いいか、断じて俺は悪くねえ。
誰だって期待するだろうが? 密かに恋焦がれていた女が、こう何つーか恥じらいを含んだ表情で「トラップ、ちょっといい?」なんて言いながら部屋に入ってきたら。
あまつさえ、「あんだよ」とか身を起こした俺に、「あのね、お願いがあるんだ……」などと薄く頬を染めて上目遣いで見上げられたりしたら。
誰だって「こ、これはもしやっ!?」と期待しちまうってもんだろうが!?
いいか、断じて俺は悪くねえ。悪いのは全てあいつ……この俺の心を根こそぎ奪っておきながら自覚もしやがらねえ将来有望な盗賊(の女将)になれそうな女、パステル・G・キングがわりいんだからな。
まあそれはともかく、だ。
「あの、あのねえ、トラップ。今、暇?」
「ああ。だあら、何だっつーの」
ベッドから身を起こすと、パステルは、おずおずと部屋に入ってきた。
もじもじを身をくねらせて「じぃぃ」と熱い視線で俺を見つめて、そりゃあもうどんな鈍感野郎でも「こいつはこれからきっとこうするに違いねえ」という想像ができるであろう、わかりやすい態度。
ああ、長かった。神よ! 一体どんな気まぐれを起こしたのかは知らねえが、よくぞこの女を目覚めさせてくれた! 感謝する!
と、俺が普段信じてもいねえ神に祈りを捧げたときだった。
「あのね、トラップ! お願いがあるんだ」
「……は?」
「できれば、トラップに頼みたいの。あのね……」
そう言って、パステルは、ぱんっ、と顔の前で両手を合わせた。
「バイト、手伝ってくれない? お願い!」
次の瞬間、「ふざけんじゃねえっ!!」と俺が怒鳴ったとしても、誰が俺を責められようか。
ようするに、パステルという女は鈍感だ。
それもただの鈍感じゃねえ。他の問題に関してはそうでもねえくせに、こと恋愛問題に関してのみその鈍感っぷりをいかんなく発揮するというそりゃあもう器用な鈍感女だ。
こいつのこの「わざとじゃねえだろうな」という発言のせいで、過去、俺が何度煮え湯を飲まされたことか。考えるのも馬鹿らしいってもんだ。
まあ、そんなわけで。
「バイトだあ!? 冗談じゃねえ! 俺は忙しいっつーの!」
「なな、何よおっ! そんなに怒ることないでしょ!?」
「怒ってねえっつーの! 何で俺がおめえのバイトなんざ手伝わなきゃなんねえんだよ。一人でできねえバイトなら最初っから引き受けるんじゃねえよっ!!」
「ちち、違うもんっ! そんなんじゃっ……」
「どう違うっつーんだよ!?」
「……もおいいっ!」
「ああ!?」
「もういいっ! トラップになんか頼まないもん! ばかあっ!!」
こうして。
非常に馬鹿馬鹿しい言い争いの後、パステルは、泣きながら部屋をとびだしていった。
バタンッ、と冷たく閉じるドア。一人部屋に取り残される俺。
……俺は悪くねえ。
いいか、断じて! 俺は悪くねえからな!!
とまあ、こんなやり取りがあったのが一週間前のことだった。
言ってしまえば、俺達がこんな言い争いをすることなんざ珍しくも何ともねえ出来事で。実際その翌日には、パステルはいつも通りの笑顔で「おはよう!」と言ってきた。
もしも朝、「ふん」とか言って顔を背けられたらどうしよう。俺が謝るのか!? いや俺は悪くねえから謝らねえ! などと一人意気込んでいただけに、その態度に拍子抜けしたもんだが。
まあパステルが気にしてねえのに俺一人があれこれ気を揉んでいても仕方がねえ、ということで。俺もその争いはすっぱりと忘れることにした。
忘れなければこの後のややこしい騒動は起きなかったのかもしれねえが。それはともかく。
その日の朝起きてみると、宿の中は静まり返っていた。
「……んあ?」
身を起こして周囲を見回す。だが、大して広くもねえ部屋。そこに誰もいねえのは朝陽とはすなわち太陽光だ、というくらいに明らかだった。
「誰もいねえのか? おーい、パステル、クレイ、キットン? ルーミィ?」
次々とパーティー連中の名前を呼んでみるが、誰の返事もねえ。
珍しいこともあるもんだな。まあクレイやパステルはバイトだろうしキットンはまた怪しい薬草でも探しに行ったのかもしれねえが……ルーミィ達は? ノルが遊びにでも連れて行ったか?
そんなことを考えながらベッドからとびおりる。瞬間、腹の虫が「ぐーっ」と悲鳴をあげた。
「……飯でも食いに行くか」
外を見れば、太陽は既にかなり高い位置にある。どう考えても昼過ぎ、っつーところか。
こんだけゆっくり寝れたのは久しぶりだな。大抵は、朝になったらクレイかパステルに叩き起こされるからなあ……
あくびをしながらみすず旅館を出る。ああ、そうか。もしかしたら食事に行ってるのかもしれねえな。だとしたら……猪鹿亭に向かえば、追いつけるかもしれねえ。
そんなことを考えて方向転換した。
降り注ぐ太陽の光はかなり強い。今日は、いい天気になりそうだった。
「おっす、リタ」
「あら、トラップ」
馴染みの食堂。顔を覗かせると、見知ったウェイトレス、リタが、両手に皿を抱えて走り回っているところだった。
「一人? 珍しいじゃない」
「ああ? あいつら……来てねえの?」
「え? パステル達? 来てないけど?」
俺の言葉に、リタは首を傾げつつ、「食事するなら奥の席に適当に座ってよ」という言葉を残して、厨房にひっこんだ。
今が一番忙しい時間帯みてえだからな。客の一人一人に構ってる暇はねえってか。
肩をすくめて言われた通り奥の席に向かう。大して広くもねえ食堂だ。一瞥すれば、パーティーメンバーがいないことはすぐにわかった。
……ってこたあ、食事じゃねえのか。いや、あのリタの口ぶりだと、今日は一回も来てねえみたいだな。……どこ行ったんだか?
そんなことを考えながら一番安いランチを注文する。普段財布を預かってるのはパステルだからな。手持ちの金なんてあんまねえんだよ。まあ、昨日も大分カジノですったしな……
ああ、そういやあのときもっと高配当のあいつに賭けときゃ……
暇にまかせて思考が非常にどうでもいいところにとんだ、そのときだった。
「よお、トラップ」
「んあ?」
どかっ、と誰かが目の前に座り込んだ。
チラリと視線をあげれば、そこには小汚ねえ格好をした親父が、早くも赤くなりつつある顔で俺を眺めている。
オーシ。シルバーリーブ唯一のシナリオ屋をやっていて、俺達もしょっちゅう世話に……いや、怪しい儲け話を押し付けられたりどうでもいいバイトを紹介されたりした相手。
「あんだ、オーシか」
「何だよ何だよ、つれねえなあ、おい」
「昼間っから酔っ払いの相手をする趣味はねえの」
「っかーっ! よおトラップ。おめえ、俺にそんな口きいてもいいと思ってんのか?」
「ああ?」
いつもなら「思ってる」と即答してやるところだが。
だが、今日は別だった。そのオーシの言い方に、何やら引っかかるものを感じて。
「……オーシ?」
「いやいや。興味がねえっつーのならいいよ。俺は寂しく一人で飲むことにすらあ」
「おい、待てってオーシ! おめえあにを知ってやがる!?」
「んあ? 知ってるって何をだ?」
「すっとぼけんじゃねえっつーの!」
ばんっ、とテーブルを叩くと、ぐいっ、と目の前に汚い手が突き出された。
「……おい」
「まさか盗賊ともあろうおめえさんが、ただで情報もらおうなんて思っちゃいねえよな?」
「ぐっ……」
くっそ、しっかりしてら。
ポケットを探って小銭を放り投げる。オーシはその金額が不満だったようだが、まあ俺達の貧乏っぷりは多分他の誰よりも知ってるだろうからな。それ以上の文句は言ってこなかった。
「ちっ、相変わらずしけてんな……まあいいけどよ。おめえさん、今日一人だろ?」
「……んあ? 見りゃわかるだろうが?」
まさかそんなことで金をせしめたんじゃなかろうな、と思いにらみつけると、オーシは「ちっちっ」と指を振った。
「そうにらむなって。本題はここからだよ。他の連中はなあ、今教会にいるはずだぜ?」
「……教会?」
「ああ」
何でそんなところに。教会っつーとあれか。シルバーリーブの外れにある、あの白い……
今までろくに足を踏み入れたこともねえ場所。それを思い返していると、オーシの口から、爆弾発言がとびだした。
「結婚式だとよ」
「……は?」
「クレイとパステルの」
「…………」
ええと、落ち着け、俺。今一瞬耳がいかれたらしいな。
とんとんと耳を叩いて「あーあー」と声を出し、それが正常に作動していることを確認する。
「悪い、オーシ。聞き取れなかったようだ。もう一度言ってくれ」
「だから。クレイとパステルの結婚式が教会であるんだとよ」
「…………」
き、聞き間違いじゃ……ねえ!?
「おい、そりゃどーいうことだっ!?」
「ぐえっ!!?」
冷静に悟った瞬間。
俺は、即座に激昂してオーシにつかみかかっていた。
けけ、結婚だと!? 何だそりゃ! 何でいきなりそんな話になる!?
俺は聞いてねえぞ。しかも……パステルだと!? クレイはこの際誰と結婚しようが知ったことじゃねえが……パステルが、パステルが俺以外の男と結婚、だあああああああああああああああ!!?
「てめえ! いいかげんなことぬかしてんじゃねえぞ!?」
「ぐへっ……ど、どらっぷ……お、落ち着けって……」
「これが落ち着いてられるかっつーの!! 俺を騙そうったってそうはいかねえからな!? さっき渡した金返せこら!!」
そんなことをまくしたてながら、がくがくとオーシの胸倉つかんで揺さぶっていると。
背後から「ばああああああああん」という衝撃が、脳天を襲った。
「ぐっ……」
「店の中で暴れるんじゃないよっ!! 他の客の迷惑でしょっ!?」
「り……リタ……」
背後で仁王立ちになっているのは、リタ。その顔は……まあ一言で端的に表してみよう。激怒していた。
くっ、どいつもこいつも! 俺の気も知らねえでっ……
「あのなあっ!」
「話は大体聞かせてもらったわよ! そんなに気になるなら自分で確かめに行けばいいでしょ。本当だったらひっさらうなりぶち壊すなりすればいいでしょっ!!」
あっさりと俺の気を読みつくして、リタはもう一度トレイを振り下ろした。
額直撃。冗談抜きで、目の前に星が飛び散ったような気がした。
やべえっ。このままここにいたら脳天かちわられそうだ。文字通りの意味で。
「全く……ほらオーシ! あんたもよ! 全く……」
「っ……つつつ……」
背後にリタとオーシの声を聞きつつ。
俺は、猪鹿亭をとびだしていた。
教会まではまあそう遠くはねえ。というよりシルバーリーブが狭い村だしな。
その道のりを、俺は全力疾走していた。今なら年くった馬車馬よりは早く走れる自信がある。
パステルっ……
走りながら脳裏をかすめるのは……出会ってから今まで、ずっと見つめ続けてきた女。
初めてだったんだよ。おめえみてえな女は。
どいつもこいつも、俺とクレイが一緒に立てば必ずクレイの方に寄っていって。
どの女も俺のことなんか眼中にねえとばかりにクレイクレイともてはやして。おめえだけだったんだよ、俺のこともクレイのことも公平に扱ってくれたのは!
だあらっ……だあら、俺は……
他の誰をクレイに譲っても、おめえだけは譲りたくねえと……そう、思ってたんだっ……
「…………っ!!」
ききーっ、と音がしそうな勢いで急制動をかける。危うく通り過ぎそうになった、小さな教会。
ここに……クレイとパステルが……?
「おやあ? トラップ」
そのとき。
教会の前に立っていた背の低い人影が、俺を見て、声をあげた。
見覚えのあるぼさぼさ頭……キットンが。
いつもと全く変わらねえ、だぼだぼの服を着て、呑気に手を振ってきた。
「トラップも来たんで……」
「おいキットン! あいつらはどこだ!?」
「はは、はいっ!!?」
一気に詰め寄ると、キットンはびびったように身を引いた。
そこに立っているのはキットン一人。他の連中……クレイとパステルの姿は、どこにもねえ。
「だあら、他の奴らはどこにいるんだよ!?」
「はあ。ノルでしたらルーミィとシロちゃんがお腹が空いたと言い出しましたのでお菓子を買いに……」
「ちがーう! そうじゃねえっ!!」
無口な巨人とガキ二匹のことなんざどうでもいいんだよ! 俺が、俺が知りたいのはなっ……
「クレイとパステルはどこだ、っつってんだ!!」
「はあ? ああ、あの二人でしたら……中……」
その言葉を最後まで聞く必要はなかった。
即座にキットンをその辺に放り出し、教会の入り口に手をかける。「あぎゃぎゃ! 何するんですかいきなり!」とかいう悲鳴が聞こえてきたが、そんなもん、聞いている暇はねえ。
……パステル!
間に合うかっ、と焦りながら扉に手をかけた。鍵はかかっていなかったらしく、力をこめるっとあっさりと開いた。
全開にするわずかな時間すら惜しい。ほんの少し空いた隙間に身体を滑り込ませ、内部に踏み込む。
扉の前の騒ぎは聞こえていたんだろう。中にいた人間は、驚いたような顔で、俺の方を注視していた。
神父なのか、地味な格好をしたハゲ親父が一人。
そして……
悔しいくらいに様になってやがる、タキシード姿のクレイと。
一瞬目を奪われる。
純白、じゃねえ。薄い紅色のドレスに身を包んだパステル。
頭からおりているのは真っ白なベール。それを止めているのは赤い花飾り。
今まで見たこともねえ……化粧をして、息を呑むほど綺麗になったパステルが。
驚いたような顔で、俺を見ていた。

挿絵:梛砂りん様
「……トラップ?」
「あ、あの……あなたは一体……」
しばらくの間、呆けていたらしい。
我に返ったのは、おずおず、といった様子で声をかけてくる神父の言葉。
……こいつか!
こいつが、俺からパステルを奪おうとする元凶か!!?
「ちょっと……ちょっと待てえええええええええええええ!!」
「いや待ってるけどな」
ボソリとつぶやくクレイの声は無視して、俺はびしいっ!! と指をつきつけた。
「おい! 俺は認めねえっ!! そんな結婚、俺は絶対に……」
「おお!!」
ごんっ!!
俺の言葉をせきとめたのは、突然背後から開いたドア。
響いた鈍い音は、俺の後頭部にドアが激突した音。
トレイとは比べ物にならねえ強烈な衝撃に、そのまま前のめりに倒れこむ。そんな俺に構うことなく、ドアを開けた人物は中を覗きこんで……
「おお、おお! すまんすまん遅くなって!! 無事フィルムはみつか……うん? 何だね君は?」
「なっ……何だね、じゃねえっ……」
激痛をこらえて立ち上がる。そこに入ってきたのは、キットンばりに背が低く、神父に負けねえくらいに毛という存在が消滅した頭の親父。
「あにしやがるてめえっ!?」
「うん? やあクレイ君。パステルさん。彼は君達の知り合いかね?」
「は、はあ……」
「まあ一応……」
「おめえらっ!! 一応とはどういう意味だっ!?」
何やら一歩引いた様子で頷くクレイ達に即座に怒鳴り返すと、目をそらされた。
何なんだよその態度は!? 俺が……俺がどんな気持ちでここまで来たと思ってやがる!!?
そのまま殴りかかってやろうか、と拳を固めた瞬間、「おお!」と、背の低い方の親父が、ぽんっ、と手を叩いて言った。
「これはちょうどいい! 君! 君が結婚せんかね?」
「……は?」
「だから、君がパステルさんと結婚してくれんかね? いやあ、これで全てがうまく行く!」
……俺には、何のことだかさっぱりわからなかった。
「だからっ……バイト、頼んだでしょ!? 一週間前にっ!!」
目の前に立つパステルの顔は真っ赤だった。いや、多分俺も負けねえくらいに真っ赤になってると思うが。
今の俺の格好は……さっきまでクレイが着ていた、タキシード。
そして、そのクレイは、いつもの見慣れたマント姿に戻っている。
その顔に浮ぶのは、苦笑い。
「いやいや、本当に助かった。うん! ぴったりじゃないか!!」
俺のまわりをくるくるまわってあちこち服のしわを伸ばしながら、実に満足そうに笑っているのはハゲ親父。
どうやら、親父の弁によると……
この親父は、どうやら写真家らしい。
その名の通り、風景だとか人物だとか、色んなもんを写真に収めては、それを本の形にして売って生活しているらしいんだが。
今回、時期的にもちょうどいい、っつーことで。結婚式の特集をしようとしたんだとか。
「結婚式というのは素晴らしい! その土地、その家、それぞれの特徴、しきたり、全てがにじみ出た式典だ! 他人の幸せな様子を見れば誰もが幸せを感じることができる。そうでないか!?」
「……そうかあ?」
「トラップってば!」
疑問の声は、パステルの肘鉄で止められた。
いや、まあいいんだけどよ……人の考えはそれぞれだし。
俺の様子などお構いなしに、親父の弁は続く。
「ところが! 嘆かわしいことにこちらでは当分結婚式の予定は無いという! このようなヤラセをするのは私の主義に反するが、何分締め切りが迫ってきているのでね。こうして、パステルさんにバイトを頼んだ、というわけなんだよ」
「たまたま印刷屋さんで一緒になったの」
親父に細くして説明するのは、パステル。
さっきに比べれば少しは赤みの引いた顔をうつむかせて、ぼそぼそとつぶやく。
「ば、バイト代弾んでくれる、っていうしさ……その……」
「んじゃ、おめえは金にくらんでこんなバイトしようって思い立ったんだな?」
「なな、何よおっ!! そんな言い方することないでしょっ!?」
ついつい憎まれ口を叩いちまうのは、照れ隠し、という奴だが。
まあそれはともかく。
そんなわけで、パステルはバイト……結婚式の風景を写真に収める、というバイトをするべく、相手役の男を探していた、と。で、一週間前俺のところに来て、けんもほろろに断られたのでクレイを頼った、ということらしい……
あ、あのなあっ! それならそうと言ってくれりゃあっ……お、俺だって……
「いや、本当に助かった。まさかパステルさんが連れてきた男性がここまで背が高いとは思わなかったからね」
俺達の心中のいさかいなど知るよしもなく、親父は上機嫌でシャッターを切りまくっていた。
「少々衣装の丈があわなくて困っていたんだ。足元を隠して撮影するしかない、と思っていたんだが……君が来てくれて、よかった!」
「…………」
横で盛大なため息をついたのは、クレイ。
その視線が、「早とちりしすぎだこの馬鹿」とでも言ってるように見えるのは、俺の気のせい、だろうか?
お、俺はなあっ……俺はっ……
「じゃあ、パステルさん。トラップ君の腕につかまってくれるか?」
親父の指示に、パステルが素直に従って、俺の腕に身を寄せてきた。
肘が胸に触れて、一瞬で頭に血が上るのがわかった。
「いい! いいよ! そう、その笑顔……どうしたんだいパステルさん。クレイ君のときよりずっと自然な笑顔ができているじゃないか! とても幸せそうでいいぞ! そのままそのままっ……」
親父の声が響いた直後。
シャッターの音が、やけに大きく、耳に届いてきた。
数日後。
「……んだよ」
俺の手の中には、あの日の写真が残されている。
幸せそうに男の腕にすがって、にこやかに微笑むパステルの写真が。
「これなら、別に衣装の丈をどうのこうの言う必要ねえんじゃねえか!?」
そう。その写真は、あくまでもパステルがメインで……
その相方としてそこに立っていたはずの俺の顔は、ものの見事にカットされていたりする。
まあ、注意深く見てみりゃあ、赤毛とかがかすかにうつってんだけどな。……くっそ。
「ああ、面白くねえっ!!」
ぽいっ、と写真を放り出し、ベッドに横になる。
…………
――あのね、できれば、トラップに頼みたいんだ――
――クレイ君のときより、ずっと自然な、幸せそうな笑顔ができているじゃないか――
ひょい、と身を起こして、放り出した写真を取り上げる。
そこで笑っているパステル。周囲の人間全員を無駄に幸せにしてしまうような、満面の笑顔を浮かべた……
「……へっ」
自然に笑みがこぼれてくるのを感じて、俺は、写真をポケットにしまいこんで身を起こした。
パステルは確か、原稿書いてるはずだよな。
ちょっくら、相手してきてやっか……あいつも、俺を待ってるだろうしな!
……多分だけどよ。

挿絵:梛砂りん様