フォーチュンクエスト二次創作コーナー


オーシ×リタ 3

「ねえねえ、リタってさ、好きな人いないの?」
「……はあ?」
 その日、あたしがいつものようにパステルを相手に雑談を交わしていると。
 唐突に、そんな質問がとんできた。
「ごめん、何だって?」
 お昼を過ぎたとはいえ、食堂の中はまだまだ騒がしいから。聞き間違いでもしたのかしらと思って返してみると。
「だからっ。リタって、好きな人いないの?」
 妙に居心地悪そうな目で、さっきと同じ台詞が返ってきた。
 ……ええええ?
「パステル? 急にどうしたの?」
「ええ?」
「だって、いきなり……」
「いきなりって……え、えと、あのさ、だって、リタだってこの前わたしに聞いてきたじゃない? クレイとトラップ、どっちが好きなの、って」
 あたしの言葉に、パステルはあたふたしながら言った。
「年頃の女の子なら、そういうことに興味を持つもんだって、そう言ったじゃない?」
「……まあ、ねえ……」
 確かに言ったような気がするわ。この前っていうより大分前、だけど。
 だってその頃は、パステルは真顔で「クレイもトラップも家族と同じ」って言ってたんだから。
 今はちゃっかり、トラップの彼女になってるくせにねえ。
「確かにそうかもしれないけど」
「だから、ね? リタは好きな人いないのかなあって思って」
「…………」
 パステルの言ってることは、確かに普通の女の子なら興味を持って当然のことなんだけど。
 何しろあのパステルだもの。絶対自分でこんなこと言い出すわけないわよね。……何があったのかしら?
「そうねえ。……今は別にいないわね」
「えーっ!?」
 それでも。確かにあたしは以前同じようなことを聞いたし、自分が質問しておいて相手の質問に答えないのは失礼だと思ったから。
 率直に今の本当の気持ちを話すと、パステルはおおげさな声をあげた。
「え、嘘っ! 本当にいないの!?」
「いないいない。だって、あたし店があるもの」
 トレイでびしっ、と席の方を指すと、ちょうどお客さんが水を飲み干すところだった。
 おっと、いけないいけない。
 慌ててウェイトレスとしての本文を思い出して、お水を注ぎに走る。そんなあたしを見て、パステルはうーんと首を傾げていた。
 ……一体どうしたのかしら?
「お待たせ……で、パステル。それがどうしたの?」
「ああ、うん。あのねえ……」
 あたしの顔を見て、パステルはちょっと変な顔をしていたけど。
 やがて、おずおず、と言った様子で切り出した。
「じゃあさ、リタの好みのタイプって、どんな人?」
「……好み?」
「そう! どんな男の人が好きなの?」
「うーんっ……」
 好み……ねえ。
 改めて言われると困るわね。好み、好み……あたしの好きな男……
「まあ、強い男かしら?」
「……強い?」
「そう! 滅多なことでは倒れない人がいいわね。食堂って結構重労働だし!」
「…………」
 何、その意味ありげなため息。
 本当なのよ? ウェイトレスは走り回る必要があるし、料理って腕の力がすっごく重要だし。
「……で、さあ。それがどうかしたの?」
「え? ああ……え、ええっと……」
 あたしの言葉に、パステルはしどろもどろになっていたけど。
「な、何でもない……」
 と曖昧な笑みだけ浮かべて、立ち上がってました。
 ……何でもないようには見えないんだけど?
「パステル?」
「ほ、本当に何でもないから! わかった、じゃあね! ありがとうっ!」
 それだけ言うと、パステルは店を走り出てしまった。
 ……何があったのかしら、一体?

 その謎が解けたのは、その日の夜のことだった。
 まあ夜だからね。いつもの通り、すっごくお客さんが多くて。あたしは注文をとったり料理を運んだりてんてこまいだったんだけど。
 そんなとき。
「あ、あのっ!」
「はい、何でしょうっ!!」
 不意に後ろから声をかけられて振り向くと、いかにも人の良さそうな顔をした、けどひょろっとして頼りなげな外見の男の子が立っていた。
 ……えーっと誰だったかしら? 確かに見覚えはあるから村の人だと思うんだけど……
 ウェイトレスとして人の顔を覚えるのには自信があると思ってたんだけど。まだまだ修行が足りないわね。
 どうしても名前が出てこなくて曖昧な笑みを浮かべていると、彼は気弱そうにうつむいて、口の中でぼそぼそとつぶやいた。
「……てくれました?」
「はい??」
 夜の食堂は騒がしい。冗談抜きで、怒鳴らないと隣の人の会話も聞こえないくらいなのよね。
 男の子の声が小さくてあたしが聞き返すと、彼は、びくっ、と身を引いて言った。
「あ、のっ……パステルさんから、話、聞いてくれました?」
「…………?」
 パステル? ……何でそこで彼女が出てくるわけ?
「話って、何のこと?」
「ぼ、僕印刷所さんから本を出してもらっていて……それでパステルさんと知り合って……それで、彼女に……」
「……お願い。手短に用件だけ言ってもらえる?」
 裏から父さんが睨んできてるのがわかったから、長くなりそうな話をとりあえず遮る。
 何しろ今の時間は忙しいからね。本当に猫の手も借りたいくらいなのよ。お客さんと長話なんてとんでもない。
 けど、何と言っても相手はお客さん。もしかしたら、何か失礼があったのかもしれないし……料理をこぼしたとかね。ルタに手伝わせるとたまにやるのよ。あの子はまだ子供で力も無いから、しょうがないんだけど。
 そんな風に予想を立てていると。
「す、すみませんっ! あの……ぼ、僕とお付き合いして欲しいんですっ!!」
「…………」
 あらゆる予想を覆す返事が返ってきて、あたしはその場に凍り付いてしまった。
「あ、あの……?」
「僕、ずっと前から猪鹿亭に食事に来てて……その、リタさんのこと、素敵だなあって思って、いつも見てたんです! それでっ……」
「あ、あの、ちょっと待って……」
「パステルさんの友達だって聞いて、それで彼女に話してもらうように頼んだんですけどっ! あの、聞いてますよね?」
 ……そういうことだったわけね。
 昼間の彼女の不思議な言葉にようやく納得がいって、大きくため息をつく。
 おかしいと思ったのよ。パステルがいきなり好きな人を聞いてくるなんて……そういうこと。
 それがわかれば、彼女があたしの好みを聞いてあんな顔したのもわかるわね。
 ぜんっぜんタイプじゃないもの、彼。
 ひょろひょろとした体型、青白い肌。本を出してもらってる、って言ってたから、作家かしらね? 運動不足、ということが一目でわかる体型は、はっきり言ってあたしの好みの真逆、と言っても言いすぎじゃない。
 さて、どうしたものか……
「おい、リタ!」
 悩んでいると、厨房から父さんの声がとんできて、あたしは慌てて持っていたトレイを構えなおした。
 い、今はそんなこと考えてる場合じゃないわね。
「ごめん、あたし忙しいのよ! また後で出直してきてくれる?」
 断る方法は後でゆっくり考えよう。そう思って背中を向けると、
「ま、待ってくださいっ!」
 ぐいっ、と肩をつかまれた。ひょろっとした外見の割には強い力に、思わずたたらを踏んでしまう。
「ちょっ……」
「待ってください! ぼ、僕、今日は返事を聞くまで帰らない覚悟で来たんです! リタさんのことを考えると夜も眠れなくて、全然作品にも集中できなくて! お願いです、一言でいいですから、返事をください!」
「ちょ、ちょっと……」
「お願いしますっ!!」
 こ、これがさっきまでのあのひ弱そうな男の子!?
 さっきまでの口の中でつぶやくような話し方とは全然違う大声。店中の視線が、一斉に集まるのがわかった。
 ど、どうすればいいわけっ!?
 ウェイトレスとして色んなトラブルを見てきたけど、さすがにこんな経験は初めてで。
 大体正直に言えば、男の子に告白されたのがそもそも初めてだったのよ。だから、こんなときどう対処すればいいのかよくわからない。
 何より、常連っていうくらいだから……つまりは、お客さんで。あんまり失礼な対応を取るのもどうかと思ってあたしが困っていると、
「おい」
 突然、店の奥から野太い声が響いた。
 ……って、あの声は!
「そんくらいにしとけって、兄ちゃん」
「オーシ?」
 つぶやいた声は、どうやらあたしにしか聞こえなかったらしい。
 奥の席で立ち上がってるのは、オーシ。シルバーリーブに一人しかいないシナリオ屋。
 年齢不詳。いっつも小汚い格好をしていて、口を開けば胡散臭い儲け話ばかり。
 あいつの口車に乗せられてパステルがいっつも面倒に巻き込まれているのを知っているだけに、あたしの中の評価は決して高いとは言えないんだけど。
 店の誰もがこの光景を面白がって眺めるだけで、助けてくれようなんて人は一人もいなかったから。
 オーシの行動は、やけに目だって仕方なかった。
「オーシ……」
「よう、兄ちゃん」
 ぐいっ、とオーシが男の子の肩をつかんだ。
 彼の力は見た目よりは強かったけれど、オーシの力はそれ以上強かったらしく、あっさりとあたしから引き離された。
「な、何するんだ!?」
「いやいや。兄ちゃん、あんたの気持ちはよーくわかるけどよ」
 オーシの顔は笑っている。
 いつもと全く同じ、絶対裏で何かたくらんでいそうな人の悪い笑み。
 だけど……気のせいかしらね? その目だけは、ちっとも笑ってないように見えたのは。
「わかるんだけどよ。リタはこの店唯一のウェイトレスなんだよなあ」
「そ、それがどうしたいうんだ!」
「ばあか。あんたがリタを独占してたら、俺達の注文がいつまで経ってもテーブルに来ねえから迷惑だ、って言ってんだよ! なあ?」
 オーシに話を振られて、まわりのお客さん達もようやくそのことに気づいたらしい。
 「ああ」「確かになあ」なんて声が、そこかしこからとんでくる。それを聞いて、オーシは満足そうに頷いた。
「ほーれ聞いたか? っつーわけでな、ちっと周りの迷惑になってっから、お家に帰って出直してきた、小僧」
「こ、小僧!? な、何なんだよあんたは! ぼ、僕はリタさんと話してるんだ。あんたには関係ないだろう!?」
「……これだけ言ってまあだそんなこと言うかねえ、こいつは」
 男の子のどこまでも身勝手な意見に、オーシははああああああ……とため息をついて。
 いきなり、片手で彼の胸倉をつかんだ。
「ぐえっ!?」
「ちょ、ちょっとオーシ!?」
 オーシはああ見えても、体格はそれなりにいい。ひょろひょろしたあの子じゃ、多分敵わないだろうなあ、っていう程度には。
 そして、あたしのその予想はあたったみたいで、オーシは彼をつかんだまま、軽々とひきずっていった。
「ちょっと! オーシ……」
 止めようとして踏みとどまる。お客さんだから、ってずっと我慢してたけど。
 他のお客さんに迷惑かけるような客は、追い出すのがウェイトレスの務めってものよね。
「怪我させないようにね!」
 あたしの言葉に、オーシはひらひらと手だけ振って。
「おととい来やがれ!」
 気合とともに、彼を店の外に投げ飛ばしてしまった。それはどうしてどうして、なかなか様になっていて……
「やるじゃん、オーシ!」
「ああすげえ。見直したぜ!」
 店中の声援を独り占めして、オーシは、ニカッと笑ってみせた。

「さっきはありがとね、オーシ。助かったわ」
「ああん?」
 少しお店が見計らった頃。
 いつものように奥でぐびぐびビールを飲んでるオーシにサービスを持っていくと、オーシは「何のことだ?」とでも言いたそうな顔で振り向いた。
 ……酔ってる? かしら。もしかしたら。
「ありがとね、オーシ」
「おお? あー、まあいいってことよ。あの兄ちゃんのせいでなあ、俺の注文がなかなか来なかったんだよ。ありゃ俺が勝手にやったこったから。リタに礼言われるようなことじゃねえって」
「それでも助かったもの」
 父さんの許可はもらってあるから、と、遠慮なくオーシの向かいに腰掛けてビールを注ぐ。
 あたしがこんなサービスをするのって珍しいからね。オーシも目を丸くしていた。
 何なのよその顔は。あたしにだってね、「感謝の心」くらいはあるのよ。
「あたしも駄目ね。ウェイトレスとして、大抵の客はさばいてきたつもりだけど。まだまだ」
「わっはっは、違いねえや。おめえさんがあの程度の客にてこずるなんて、確かに珍しいよなあ。いつもは俺が声かけるより先に自分で蹴りだしてるんじゃねえか?」
「失礼ね。お客さんに暴力振るったりしないわよ」
「まあそれでも、黙ってあたふたしてるなんておめえさんらしくもねえ」
 それは確かにその通りだったから。あたしがぐっ、と黙り込むと。
「まあ、おめえさんも年頃の女の子だった、ってこったろ?」
 そう言って。オーシは、やけに優しい笑みを浮かべた。
 ……何、その顔。あなた本当にオーシ?
「女の子?」
「おお。おめえさん、看板娘としてよーく働いてるけどよ。普通の女の子みてえに、デートしたりとか、そういう経験全然ねえんじゃねえの?」
 ……痛いところついてくれるわね。確かにその通りなんだけどさ。
「だから、そういうことには全然興味ねえのか、とも思ってたんだけどよ。やっぱおめえさんも、普通の女の子だったんだなあ」
「…………そうかしら?」
「おお。よく見たら、結構顔もいけてるしな。正確も男前だし……もしかしたら、これからあの兄ちゃんみてえな奴が増えるかもな」
「…………」
 そんな風に言われたのは生まれて初めてだった。
 ずっと小さい頃から店の手伝いばっかりで、お客さんと店員以外の立場ではろくに男の子としゃべったこともなかったあたしだから。
 かあっ、と頬が染まりそうになった。それを知られるのが照れくさくて、ばっ、とそっぽを向く。
「褒めたって、これ以上のサービスはないわよ?」
「何でえ、けちくさい」
「そりゃこっちだって商売ですから」
「ふん。まあそりゃそうだわな」
 あたしの動揺を知ってか知らずか、オーシの口調はいつもと変わらない。
 ……何だか、これ以上しゃべってるとまずいかも……
 何がどうまずいのかはよくわからなかったけれど、何となくそう思って、あたしは腰をあげた。
 オーシはそれに何も言わず、本音の読めない顔でビールをぐびぐび飲んでいたけれど。
「オーシ」
「んあ?」
「オーシって、案外強いのね。初めて見たから驚いたわ」
「あ? ああ」
 あたしの言葉に、オーシは何でもないような顔で頷いた。
「そりゃ、こちとら訓練された冒険者相手の商売だからな。多少の腕っぷしはねえと、やってけねえよ」
「……そっ」
 それだけ言って、厨房に戻る。引き止める声はなかった。
 そして。
 バタン、とカウンターの内側に引っ込んだ瞬間、胸をおさえてしゃがみこむ。
「な……何考えてんのよ、あたしったら」

 ――あの腕っぷしなら、食堂でも立派に働けそうよね――

 とっさにそんな考えが浮かんだ自分に驚いて。
 それも、決して……バイトに雇う、とか、そんな意味じゃなく。
「ば、馬鹿馬鹿っ……何考えてんのよ、あたしったら。あんな小汚い親父……もうちょっと他にいくらでも相手がいるじゃない。ねえ?」
 誰も聞いている人なんかいないのに。
 あたしは、口に出さずにはいられなかった。
 真っ赤になった頬を、少しでも元の色に戻すために……