フォーチュンクエスト二次創作コーナー


オーシ×リタ 9

 正直言ってオーシに礼を言うなんて物凄く癪なことだったんだけど。
 今回ばかりは、いくら何でも言わないとまずいわよね。
「あ、ありがと、オーシ」
「ん? いや。まあいいってことよ」
 あたしの前でぱんぱんと手をはたいているのは、オーシ。目の前に転がっているのは、どこにでもいそうなチンピラが三人。
 それはまあよくあると言えばよくある話しで……あたしが夕食の買出しに出ようと街を歩いていると、このチンピラ達がナンパをしかけてきたのよね。
 全く! このあたしをそんな安っぽい女だなんて思わないで欲しいわ……大体、店があるのに遊びに行ってる暇なんかあるわけないじゃない!
 というわけで、相手をするだけ時間の無駄、と判断して、さっさと行こうとしたんだけど。どうやら、それがこいつらのプライドを傷つけたみたいで……
「何すんのよ!?」
「ちょっとくらいいいじゃねえの。すかしてんじゃねえよ、このアマ」
 みたいな陳腐なやり取りの後、馬鹿どもが力に訴えようとしてきて……
 いや、あれはさすがのあたしも冷や汗が出たわ……口でなら負ける気はしないんだけど。さすがに力は、ね。女にしてはある方だとは思ってるけど、相手はチンピラとは言えそれなりに鍛えてるみたいだったし……
 そんなわけで、あたしがどうしたものかっ! とだらだら冷や汗をかいていたとき。
「あにやってんだ? おめえら。そんなところで」
 そこにやってきたのが、いつもの小汚いなりをしたオーシだった、と……
「いや、オーシ。でも本当に助かったわ。案外強いのね、あんた」
「前も言っただろうが。冒険者相手の商売だからな。ある程度は腕が必要なんだよ、腕がな……ほれ、もうそろそろ行かねえとやばいんじゃねえか?」
「あ……そうだ。いっけない。多分父さんが待ちくたびれてるわね……ありがと、オーシ。このお礼は必ずするから! 店に来たら安くするわよ!」
「いや、いいっていいって。おめえさんとこの店も最近苦しいみてえだしな?」
「なな、何よ、失礼しちゃうわね! あんた一人くらいタダで飲み食いさせるくらいの余裕はあるわよ!」
 商売人として聞き捨てならない台詞に、あたしは思わず食ってかかってしまった。
 いや、確かに余裕が有り余ってる、とは言いがたいけど……それにしたってねえ! 冒険者相手に浮き沈みの激しい商売してるあんたよりは、確実に稼いでるわよ!
「全く失礼しちゃうわね」
「わーっはっは。わりいわりい。でもよ、よーく考えてみろよ。店に来たら安くするってーのはあれだろ? ようするに店の売り上げから俺に対する礼を払う、ってこったろ? 俺達の払った金で俺に礼をする、って言われてもなあ」
「うっ……」
 鋭い指摘に、あたしは思わず黙り込んでしまった。
 い……言われてみれば確かにそうかもしれないわね。す、鋭いじゃないの。オーシにしちゃあ……
「だ、だけど! 店の売り上げからあたしのお小遣いだって出てるんだもの。一応感謝の気持ちは示してるつもりよ!?」
「いや、そりゃまあわかるけどな。俺としちゃあ、たまにはおめえさんに個人的にお返しをしてもらいたい、っつーかなあ……」
 何よそれ。個人的にって……
 そこまで来たところで、ピンと来た。オーシのことだもの。こういう言い方をするってことは……
「オーシ。もしかして、あたしに何か頼みたいことでもあるんじゃないの?」
「おっ、鋭いじゃねえか、リタ。実はなあ……」
 そうして。
 オーシからの「お願い」を聞いて。あたしは、余計なことを言った自分自身を、呪いたくなった。

 数日後、父さんから半日の休みをもらって。
 あたしは、オーシの家にいた。
「…………」
「いやあ、悪いな。まあゴミで人間死にはしねえ、って思ってたんだが、気がついたらちっとばかり不便を感じるようになっててなあ……」
「ち、ちっとばかり、って……」
 部屋の掃除をしてくれ。それが、オーシからされた「お願い」。
 下手したら大怪我していたかもしれないところを助けてもらったんだから、まあ掃除くらいいいか……なんて柄にもない仏心を出したのが、間違いだったわ……
 オーシの家に来たのは初めてだった。というよりも、今までオーシに家があるなんて考えもしなかった。
 まあ、よく考えたら当たり前のことなんだけど……
 いつもオーシが店を構えている場所で待ち合わせて連れていかれたところ。それは、シルバーリーブの町外れにある小さな家。家というよりは掘っ立て小屋に近い。
 はああ。オーシってこんなところに住んでたのね……と、最初は物珍しさも手伝ってちょっとわくわくしていたんだけど。
 一歩足を踏み入れた瞬間、眩暈を感じた。
 な、何なのよこの部屋は! というよりこれは部屋なの!?
「まあそう怒るなって。俺もちゃんと手伝ってやるからよ」
「当たり前でしょ!? というよりあんたの部屋でしょ! オーシ、あんた一体今までどこでどうやって寝てたわけ!?」
「ううん? そりゃまあそのへんのゴミをかきわけてなあ……」
 し、信じられない……
 ぐらり、と、比喩じゃなく本当に目の前の光景が傾いた。
 あたしの家はああいう商売をやっているから、衛生面では人一倍気を使っている。あたし自身、割と掃除は好きな方だしね。
 何ていうか……こういうゴミ溜めに住んでいても平気な人の気持ちがわからない、っていうか。
 ええい、嘆いていてもしょうがない!
 立ち直りが早いというか、気持ちの切り替えが早いのはあたしの取り得でもある。
 ばっ、と持ってきたエプロンをかけると、早速その辺のゴミを集め始めた。
「ほらオーシ! ぼさっとしてないでこのゴミ、どっかへ捨ててきて!」
「お、おう」
「後、ほうきと雑巾はどこ!? 洗剤は!!」
「ああ。えーとな……そんなもんがうちにあったか?」
「し、信じられない! まさか住み始めてから一度も掃除をしてないんじゃないでしょうね!?」
「もしかしたらそうかもしれんな」
「オーシーっ!!?」
 そうして。
 あたしの長い長い一日は始まった。

あたしの長い長い一日は始まった。

挿絵:あやの様


 ああ、全く……もう二度と男の一人暮らしの家になんて入らないっ……
 額から吹き出る汗を拭って、あたしは、ほうきを床に叩きつけた。
 一応成果は出ている……はず。ちゃんと床は床って認識できるようになったし。目につくゴミはあらかた捨てさせた。
 問題は……この染み付いた汚れ、ね……
 壁や床にこびりついている、染みというのか何というのか……
 単にソースをこぼした、とかいう染みと違って、長い間ほったらかしにされた汚れが内部を侵食した、って感じの染み。
 こんなの、どうやって取れっていうのよ?
「おい、リタ。もういいぞ」
 ゴミ捨てから戻ってきたオーシが、やれやれと肩を回しながら顔を覗かせた。
「おお、大分綺麗になったじゃねえか。こんだけしてもらえりゃ十分だって」
「綺麗!? これが!?」
 信じられない言葉に、思わず耳を疑ってしまう。
 いや、オーシの普段の格好から、大体その感性は想像がついていたけど……それにしたって!
「駄目駄目! まだまだ掃除するところはたくさんあるわよ! ほら、暇だったら雑巾がけでもして!」
「おいおい……」
 あたしが腰に手を当てて宣言すると、オーシは呆れたようにつぶやいた。
「おめえさん、将来は絶対カカア天下になるだろうな」
「……はあ?」
「いや、いい嫁さんになるだろう、ってこったよ」
「よ、嫁さんって!」
 な、何言い出すのよオーシったら! あ、あたしはまだ17よ!? 第一、カカア天下って……
「何馬鹿なこと言ってるのよ! ほら、早く早く! いつまで経っても終わらないでしょ!」
「へいへい。わあったよ」
 あたしが何を言っても聞きやしない、ってことを悟ったのか。
 オーシは、首をすくめて言われるがまま雑巾がけを始めた。
 当たり前じゃないの! か、仮にもねえ、これはお礼でやってる掃除なのよ?
 こんな中途半端な状態で投げ出すなんて、そんなのあたしのプライドが許さないんだから!!

 ようやく掃除が終わったとき。日はとっくに暮れていた。
「ふう……まあこんなもんかしらね」
「おお、お疲れさん」
 あたしの言葉に、ぼろきれと化した雑巾をゴミ袋に放り込みながらオーシが答えた。
 結局、雑巾は途中で足りなくなっていらない布で代用することになった。
 一体何時間かかったのかしらね? まあそれはともかく……最初はどうなることかと思ったけれど。どうにか、家はあたしが満足行く程度には綺麗になっていた。
「さて、と。これからはまめにゴミ出しするのよ。大体ねえ、一度面倒くさがって溜め込むから、余計に捨てられなくなるのよ。こまめに捨てておけばここまでひどくなることもないでしょうに」
「へいへい」
「後ね! こぼした染みとかはその場でちゃんとふき取ること! ほったらかしにしておいたらどんどん落ちにくくなるんだから……ちょっとオーシ、聞いてるの!?」
「聞いてるっつーの。おめえさん、あれだな。まるでお袋みてえなこと言うんだな」
「はああ!? あんたねえっ、あたしを一体いくつだと思ってるのよ!!」
「何だあ? 『嫁さん』って言われた方がよかったのか?」
 続いた台詞に、どかんっ、と頭に血が上りそうになった。
 お、オーシ……こいつっ……
 あたしがどう言えばいいのか困って口をぱくぱくさせていると、オーシはまじまじとあたしの顔を見つめて……
 大爆笑した。
 やっぱりからかったわね、この親父ー!?
「オーシっ!!」
「はいはい、悪かったって。まあ本当に感謝はしてるからよ。さて……んで、これからどうする?」
「……え?」
「だから、家に帰るんだろう、おめえさん」
「! え、ええ、帰る、帰るわよ、そりゃあ」
 オーシに言われて、あたしは、慌ててエプロンを外した。
 言われてみれば、確かにもう時間は大分遅くなっていて。多分父さんが心配してるんじゃないかなあ、って思う。
 もちろんシルバーリーブは小さな村だから、そうそう離れてるわけじゃないけど……
 チラリと窓の外に目をやれば、外はもう真っ暗。
 瞬間蘇るのは、この間チンピラに絡まれた不愉快な記憶。
 ……嫌なこと思い出しちゃったわね。これから一人であの道を帰らなきゃならないってのに……
「……オーシ」
「ん? 何だよ」
「あの……」
 送ってってくれない?
 口から出そうになったのはそんな言葉で。そして、言いかけたあたしが一番驚いた。
 ま、まさかこのあたしが……オーシを頼りにするなんて。
 何考えてるのよ。いくら夜だからってねえ、ここはシルバーリーブよ、シルバーリーブ! 滅多なことがあるわけ……
「ん? 何だあ、おめえさん。まさか、夜道が怖えとか?」
「っ…………」
「ず、図星か!? わははははは! 普段気風のよさを売りにしてるおめえさんにしては、女らしいこと言うじゃねえか」
「お、オーシ! あんたねえっ!」
 し、失礼なっ! 確かにあまり気にされることはないけど……あたしだって女の子なのよ!? それもうら若い!!
 むかむかと腹が立ってきた。ええい、オーシなんかを頼ろうとしたあたしが間違いだったのよ! 全く、馬鹿みたい!
「ええ何でもないわよ! じゃあ帰るから!」
 怒りをこらえて背を向ける。何だか無性に悔しくなったけれど、こんなことで泣くなんてそれこそあたしのプライドが許さない。
 そのまま走り出そうとした瞬間……
 ぐいっ、と、後ろからオーシに腕を捕まれた。
「……何? まだ何か用?」
「いんや?」
 振り向いた瞬間目に飛び込んできたのは、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるオーシの顔。
 そして。
「一人で帰るのが怖いなら、家に泊まってくか?」
「……え……?」
「おめえさんが片付けてくれたからな。もう一人くらい寝るスペースは、あるぜ?」
 言われたのは……何というか、とても、とても反応に困る言葉で。
 そもそも最初は一体何を言っているんだろうって思った。そして、意味を悟った瞬間……
 一気に、頭に血が上った。
「な、何考えてるのよあんた! あ、あたしはっ……」
「…………」
「あたし、は……」
「…………」
 オーシは何も言わない。薄暗い部屋の中、あたしの腕をつかんだまま。
 何だか嫌な沈黙が流れた。どう言えばいいのかわからない。つかまれた腕が、いやに熱い。
 段々と頭に血が上ってくるのがわかった。
 泊まって……泊まって? この家に、オーシと二人で?
「あたしっ……」
「ぶっ……ははっ……ははははははははははははははっ!!」
 自分がどういう返事をしようとしたのか。それは、もうあたし自身にもわからない。
 返事をしようとした瞬間には、それは、オーシの爆笑にかき消されてしまったから。
「お、オーシ! あんたねえ、何回あたしをからかえば気が済むのよ!?」
「わははははは……わ、わりいわりい。期待させちまったか?」
「だ、誰が期待したってのよ!?」
「冗談だよ、冗談。大体一応年頃の若い女であるおめえさんを家に泊めたなんて、親父さんにばれてみろ。俺はまだ、命は惜しいからな」
 そう言って、オーシはあたしの肩を叩いた。
「んじゃ、まあ帰るとすっか? 送ってってやっからよ」
「…………」
「親父さんが心配してるだろうしな。んん? それとも何か? おめえさん、本当にうちに泊まりたい、とでも言い出すつもりか?」
「! か、帰る、帰る帰りますとも! ほら、さっさと行くわよ!!」
 真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくて。
 あたしは、さっさと背を向けた。

 「じゃあな」と背を向けるオーシに手を振って。
 あたしは、音を立てないようにそっと家の中に潜り込んだ。
 幸いなことに、父さんもルタももう寝ちゃったらしく。咎めてくる人は誰もいない。
 そうして自分の部屋にとびこんで、ようやく一息つくことができた。
 ……あ、あたしは……
 胸を押さえる。痛いくらいに高鳴っている心臓を。
 何で、オーシ相手にあそこまでドキドキしたのか。
 何で、つまらない冗談を真に受けちゃったりしたのか。
 このあたしが。ウェイトレスとして、客の扱いには慣れているはずのあたしが!
 自分にいくら聞いてみても。
 答えは、なかなか返ってこなかった。