フォーチュンクエスト二次創作コーナー


オーシ×リタ 5

 ああ、全く……どうしよう、どうしようっ……
 その日一日、あたしは全く仕事に身が入らなかった。
「ようリタ。どうしたんだ? 何かあったんか?」
 そして、その様子は傍目にもばればれだったらしく、昼食を食べにきたトラップにこんなことを言われたあげくに、
「リタ、どうしたの? 何か悩んでるみたいだけど……あの、わたしでよかったら相談に乗ろうか?」
 なんて、よりにもよってあのパステルにまで言われてしまった。
 あ、あたしって……そんなにわかりやすい性格だったの? それはちょっとショックだわ……
 って! そんなこと言ってる場合じゃなくてっ!!
「はあああああああああああああああ……」
「……どーしたリタ? おめえ、本格的に変だぞ?」
 いつもなら、そんな軽口には「やあねえ。あたしはいつものあたしよ」なんて答えるところなんだけど。
 さすがに今日は、その元気が出ないわね……っていうかねえ!
「な、何だよ!? おめえ本当にどうしたんだ……?」
 知らず知らずのうちに、トラップをにらみつけていたらしい。あたしの顔を見て、怯えたように身を引いていた。
 そもそもねえ! 昨夜あんたがちゃんと後始末をしていってくれたら……こんなことにはならなかったのよ!!?

 昨夜、あたしはよりにもよってあのオーシと一夜を過ごす羽目になった。
 ごご、誤解の無いように言っておきますけどねえ! 別に何かあったわけじゃないわよ!? 何も……ただ、一緒に寝てただけで……
 ……本当に何もなかったのよ。いっそ何かあったのなら、こんなに悩むこともなかったんだろうけど……
 はああああああああ。
 自然とそんなことを考える自分が嫌になる。相当追い詰められてるわね、あたし。
 壁に頭をぶつけたくなった。後ろで父さんが変な目をしてるのがわかったけど、そんなこと気にしている余裕なんか残ってない。
 そう、何もなかった。
 昨夜オーシは酔っ払ってて、あたしを巻き込んで店で寝てしまった。一言で表せばただそれだけ。
 そりゃあ確かに迷惑ではあったけど。別にそれほど大騒ぎするようなことじゃあない。事情さえ知っていれば。
 だけど、事情を知らない人が見たら、そりゃあ誤解するのも無理はない、って思えるほどには危ない光景だったのも確かよね……
 酔っ払っていたとは言え、当の本人が、誤解したくらいだもんね……
 オーシ。
 シルバーリーブ唯一のシナリオ屋で、年齢不詳。多分三十代後半かしらね?
 いっつも小汚い身なりをしていて、身体はがっちりしているって言えば聞こえはいいけど、むしろずんぐりむっくりって言った方がしっくり来る。顔は……まあ普通のどこにでもいる親父って表現で事足りる程度。
 そんな親父なのよ。間違っても、女の子がうっとりと「素敵だなあ……」って憧れる対象とは程遠い……
 そう! あたしだって、今までずっとそう思ってたのよ。店の常連でそれなりに売り上げに貢献してくれるありがたい客だとは思っていたけど! ただそれだけ、で……
 責任を取る、なんていわれたって。迷惑なだけ、で……
 かあああっ、と顔が真っ赤になるのがわかった。

 ――俺もいい年した男だから、責任とってやる。
 ――おめえさんな、いい女だと思うぜ?

 ……責任、って、あれよね。
 オーシは……その、あたしと、ゆうべ……しちゃった、と思ってて。
 その責任、ってことは、つまり、あたしと……?
「じょじょ、冗談じゃっ……」
「おいリタ! 何騒いでんだ、注文は!?」
「っ! ごご、ごめんんさいっ!!」
 父さんに怒鳴られて、あたしはぶんぶんと首を振った。
 あ、後で考えよう! 後で!
 オーシは言ったわよね。「夜に来る」って。つまり、まだ時間はあるってことよね!?
 そ、そう。まだ焦ることはないわ。落ち着いて、落ち着いてよーく考えよう。
 スーハーと息をついて。
 あたしは、きっ、と顔をあげた。

 ようやく店が少し暇になったのは、お昼すぎのことだった。
「リタ、少し休んでいいぞ。俺は夜の仕入れにいってくる」
「いってらっしゃい」
 父さんの言葉におざなりに手を振って、ため息つきつきカウンターに腰掛ける。
 もちろん、ため息の原因は……オーシのことなんだけどさ。
 とりあえず、冷静に考えよう。
 コップに水を入れて、一息で飲み干す。そうすると、もやもやしていた頭が少しだけすっきりするのがわかった。
 ……ええと、まずはオーシの誤解を解かないと。
 どん、とコップをカウンターの上に戻して。真っ先に出た結論はそれだった。
 っていうか、それしか方法が無いっていうか、そうすれば話は早いっていうか。
 そう! オーシが血迷ったのは、何もかもその誤解が原因でっ……別にあたしは責任を取ってもらわなきゃいけないようなことなんか何もされなかったし! だから気にする必要はないって、そう言ってあげればいいのよ、うん!
 そうすれば、オーシだって……

 ――女なら何でもいいってわけじゃねえ――
 ――それなりにおめえさんのことが気に入ってるってこった――

 ……ぼんっ!
 瞬間脳裏に響く、今朝のオーシの言葉と……昨夜の温もり。
 あんなに間近で男の人の身体を感じたのは……というか、抱きしめられたのが、そもそも初めてだった。
 そ、そのせいよね? 慣れないことだったから。だから……こんなに胸がドキドキしてるよのねっ!?
 そうやって、自分に必死に言い聞かせていたんだけど。
 どれだけ頭を振っても脳裏からオーシの顔が消えることはなく。胸のドキドキはちっともおさまらなかった。
 よ、よし! とりあえずオーシの誤解を解きに……
 ガタンッ、と椅子を鳴らして立ち上がったときだった。
 同時に、バタンッ! っていう音が、響いた。
 ええ!? 何なのよこんなときに! 夕食の時間にはまだ早いわよ!?
「あの、すみませんっ。うちは夕食は五時からで……」
「リタ! こんにちはっ」
 振り向いた瞬間、とっても明るい声がとんできて、あたしは、「ああ」と思わず息をついた。
 そこに立っていたのは、癖のある金髪と明るい瞳が印象的な、女の子。
 パステル。うちの馴染みの冒険者の一人で、あたしの親友でもある子。
「パステル。どうしたの? 夕食?」
「ううん、違うんだ。リタのことが心配になって。あのさ、今、いいかな?」
 そう言ってにっこり笑うパステルの顔は、女のあたしが言う台詞じゃないかもしれないけど、かなり可愛い。
 こんな風に言われたら、「駄目」なんて言えなくなるわよね。
「いいわよ。今ちょうど暇だから」
「本当? よかったあ」
 そう言って、パステルは満面の笑顔であたしの隣に腰掛けた。
 まあ……いいわよね。オーシには店に来たとき説明すれば。今行ったって仕事中だろうし。
 自分にそう言い聞かせて。あたしも、椅子に座りなおした。

「で、さあ。リタ、今日は何を悩んでたの?」
 とりあえずお茶を入れると、パステルは「ありがとう」とはにかんだ後、直球ストレートにそう切り出した。
 相変わらず、素直よねえパステルは……まあ、確かに朝のあたしの様子は明らかに変だったと思うけど。
「悩みっていうかねえ。うーん」
 でも、あの鈍いパステルにまで変だって言われるなんてねえ。
 パステルが聞いたら怒りそうなことを考えて、苦笑してしまう。
 あたしもまだまだ修行が足りないわね。どんなに落ち込んでいようとポーカーフェイスを保つのが、商売人としての務めなのに。
「悩みっていうかね。誰かに誤解されちゃって」
 パステルの素直な笑顔を見ていたら、嘘なんてつけなくなる。だけど、さすがに本当のことを話すのは気が引けたから。
 そんな風に曖昧な表現を使うと、パステルは「誤解?」と眉をひそめた。
「そう、誤解。うーん、どう言えばいいのかしらね。とにかく、ある人に誤解されちゃってね。それで、困ってるのよ」
 嘘はついてないわよ。この言葉だけで真相を見抜くなんてパステルでなくても絶対無理でしょうけど。
「そうなんだ……誤解って辛いよね。うん、わかるわかる」
 そして、あたしの言葉にあっさり納得したらしく、パステルは真剣な顔で頷いていた。
 いや、絶対わかってないでしょうに……
「そっかそっかあ。それで、リタは誤解を解きたいって思ってるんだ?」
「……まあね」
 苦笑しながら頷く。
 そう、誤解を解きたいって思ってる。だって……
 ……このままじゃ、オーシがあまりにも可哀想じゃない?
 素直に浮かんできたのは、そんな考え。そして、そんなことを思った自分に、自分で驚いてしまう。
 ……可哀想? オーシが?
 そう、可哀想じゃない。だって、オーシはあたしに悪いと思って、酔った勢いで手を出したと思って……あたしを傷物にしてしまったって勘違いして、それで精一杯責任を取ろうとしてくれて……
 責任を取る、っていうのがどういう意味かわからないほど子供じゃない。その言葉が軽々しく口にできるようなものじゃないってことがわからないほど、馬鹿じゃない。
 だから……誤解を、解かなきゃ。責任なんか取ってもらわなくても、いいって。
「うん、解きたい。っていうか、解かなくちゃね」
「ふうん……」
 動揺しているあたしの心を知ってか知らずか。パステルは曖昧な顔で頷いている。
 そして、サラリと告げた。
「リタ、その人のことが好きなんだね」
「……………………はっ!!?」
 言われた台詞に、一瞬……というには長い時間、返事を失ってしまった。
 好き? その人……ってオーシを? あたしが?
「ま、まさかっ」
「え?」
「い、いや、何でそう思うの?」
 思わずバンッ、とテーブルを叩きそうになって、慌てて手をひっこめた。
 あるわけないでしょ! あたしがオーシをなんてっ……
 ……誤解を解いたら、そうしたら多分「責任」を取らなくてもいいんだってホッとするだろうな……なんて。
 それが少し寂しい、なんて、思ってないんだからっ……
「好き、って……」
「あ、ううん。別に深い意味は無いよ? たださあ」
 あたしの剣幕に驚いたのか、パステルは、ちょっと身を引きながら言った。
「リタが悩むなんて珍しいって思ったから。リタだったらさ、誤解されたってわかったら、その場ですぐにはっきり言いそうじゃない?」
「…………」
「だから、いつものリタと違うな、って思って。多分、誤解された相手の人のことがすごく大切な人で、嫌われたり余計に誤解されたりするのが怖いんじゃないかなあ、って。何となくそう思ったんだ」
 そう言って、パステルは「変なこと言ってごめんね」と、笑った。
「わかるんだ。わたしもそうだったから」
「…………」
 パステル……ごめん。あたし、あなたのこと鈍い、って言ったの……撤回するわ。
 どうしてあなたって、普段はすっごく鈍いのに……変なところで、こう鋭いの?
「パステルも、そんなことがあったの?」
「うん……ちょっと前、だったけどね」
 これ以上しゃべってると、きっとあたし、何もかもしゃべっちゃうわね。
 それがわかったから。あたしはお茶をぐいっと飲み干して、つとめて明るい顔で言った。
 知られちゃいけない。誤解の相手がオーシだなんて……! シルバーリーブは狭い村だものっ。ばれたら一体何を言われるかっ……
 とりあえず話をごまかしましょう。それが一番いいわよね。
「似たようなことって?」
「うん……わたしのときはね、誤解されてたときは、その人のことが好きかどうかなんてわからなかったんだけど」
 そのはにかんだ笑顔を見れば、その「誤解されてた相手」っていうのが誰のことかは、大体わかった。
「けどね、気まずくなるのは絶対嫌だったから……だから頑張って、勇気を出したの。怖がることなんか無いと思うけどな。一生懸命話せば、絶対わかってくれるはずだよ」
 そう言って、パステルは、それはそれは幸せそうな顔で笑った。
「わたしはリタのこと大好きだから。リタのいいところ、いっぱい知ってるから。多分、その人だってリタのこと好きだと思うな。だから、頑張ったらいいんじゃないかな? 怖がらないで」
「…………」
「じゃあね! わたし、原稿があるから……ごめんね、偉そうなこと言っちゃって。じゃあ!」
 そう言って。パステルは、さっさと店を出て行った。
 ……相手も、あたしのことを好き……ねえ。
 それは無いわよ、いくら何でも。
 ふう、とため息をつく。
 あのときのオーシは酔っ払ってたし。朝のオーシは、あたしに何かしちゃったって青ざめてたものね。いい女、なんて、お世辞に決まってる。
 だってオーシ本人が言ってたじゃない。あたしのことを、子供だと思ってた、って……
 年の差を考えなさいよ。オーシから見たら、あたしなんか本当に……ただの、子供で……
 ……その子供に、オーシは本気で責任を取るつもり……なの?
 ああ、もう! わからないっ!!
 せっかくまとまりかけていた考えがまたかき乱されるのがわかって。
 わたしは、一人頭を抱えていた。

 夜になるにつれて、店にお客さんが増えてくるにつれて、動悸はどんどん激しくなっていった。
 お、落ち着いて、落ち着いて。
 いい? 計画はこうよ。オーシが店に入ってきたら、素早く「人前ではやめて」って頼んで、外に連れ出して……店の隅で待っててもらってもいいわね。とにかく、閉店まで待ってもらうのよ。
 その後ゆっくり話をすればいいわ。いくらオーシだって、店にとびこんできた瞬間父さんを呼び出すほど馬鹿じゃないでしょ。多分。
 すーはーと息をついて、何度も何度もシチュエーションを想像する。
 いい? 落ち着けばいいの。何も難しいことなんかないんだからっ……
 そうしてその後のことを考えた瞬間、少し……ほんの少しだけ、気分が落ち込むのがわかった。
 こんな誤解されたまま責任を取ってもらったって、嬉しくなんかない。心の底から喜べない。そんなのは間違ってる。
 だから……これでいいのよね?
 落ち込む必要なんか、無いのよね!
 バッ、と顔を上げたときだった。
 ほぼ同時に、バタンッ、と入り口が開いた。
「いらっ……しゃ……」
 言いかけた挨拶は、途中で止まってしまった。
 ざわめきに包まれていた店が、少しずつ……でも確かに、静かになっていく。見事に入り口の方から。
「……お、オーシ……?」
 そうつぶやいたのは、あたしだけじゃなかったらしい。
 オーシ……よねえ。あの顔と体格は、そうよね?
 け、けどっ……何なの!? その格好は!!?
 今のオーシの格好。いつもの頭に手ぬぐいを巻いた小汚いオーシを見慣れていたせいか。そこに立っていたのが同一人物だとは、どうしても納得できなかった。
 髪にはきちんと櫛が通っていて、無精ひげはそられていて。服は……一体どこから持ってきたのよその高そうな服は!? まさか盗んだんじゃないでしょうねっ!!?
「オーシっ……あなたっ……」
「その、だなあっ……」
 絶句するあたしの元につかつかと歩み寄ってきて。
 オーシは、バッ!と何かを差し出した。
 突き出されたのは……真っ赤な薔薇の花束。
「あ、あのっ……」
「言っただろ!? 責任は取るってよ!!」
 状況についていけないあたしに、オーシは開き直ったように叫んだ。
 周囲がシーンと静まり返る。それは……そうよねえ。だって、この光景って、どう見ても……
「オーシ……」
「俺も男だからな。腹はくくった」
 オーシの低い声が、猪鹿亭に響き渡った。
「親父さんは、いるか?」
「……い、いや、あの……」
「本当におめえさんには申し訳ねえことをした。だから、な……その、精一杯幸せにしてやれるよう努力すっからよっ……そのっ……」
 静まり返った猪鹿亭に、もう一度ざわめきが広がり始めた。さっきとは別の意味で。
 し、幸せに……って。オーシ……
「リタ! 本っ当に悪かった……改めて言わせてもらう。俺と一緒になってくれ! 頼む!」
 突き出される花束。突き刺さる視線。
 誤解を解かなきゃ、って考えが浮かばないわけじゃなかった。
 けど、それ以上に……胸が、いっぱいになって。
 何も言えないあたしのまわりで、静かに拍手が広がっていった。