり、トラップに背を向ける。
 引き止める声は、無かった。
 ……さよなら。
 さよなら、大好きな人……
 好きって気持ちは変わってない。全然、変わってない。だけど……
 さよなら……

 その日、わたしとトラップは、「恋人同士」から、「ただの仲間」へと、変わった。

 ギアに抱かれた。
 それはわたしが悪いわけでもトラップが悪いわけでもないと……話を聞いた人なら、きっとそう言ってくれると思う。
 わたしを庇って罠にかかったトラップ。一人じゃ助けられないからと、ギアに助けを求めたわたし。
 そして彼は、その見返りとして、わたしを抱いた。
 その直前まで、わたしは彼にそんなことを要求されるなんて思ってもいなかった。ただトラップを助けたいと、それだけしか考えていなかった。
 ギアが何を思ったかなんて、考えようともしなかった。
 そうして、わたしはトラップの目の前で、ギアに抱かれた。
 どうすればいいのかわからなかった。どれだけ抵抗してもギアの力にわたしが敵うわけはなく……彼にいいように翻弄され、この身体に彼を受け入れてしまった……
 ギアを責めれば簡単なのはわかっていた。
 でも、彼はちゃんとトラップを助けてくれた。そして、わたし達が罠にひっかかった原因……病気で倒れたパーティーの皆を救うための薬草も、ちゃんと取ってきてくれた。
「何の代償も払わずに何かを手に入れられるほど、世の中は甘くない」
 それは、ギアが言ったとてもとても冷たい正論。
 確かに、その通りだ。
 わたしは傭兵たるギアに仕事を依頼した。そして、彼はその当然の代償として……お金の払えないわたしに、身体を求めてきただけ……
 例え、わたしがそれに納得していなかったとしてもっ……
「……トラップ……」
 別れたからと言って、何かが変わったわけじゃなかった。
 同じパーティーを組んでいるんだから、始終顔を合わせるのは変わりない。一つ屋根の下に住んでいるんだから、それは当然のこと。
 だけど……
「……お、おはよ……」
「おう……」
 ふとした瞬間に身体が触れ合ったとき。目が合ったとき。
 ずきずきと胸が痛むのがわかった。
 辛い。
 好きだからこそ辛い。以前の関係に戻っただけなのに。ただの仲間だったあの頃に戻っただけなのに。
 だけど確実に何かが違った。わたしにとってトラップは……もうそれだけ大きな存在になっていたんだと、わかったから。
 だから……
「……もう、終わりにして、いいかな……」
「え……?」
 その日、他の皆が色々なところに出かけていて。
 そうしてクレイが部屋に一人になったところを見計らって、わたしはそっと声をかけた。
「もう、終わりにしたいの、わたし……」
「パステル? どうしたんだ?」
 クレイは、困ったような顔をして、わたしの肩を叩いた。
「どうしたんだ? 何があったんだよ?」
「…………」
 クレイは知っている。
 わたしがトラップと付き合っていたことも、そして別れたことも、全部知っている。
 知っていて何も言わないでくれた。余計なことは言わず、ただ優しい目で見守っていてくれた。
 それだけ心配をかけておいて。今更こんなことを言うのは間違ってるって、わかってるけどっ……
「パーティーを抜けたい……」
「…………」
「もう……辛い、の。わたし……トラップの顔、見てるのが……辛い、の……」
「…………」
 その言葉を聞いても、クレイはしばらく何も言わなかった。
 ただ、じいっとわたしの目を見つめて……そして、「はあ」と、大きなため息をついた。
「トラップも、同じことを言ってきたよ」
「……え?」
「あいつも同じことを言ってた。パステルの顔を見ているのが辛いから。だからパーティーを抜けてもいいか、って」
「…………」
「あいつはまだパステルのことが好きなんだろうな」
 そう言ってクレイが浮かべたのは、苦笑。
 優しい優しい目でわたしを見て、彼は、ぽんぽんと頭を叩いた。
「パステルも、トラップのことが好きなんだろう?」
「……うん」
「俺が聞いていいことかどうかはわからないけど……どうして、別れたんだ?」
「…………」
 その理由は誰にも話していなかった。
 話せるわけが、なかった。
「……言いたくない」
「無理には聞かないよ」
 そう言って、クレイは一度「はあ」と息をついた。
「潮時かも、しれないな」
「……え?」
「パーティー、解散した方がいいのかもしれない」
「…………」
 何を言い出すのか、と思って見ているわたしの前に、彼は、一通の封筒を差し出した。
 その宛先人は、アンダーソン……クレイのおじいさんの名前。
「そろそろ実家に戻って来いって。騎士として本格的な修行を始める時期が来た、ってさ」
「…………」
「キットンも、王家再興に向けて本格的に動き出したいって言ってた。……潮時、だと思わないか?」
「……そうだね……」
 そうか。もしかしたら、これは運命なのかもしれない。
 わたしとトラップが別れたそのときから……こうなることは、決まっていたのかもしれない……
「また会えるよね?」
「ああ。きっと」
 こうして。
 わたし達パーティーは、5年という月日を共に過ごした後。
 その日、ばらばらになることが、決まった。

 クレイは騎士団に入隊し、キットンは王家再興に向けて動き出し、ノルはメルと一緒に暮らすことになり、ルーミィとシロちゃんは二人でエルフの宝を探す旅に出かけて行った。
 そして。
 トラップは実家に戻って行った。わたしも、ガイナに戻ることになった。
「……じゃあね」
「ああ」
 最後に二人だけが残された、みすず旅館。
 わたし達は、お互いの顔もろくに見ない別れを済ませて、別々の方向に歩き始めた。
 また会おう、とは言わない。会えるよね、とも聞かなかった。
 もう顔を見るたびに、痛い思いをしなくて済むんだから。
 だから……良かったじゃない……
 自分にそう言い聞かせて。
 涙を拭って、わたしは前へと進んで行った。

「パステルお嬢さん……元気がありませんね」
 ガイナのわたしの家に戻ると、ジョシュアが大歓迎してくれた。
 とりあえず、これからは小説家として、今までのクエストをまとめて生活していくつもりだった。
 冒険者に未練が無いわけじゃない。でも、辛い思い出が多すぎたから。
 そう言うと、ジョシュアはとっても喜んでくれて、「またお嬢さんの世話ができるなんて!」と言ってくれたけれど。
 心底嬉しそうな顔をする彼に、わたしは、笑顔を向けることができなかった。
「お嬢さん……一体、何があったんですか?」
「……何にも」
「嘘はいけませんよ。……何があったのか、よければ話していただけませんか?」
 ジョシュアはとっても心配して、何かにつけてそう言ってくれたけれど。
 言えるわけがない。言っても仕方の無いことだと……そう思って。わたしは「何でもない」と繰り返していた。
 そのうち時が忘れさせてくれるに違いないと、そう思って。
 だから……
 その日、「彼」がガイナを訪ねてきたとき。
 わたしは、怒りさえわいた。
 忘れようと思ったのに忘れさせてくれないことが、辛くて。

「お嬢さん、お客さんが来てますよ」
「……え?」
「外に」
 ジョシュアの言葉に、ぼんやりと顔を上げる。
 一応原稿を書くつもりで、実際に紙もペンも用意していたけれど。その中には一文字も書かれていなかった。
 ガイナに戻ってから、何ヶ月が過ぎただろう……半年くらい? は経っているのに。わたしは相変わらずこんな調子で、ただ時間を無駄にしていた。
「誰?」
「さあ……ただお嬢さんに会わせてくれと……」
「わかった。ありがとう」
 そう答えて、外に出た瞬間。
 わたしは、膝が砕けそうになった。
「なっ……」
「……久しぶりだね」
「ギア……な、何で、ここが……」
 声が震えるのがわかった。
 あの日以来一度も顔を合わせることのなかった……わたしの生活の全てを壊してしまった人が。
 何を考えているのかわからない無表情で、外にたたずんでいた。
「どう、して……」
「探した」
 一言で簡潔に答えて、彼は、ぐいっ、とわたしの手を引いた。
「やっ……」
「会いたくてシルバーリーブに行った。……驚いたよ。君たちパーティーが解散したと聞いて。それは……もしかして、俺のせいなのか?」
「…………」
「ガイナにいるということは、トラップは一緒じゃないんだろう。彼とは別れたのか?」
「…………」
 トラップの名を聞いたのは久しぶりだった。
 ただそれだけ……名前を聞いただけなのに。涙が溢れそうになるのがわかった。
 時間が経てば忘れさせてくれる。
 そう思って、わたしはあえて彼のことを考えないようにしていたのにっ……
 それなのに、どうしてっ……
「……そうだよ」
「…………」
「別れたの、わたし達……」
 あなたのせいで、とは言わなかった。
 何度も何度も言い聞かせた。ギアのせいじゃない。彼が悪いんじゃない。彼は当然のことを要求しただけなんだって。
 わたしがもっと違った対応を取れば……トラップとだって別れずにすんだかもしれない。何もかもわたしが悪いんだ。責任転嫁をしちゃいけないって……そう、言い聞かせてっ……
「別れて、ガイナに戻ってきたの。もう多分冒険者には戻らない。小説家として、細々とやっていくつもり……そんなわたしに、今更何の用があるっていうのっ……」
 爪がささりそうなほど拳を握り締めて、わたしはギアから目をそらした。
 恨み言を言いたくなってしまう。
 醜い感情が膨れ上がるのがわかった。
 そんなこと、考えちゃいけない。
 思い出しちゃ、いけないっ……
「……パステル」
 そんなわたしを見て、ギアはしばらく無言だったけれど。
 やがて……
「っ……やっ……!」
 腕をつかまれた。強い、強い力で。
 そのまま、抱きすくめられた。
「やっ、離してっ……!」
「…………」
「離して、離してよ、ギアっ……」
「……君が好きだ」
「え……?」
 耳元で囁かれたのは。
 どうしたって信じられない……信じたくない、言葉。
「ギア……?」
「好きだ。君のことがずっとずっと好きだった……あのときもっ……」
「ギア、何言って……」
 ぎゅっ
 苦しいほどに、力がこめられた。
 一瞬息が詰まってしまいそうな、それほどの、力。
「ギア……」
「ずっと思っていたんだ。忘れられなかった。あの日、君があの酒場に飛び込んできたとき、夢かと思った。会いたい会いたいと思い続けていたから、ついに幻覚でも見るようになったのかと……現実なんだとわかって、君が俺を頼りにしてくれて、嬉しかった」
「…………」
「遅すぎたと知っても、諦めることが、できなかったんだ」
「ギア……?」
 ギアが冗談なんか言う性格じゃないのはわかっていたけれど。
 それでも、嘘……と言いたくなった。
 どうして。
 どうして……わたしなんかを、好きになるの?
 何の取り得もなくて、特別美人ってわけでもスタイルがいいわけでもなくて……
 いつまで経ってもトラップのことが忘れられなくて、どうかするとギアのことを憎んでしまいそうになって……そんな、嫌な女の子なのに。
 どうしてっ……
「何、で……」
「嫉妬したんだ。自分にそんな感情が残っていたなんて思わなかった。トラップに嫉妬して、奪ってやれないのならせめて一矢報いてやりたくなった。だからあんなことをした。……俺は大人なんかじゃない。自分の思いのままに後先考えず突っ走って……その結果君を傷つけた。それを謝りたくて来たんだ……」
「謝る、って……」
 どうして今更。
 胸に湧いたのはそんな思い。
 今更謝られたって……どうすれば、いいの。
 もう遅いのに。何もかも、遅すぎるのにっ……
「もう、終わったことだよ……」
「…………」
「もう何もかも終わったことなの! どうして、今更謝るなんてっ……わたし、忘れようと思ってたのに! トラップのこと忘れようと思っていたのにっ……誰かを憎むなんて嫌だった。好きだって気持ちを抱えているのが辛かった……だから、忘れようと、してたのにっ……」
「パステル……」
「もうやめてよ。謝るくらいならもうわたしの前に現われないでっ……わたし、わたしはっ……」
「パステル。君は……」
 それだけ言っても、ギアの力は緩まなかった。
 ただ、わたしの目を見つめて……そして。
 とてもとても優しい笑みを、浮かべた。
「ギア……?」
「パステル。君は、まだ……トラップのことを、思っているんだな」
「…………」
 言われた言葉に、視線をそらす。
 その通りだった。
 忘れようって言い聞かせていることが、そもそもその証明みたいなものだった。
 絶対に忘れられないから。
 トラップ以上に好きになれる人なんて、多分どこにもいない……彼にどう思われようと。どれだけ離れようと。
 わたしは、彼のことが好きだからっ……
「……しょうがない、じゃない……」
「…………」
「もう、終わったこと……」
「終わってなんかない」
 がしっ!
 両肩をつかまれた。
 そらした視線を無理やりからめとって、ギアは、はっきりと言った。
「終わってなんかない。君が彼を好きでいる限り、終わったりなんかしない。俺は……君のことが好きだから。君のそんな目を見たくはない」
「…………」
「俺を憎め、パステル」
 強く身体を揺さぶられた。
 そらすことは許されない。わたしの目をしっかりと見つめたまま、ギアはきっぱりと言った。
「憎め。俺を憎むんだ、パステル。君は何も悪くない。そして、トラップも何も悪くない。悪いのは全て俺だ……俺のせいで君が苦しむ必要なんかどこにもないんだ!」
「…………ギア…………?」
「俺を憎みたくないと、そう言ってくれた。それだけで俺は十分だ……いいんだ、パステル。憎んでくれ。それで君に笑顔が戻ってくるのなら、俺はいくらでも憎まれる。君は悪くない。悪くないんだ!」
「…………」
 何度も何度もそう繰り返された。
 ようやく手を離されたときには、肩が熱を持ってじんじんしていた。
 頭の芯がぼうっとしたみたいだった。わたしは悪くない、傷つく必要なんかない……そんな言葉が、リフレインしていて。
「ギア……?」
「幸せになってくれ」
 そう言って、ギアは背を向けた。
「幸せになって欲しい。君に笑っていて欲しい。身勝手だと言われても。俺は、それだけを祈ってる」
「あ…………」
 それが最後だった。
 そのまま、ギアは姿を消した。振り返ることもなく、まるで疾風のように。
 後に残されたのは、わたしだけ。
 幸せになって欲しい。
 わたしは悪くない。
 ギアを憎んでも、構わない。
 ……トラップのことが、好き……
「わたし、はっ……」
 わたしは、どうすればいいの?
 今更そんなことを言われて……どうすれば……
「お嬢さん……」
 茫然とその場に座り込んでいると。
 不意に、背後から声をかけられた。
「お嬢さん……大丈夫ですか?」
「ジョシュア……?」
 わたしの顔を見つめて。
 家の中から、心配そうな顔をしたジョシュアが、そっと外に出てきた。
 そして。
 わたしに、一枚のチケットを差し出した。
「……え……?」
「乗合馬車の、チケットです」
 泣き笑いのような表情を浮かべて、彼は言った。
「ずっと前から用意していました。お嬢さんに笑顔を取り戻してもらうには、どうすればいいんだろうと……だけど、僕にはこんな方法しか思いつかなかった」
「ジョシュア……?」
 行き先は、シルバーリーブ。
 五年間、わたしが、とてもとても幸せに暮らしていた場所……
「ここにいちゃ、いけません」
 そう言って、ジョシュアはわたしの手をつかんで、ひっぱり起こしてくれた。
「お嬢さんはまだここに戻ってきちゃいけない。まだまだやらなきゃいけないことがある……そうでしょう?」
 優しい声で言って。
 ジョシュアは、にっこりと笑ってくれた。

 乗合馬車を降りると、見慣れた風景が待っていた。
「……久しぶり……」
 誰も答えてくれる人はいないのに、ついつい口に出してしまっていた。
 半年。離れていたのはたったそれだけなのに、もう随分と長い間留守にしていたような気がした。
 シルバーリーブ。冒険者として、わたしがずっと暮らしていた場所……
 少ない荷物を抱えて、歩き出す。
 具体的にどうこうしようなんて考えがあるわけじゃなかった。けど、何をすればいいか……ここに戻ってくれば、見つかるような気がした。
 自然に足が向いたのは、みすず旅館。わたし達が、いつも寝泊りしていた場所……
 方向音痴で、シルバーリーブの中でだって何度となく迷っていたわたしだけど。
 不思議なことに、今日は迷うって気が全然しなかった。
 この先に行けば、きっと辿り付く。
 わたしが戻るべき場所が。やるべきことが。きっと、待ってる……
 大きく息を吸い込んだ。そして走り出す。
 見えてきたのは、安普請のぼろっちい建物。
 だけど、とてもとても暖かい、場所……
「……トラップ!」
 どうしてその名を呼んだのかはわからなかった。だけど、自然に口をついて出ていた。
「トラップ、トラップ――!」
 会いたい。
 会って、もう一度やり直したい。
 わたし、いっぱい勘違いしていた。色んなことを間違ってた。
 そのせいでトラップを傷つけた。そして自分も傷ついた。
 そのまま終わっちゃ駄目だ。まだ終わってない。終わらせちゃいけない……
「トラップ、トラップ……トラップ――!」
 みすず旅館に辿り付く。ほとんど体当たりするように玄関のドアを開いたとき。
「……パステル!?」
 ふわり、と、赤い色がたなびいた気がした。
 これは……夢?
 ううん、夢でも構わない。こんな素敵な夢なら……覚めないで、ずっと見続けていたい!
 懐かしい声で名前を呼んで。宿の中にたたずんでいたその人は、胸にとびこんできたわたしを、力強い腕で抱きとめてくれた。

 その日、わたしと彼は、「ばらばらになった昔の仲間」から、新しい関係へと、変わった。


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