フォーチュンクエスト二次創作コーナー


オーシ×リタ 4

 あの二人が飲み始める、って聞いたときから、嫌な予感はしてたんだけど。
 こうまでずばり当たると、客商売してるうちに鍛えられたこの勘が恨めしくなるわね。
「おい、リタ。こいつ頼むわ」
 もうすぐ閉店時間になる、っていう頃。背後から響くうんざりしたような声に振り向くと、ちょうど赤毛のひょろっとした男が席を立つところだった。
 トラップ。うちの馴染みの冒険者の一人で、職業は盗賊。その割にはやけに派手派手しい格好をしてるけど。
 その彼が「こいつ」で指差したのは、どう見ても三十は超えていそうな、小汚い身なりをした親父。
 客にこんな言い方しちゃいけないんだろうけど、そうとしか形容できないんだからしょうがないわよねえ……シルバーリーブ唯一のシナリオ屋をやっている、オーシ。
「ちょっと、トラップ」
「俺、もう付き合いきれねえ。とっとと帰らねえとパステルがうっせえしな。っつーわけで後のことは頼んだ」
「ちょっと! 頼んだ、って……」
「んじゃな! ああ、酒代はオーシが出すって話だからそいつに聞いてくれ。んじゃ!」
 あたしの言葉なんか無視して。トラップは、こんなところだけ盗賊らしい素晴らしい逃げ足で店をとびだしていった。
「ちょっと、頼む、って……」
 全く! オーシとトラップが飲むって聞いたとき、どっちかはこんなことになるんじゃないかって思ったのよ……どうしろって言うのよ、本当に。
 腰に手を当てて。あたしは、しみじみとテーブルにつっぷしたまま動かないオーシを見下ろした。

 どうしたもこうしたも、とりあえずやるべきことは片付けないとね。
 閉店時間を迎えた食堂には、やることがいっぱいある。とりあえずオーシのことは放って置いて、掃除と洗い物でもすませようかしら。
 その間に起きてくれると助かるんだけど……
 なんていうあたしの甘い考えは見事に裏切られてしまった。
 掃除がすっかり終わって、後はオーシの寝ているテーブルを片付けるだけ! って状態になっても。オーシはいまだに、最後にあたしが見たままの格好で眠り続けていた。
 ……どうしてくれようかしら、全く。
 食堂をやっているから、酔っ払いの相手をするのには慣れている。
 季節が夏だったら、容赦なく外に放り出すところなんだろうけど……
 ちらりと入り口に目をやってみる。がたがたと鳴るドア。多分外は氷点下の風が吹き荒れてるんでしょうね……
 こんな状態で外に放り出したら、間違いなく凍死よね。それはさすがに客商売としてまずいわよね……
「おい、リタ。後のことは頼んだぞ」
 あたしの考えが読めたのかどうかは知らないけれど。しみじみと外を眺めていると、後ろから父さんに言われてしまった。
「くれぐれも死なせんようにな。んじゃ、俺は先に帰る。年を取ると寒さが堪えるな」
「え? 帰るって……」
「明日も仕込があるからな。じゃあ」
「ちょっと、父さんってば!!」
 あたしの言葉なんか全く無視して、父さんはさっさと裏口から帰って行ってしまった。
 ちょっと、ちょっと……
 全く、トラップといい! 父さんといい! どうして面倒なことは全部あたし任せなのよ! あたしだって疲れてるのよ!?
「ちょっと、オーシ! 起きて、起きてってば!」
 父さんに見捨てられちゃあ、あたしがやるしか仕方がない。
 ため息つきつきごつい身体を揺さぶった。瞬間漂うお酒の匂いに、頭痛がする。
 一体いくら飲んだのよ!? オーシの酒癖が悪いのなんかいつものことだけどっ……ここまでひどいのはさすがに記憶にないわね。
「オーシ! 起きてってばっ……もう店を閉めたいのよ! オーシ!!」
 耳元で叫んでみたけれど、オーシは「うーん」なんてうめくばっかりで起きる気配もない。
 …………全くっ…………!
「オーシ!!」
 あたしにだってねえ、我慢の限界があるのよ!!
 疲れてるせいで、イライラしてたのもあると思うんだけど。このまま店で寝込まれちゃ構わない、と思った瞬間、あたしは、理性っていう名前の何かが切れるのを確かに感じた。
「起きて……起きろって言ってるのよっ!」
 どかっ!!
 腹立ち紛れに椅子を蹴っ飛ばす。この店も大分古いからね。椅子もテーブルも、実は結構がたがきてて……
 瞬間。
 ぐらり、と目の前でオーシの身体が揺れた。そのまま、ずっだーん!! と盛大な音を立てて、床にひっくり返る。
 ごつんっ、という鈍い音が響いた。
 ……やばっ。やりすぎちゃったかしらっ……?
 一瞬そんな風に思ったけれど。さすがにこれはきいたのか、「うーん」とうめきながら身を起こすオーシを見て、ホッ、と息をついた。
 良かった。さすがオーシ。頑丈な身体してるわね。
「やあっと起きた? オーシ」
「…………んあ?」
 オーシは、しばらく自分が何をどうしていたのかわかってないみたいだった。あたしの顔を見た後、きょろきょろと店を眺め回して首をかしげている。
「リタ……か? 何だあ? おめえさん……こんなとこで、何してんだ?」
「何してんだ、って。ここは猪鹿亭。ここはうちの店なんだけど?」
 まだ酔っ払ってるわね、こりゃ……
 オーシの赤ら顔を見て、深々とため息をつく。
 まあいいわ。起きてくれたんなら何とでもやりようはあるし。
「目は覚めた? あのね、店、もう閉店時間なのよ。そろそろ帰ってくれない?」
「……はあ……?」
「だからっ! 閉店時間なんだってば!」
「ああ……そうか……よし。ビールいっぱいくれ」
「オーシっ!!」
 反射的に寝ぼけた頭を張り倒してやりたくなった。あのねえっ! あんたの酒癖が悪いことは知ってたけどっ! もういい年なんだから、せめて節度ってものを守りなさいよね!!
「閉店だって言ってるでしょ! ほら、あたしだって疲れてるのよ! 早く帰りたいんだからっ……ちょっとオーシ、聞いてるの!!?」
「んあ……そーだなあ……」
 駄目だこりゃ。聞いてないわね。
 焦点のあってない目を見て、深い深いため息をついてしまう。よーし、こうなったら……
「オーシ……」
 がしっ、とその両肩をつかむ。
 手の下から伝わってくるのは、意外と筋肉質な身体。あら、意外と鍛えてるのね……もうちょっとぶくぶくした中年太りの体型を想像してたんだけど……
 ってそんなことはどうでもよくて!
「オーシっ……お、き、な、さ、い!!」
 ぐいっ、と腕に力をこめて、耳元で思いっきり叫ぶ。馬鹿にしないでよね! ウェイトレスとして、声は大分鍛えてるんだから!!
 鼓膜が破れても構わない、というくらいの勢いで声を出す。店中に響いた声に、オーシの頭が、わずかに揺れた。
 ふふん。さすがにこれはきいたでしょう? これで正気に戻らなかったら……次は水でもかけるしかないのかしら?
 なんてことを考えていたときだった。
 がしっ!!
「……へ?」
 不意に、腕がまわりこんできた。
 言っておくけどあたしの腕じゃないわよ。ごつごつしたぶっとい……ええと、これは……オーシの腕、よね?
「ちょっと、オーシ……?」
「何だあ? リタ……おめえさん、意外と大胆だな……?」
「……はあ?」
 オーシの腕が、背中にまわっている。ええと、つまり……あたし、もしかして……今、オーシに抱きしめられてる?
 それはわかったけれど。理性が、それを理解してくれなかった。
 ちょっ……ちょっと……?
「あの、オーシ……?」
「いやあ。おめえさんがそんな積極的に迫ってくれるなんてなあ……」
「はあ!? 迫るって何! 迫るって!!」
「そう言われてもなあ。俺としちゃあ、おめえさんなんかまだまだ子供だと思ってたんだけどよ……」
 あたしの言葉なんか聞いてない。
 オーシの腕はやけに力強くて、必死に身をよじったけれど、振りほどけそうな気配は全然なくて……!
 というか! 何なのこの状況!? 迫るって……
 確かに床の上でオーシの肩をつかんで耳元で叫んでた光景は、見ようによっては迫ってるように見えたかもしれない……
 さっきの自分の姿を冷静に思い返してみて、思わず納得しかけたけれど。
 ち、違うわよっ!? あたしは別にそんなつもりじゃっ……
「ちょっ、オーシ……」
「うーん……リタ、おめえさんって……」
「……は?」
 どうにか振りほどけないか、と必死に腕をつっぱっていると。
 そんなあたしの腕を取って、オーシは、何だかやけに真面目な顔をして言った。
「おめえさんって、案外いい女だな?」
「…………はああっ!!?」
 な、何、今の台詞。
 ちょっと。目の前のこれは、本当にオーシなんでしょうね……?
「オーシ。あんた、熱でもあるんじゃないの?」
「いや。顔もまあまあいけてるしなあ。今までちーっとも気づかなかったけどよ、おめえさんって案外いい身体してんなあ」
「なっ……ななっ……!!」
 親父くさい発言に、耳まで真っ赤になるのがわかった。
 自慢じゃないけど、あたしってそういう方面にはとんと疎いのよ。ずっと店の手伝いばっかりで、男の子としゃべる機会なんてろくになかったんだから。その意味ではパステルのことをどうこう言えない。
 って! あ、赤くなってどうするのっ……あ、相手はオーシよ? それも酔っ払ってる……
 ば、馬鹿馬鹿しいったら! と、とにかくっ……
「あのね、いくら褒めたっておまけなんかしてあげないわよ? ほら、早く飲んだ酒代払って、とっとと出てって! 掃除したいんだからっ!!」
 とにかくこの状況を何とかしよう! と、それだけを考えて。
 あたしが強引に腕を振り解こうとした瞬間、だった。
「…………!!?」
 がくん、という感じで、オーシの身体が前のめりに倒れこんできた。
「ちょっ……ちょっとっ……」
「…………」
 返事はない。無理やり首をひねってその顔を見上げれば、オーシの目はかたく閉じられて……
 ……って寝てる!!?
「や、やだっ、オーシ! 起きて……起きてってば! ちょっとっ……」
 あたしの叫び声も空しく。
 ずっだーん! と、オーシの身体は見事に床に倒れこんでいた。
 あたしの身体をしっかり抱きかかえたまま。
 ちょ、ちょっと……
 誰か……誰か助けてええええええええええええええ!!

 結局助けはこなかった。
「…………」
 叫びすぎて痛くなった喉をおさえて、あたしは大きくため息をついた。
 窓の外は薄明るくなっている。……多分、もうすぐ父さんが来るでしょうね。
 今のあたしを見たら、驚くでしょうね……何て言い訳すればいいのよ、全く……!!
 キッ、と元凶をにらみつけてみたけれど、その顔は実に幸せそうに眠りこけている。
 こっ、この親父はっ……
 結局一晩中、オーシはあたしを解放してくれなかった。酔っ払いくらいどうにでもあしらえる、って思ってたんだけど。オーシの腕力は侮れなかった。
 まさかとは思うけど、あたしのことを抱き枕か何かと勘違いしてるんじゃないでしょうねっ……
「ちょっと……いいかげん、目を覚ましてよ……」
 もう怒る気力もありゃしないわ……
 しみじみとため息をつく。
 何より悔しかったのは、こんな格好であたし自身もしっかり眠れたことなんだけどね。
 こんな格好で……って思われるかもしれないけど。
 く、悔しいけどっ……オーシの身体って、十分にあったかくて布団かわりになったしっ……床の上なんて硬くて痛いだけだと思っていたけど、首や腰のあたりを腕で支えられていたから、寝るのにちょうどよくて。それにあたしも疲れててっ……
 そ、そう。別に特に深い意味なんか無いのよ! 昨夜「いい女」って言われて嬉しかったとか、そんなことは全然無いんだから!
 だからっ……早く起きてよっ……!!
 寝不足のせいか、段々と混乱が大きくなってくるのがわかった。
 ぎゅうっと抱きしめられて、その思いがけない心地よさについ身体を預けてしまいたくなった。
 ちっ……違うってば! あたしってば何考えてるのよ!? は、早くっ……
「オーシっ……」
 ほとんど半泣き状態であたしが叫んだときだった。
 祈りが通じたのか、オーシがぱちっ、と目を開けた。
「…………」
「…………」
 ぽかんとした視線が突き刺さる。そこに広がるのは……
 ……な、何なのよ、その顔はっ……
「オーシ! あんたっ……」
「り、リタ!!?」
 ずだだだだだっ!!
 文句を言うより早く、オーシは物凄い勢いで後ずさっていった。
 な、何なのよその反応は!?
「あんた、あんたねえっ、ゆうべは……」
「すまねえっ!!」
「……は?」
 ばんっ、と床を叩いてとりあえず抗議しようとすると。
 その瞬間、オーシは、がばっ、と床に額をこすりつけた。
 え……えと、お、おおげさじゃない? 何で……
「ちょっと、そこまでしなくてもいいわよ。あたしとしては……」
「す、すまんリタ! 俺、よく覚えてねえんだが……その、ゆうべはちっと飲みすぎたみてえで……ほんっとうにすまねえ!」
「あ、あの?」
「すまねえ! 俺、とんでもないことしちまって……ま、まだ嫁入り前のおめえさんに何てこと……」
「…………はあ?」
 いえ、あたしとしては、とりあえず昨日の酒代さえ払ってくれれば満足なんですけど? ああ、後迷惑料としていくらか……
 って、オーシ!? まさかっ……
「ちょっと、ちがっ……」
「あ、安心しろっ!!」
 がしっ!!
 オーシが何かを誤解しているらしいのはわかった。
 その何かっていうのが……あたしにとってとっても未知なる領域の……
 って違う違うっ!! 何誤解してるのよオーシ!?
「あのね、オーシ! ゆうべは……」
「皆まで言うな! あ、安心しろ。俺もいい年をした男としてだな! その……ちゃんと責任はとってやるから!」
「責任って!!?」
「ま、まさかこんなことになるたあなあ……あ、あのな、リタ。誤解の無いように言っとくがなっ……」
 あたしの言葉なんか聞いちゃいないのは昨夜と一緒で、でも違ったのは、今のオーシは素面で、しかもえらく真面目な顔をしてたってことで。
「俺はなっ……その、いくら酔ってたからって、女なら何でもいいって思うほど飢えちゃいねえからな!?」
「……はっ……?」
「だ、だから、そのっ……その気になった、ってことは、なあっ……」
 みるみるうちに赤くなっていくオーシの顔を、あたしはぼんやりと眺めていた。
 あたし、何考えてるのかしら……
 オーシはただの客で。大体年だっていくつ離れてるんだかわかりゃしない、親子って言ったら言い過ぎだけどそれでも通りそうな親父で……
 それなのに。
「その気になったってこたあ、俺もな、おめえさんのことをそれなりに気にいってるってことなんだよ!」
 両手を握り締められた。
 ごつごつした手は、やけに硬くて。そして、何だかいやに暖かくて。
「オーシ……」
「……おめえさん、いい女だと思うぜ? 顔もまあまあいけてるしな。性格だって男前だし。まあ、その……大抵の男なら放っておかねえ程度の魅力くらいは、あるんじゃねえか、っつーか……」
 消え入りそうな声が、届いた。
 あたしの手を握り締めたまま、オーシは言いたいことだけ言いちらして。
「そ、それじゃあなっ……な、何かなあ、今日は落ち着いて言えそうもねえから……また夜にでも出直してくらあ。親父さんにもそんとき挨拶すっからよ……あー……殴られることは覚悟しとかねえとなあ……」
「ちょっ……オーシ……」
「んじゃあなっ」
 それだけ言うと。
 オーシは、昨日酔いつぶれていたとは思えない素晴らしいスピードで、店の外へととびだしていった。
 ……ちょっと。
 責任をとるって。それって、どういうことよ。
 まさか……まさか? 挨拶……って……
「じょ、冗談じゃっ……」
 追い掛けようとしたけど脚が動かなかった。
 ばくばくとうるさいくらいに高鳴る心臓を押さえて。
 どうして顔が真っ赤になるのかわからないまま、あたしは、いつまでも床に座り込んでいた。