フォーチュンクエスト二次創作コーナー


オーシ×リタ 10

「最近オーシさん来ないね」
 実を言えば、ルタに言われる頃には、あたしはそんなこととっくに気づいてはいたんだけど。
 別にあえて口に出すようなことでもない、と思ったから、何も言わなかった。暑い夏の盛りに指摘されたのは、そんな何でもないこと。
「オーシだって忙しいんでしょ」
「けど、もう一週間くらいになるんじゃないかなあ……」
 あっさりと言ってのけるあたしとは対照的に、ルタの顔はやけに心配そう。
 「オーシ」っていうのは、あたしの父さんが経営する「猪鹿亭」の常連にして、シルバーリーブ唯一のシナリオ屋、なんてヤクザな商売についてる、年齢不詳の親父。
 ちょっと前までは毎日のように店に来ては、あたしの親友たる冒険者の女の子に怪しい商売話を吹っかけたり、酒に酔って店中に響きそうな声で笑ってたり、と色々やってたんだけど。
 どうしてか、ここ最近店が静か。オーシが店に来なくなって一週間。以前は2日と空けずに顔を出していたんだから、確かにそれは珍しいと言えば珍しいことなんだけど。
 でもねえ。別にシルバーリーブに食事ができる場所はここしかない、ってわけじゃないし。オーシにだって色々都合があるんだろうし。そんなの、いちいち心配するようなことじゃないでしょ?
 なんてあたしは思ってたんだけどねえ。全く、誰に似たんだか。ルタっていうのはおひとよしなのよ。
「心配じゃない?」
「心配って」
「だからさあ、オーシさん。もしかしたら何かあったのかも」
「何があるっていうのよ。あれは多分世界が滅びても一人だけ要領よく生き延びるタイプよ?」
「……姉ちゃんってさあ、オーシさんのこと嫌いなの?」
 ちょっと、ルタ。何なのよその攻めるような目は。
 あたしがどうして、あんな親父のこと心配してやらなきゃならないのよ?
「あのねえ。客が店に来なくなったからっていちいち心配してたら、そのうち心労でこっちが倒れちゃうわよ。それより、ルタ。あんたこそ、いつの間にオーシとそんなに仲良くなったのよ?」
「べ、別にそういうわけじゃないけど」
 あたしの言葉に、ルタはサッと目をそらした。
 ……怪しい。あからさまに怪しいわね。一体何があったのかしら、二人の間に?
「ルタ? 姉ちゃんに言ってみなさい。何かあったんでしょ? オーシと」
「な、何でもない、何でもないっ……」
「正直に言わないと一週間ご飯抜きだよ!!」
「ね、姉ちゃん! それひどいっ!!」
 あたしの脅しが効いたのか。
 ルタが涙ながらに語った、オーシとの間に起きたささやかな事件とは……

 ああ、もう全く! 何であたしがこんなことしなきゃいけないのよっ!!
 店が終わった後。あたしは、自分でもそれとわかるくらいに不機嫌な顔で、街を歩いていた。
 もうすっかり暗くなってはいるけど、勝手知ったるシルバーリーブだもんね。人通りは少ないけれど、怖いとは感じない。
 そんな道を、あたしはひたすら歩いていた。目的地は、場所だけは知っていたけれど今まで訪れたことはなかった場所……オーシの住んでる、家。
「わ、悪気はなかったんだけどさあ……」
 ルタが語ったところによれば。
 それは一週間前のこと。ルタは、店の休み時間に、どこだかの池で釣りをしていたらしい。
 何でそんなことをしていたのかと言えば、今学校ではやってるからなんだとか。まあそれはともかく。
 ルタは今まで釣りの経験なんか無いから、餌をどれくらいつければいいのか、とか、どんな場所に魚がいるのか、とか、そういうことを何も知らない。というわけで、そんな間抜けな釣り人には魚もおいそれとはひっかかってはくれない。
 で、小一時間ほどぼんやりと釣り糸を垂れていたら、そこにオーシが現れたんだとか。
 で、せっかく会ったんだから……と、オーシに釣りの手ほどきを受けているうちに。
 何の偶然か、それともよっぽどその魚が間抜けだったのか。ルタの釣り糸が物凄い勢いでひっぱられて。
 で、そのまま池に引きずりこまれそうになったところを、どうにかオーシに助けてもらったんだけど。かわりにオーシが、池にダイブする羽目になったんだとか。
「夏だから大丈夫、気にするなって、オーシさんは言ってくれたけど……」
 全くあたしの弟とは思えない情けない声で、一切合財をぶちまけて、ルタはわんわんと泣き出したんだけど……あ、あのねえ! 一体何が起きたのかと思えば……たかが池に落ちたくらいで大げさな!
 で、「何もあるわけないでしょ、偶然よ、偶然」と一言で切り捨てるあたしに、ルタが「でも」だの「もしかしたら」だのと食い下がって。
 で、結局。ルタに押し切られるような形で、あたしはオーシの家に向かう羽目になった、と……
 まあルタ本人が行けば話は早いんだろうけどね。気まずいから顔を合わせたくない、っていうあの子の気持ちもわからなくはない。
 そんなわけであたしは、店の残りものをお弁当箱に詰めて、てくてくと夜道を歩いていたんだけど……
 正直に言えば、心配なんかしてなかった。
 だってそうじゃない。いくら池に落ちたとは言っても、季節は夏。そうそう滅多なことがあるわけない。店に顔を出さなかったのはただの気まぐれか何かだろう、って、あたしはそう信じて疑わなかったんだけど。
 オーシの家に辿り付いた瞬間、あたしは、もっとも予想外なものをそこに見つけて。文字通りの意味で飛び上がる羽目になった。
「お、オーシ!? あ、あんた、何やってんのよ!!」
「んあ? ……おお……り、リタ、か……」
 掘ったて小屋と大差のない、狭くて小さな家。
 その玄関をノックもなしに開け放った瞬間、目にとびこんできたのは、汚い布団に横たわる小汚い親父(汚い汚いを連発してるけど、本当に汚いんだってば。文字通りの意味で)
 オーシ。店の常連にして、一応はルタの恩人である、とも言える奴。
 見慣れたその顔が、ありえないほど真っ赤に染まっているのを見て。あたしは、慌てて布団の元へと駆け寄った。
「ちょ、ちょっとオーシ! まさかあんたに限って何やってんのよ!?」
「お……おめえ、随分な言い草だな……何しにきやがった……」
「何しにって」
 言いながら、手を自分の額とオーシの額に当ててみる。予想はしていたんだけど……何というか、かなり、熱い。
 って、すごい熱じゃないの!?
「オーシっ! ちょっと……ま、待ってなさいよ。タオル濡らしてくるからっ」
「いいっつーの……ばたばたすんな。頭に響く……」
 オーシの悪態も、いつもに比べれば弱々しい。
 こ、これは仮病なんかじゃないわね、絶対……いや、仮病だって疑ってたわけじゃないんだけど……
 慌てて自分のポケットからハンカチを出して、水で絞る。タオルを探そうかとも思ったけれど、部屋の隅で異臭を放っている洗濯物の山を見つけた瞬間速攻で諦めた。
 一人暮らしが病気になったらみじめだって話はよく聞くけど……いや、この姿を見ると本当にそう思うわね。
「ちょっと、大丈夫?」
「ああ……」
「オーシ、あんた何かやつれてない?」
 あたしの言葉に、オーシからの返事はない。
 まさかついにくたばったの!? と一瞬ドキッとしてしまったけれど。口元に手をあててみれば、穏やかな寝息が漏れてきているのがわかって、ホッ、と安堵した。
 ……安堵してしまったことが何だか腹立たしいわね。別にオーシがどうなろうと、あたしには関係無いのに……
 ルタに聞かれたらそれこそ「ひどい!」と騒がれそうな文句が唇から漏れたけれど。
 それでも……ねえ。口ではどう言おうと。こうして目の前で病人として横たわられるとねえ……放ってはおけない、っていうか……
「っ……もう、しょうがないわね! この借りは高くつくからね!!」
 聞こえてはいなかっただろうけど、高らかに宣言して。
 あたしは、洗面器に水を汲むべく、汚い部屋の中を散策する羽目になった。

 どうにか部屋から洗面器を発掘して水を張る。
 ハンカチをこまめに濡らしながら、その傍らでおかゆを作る。
 ちなみに、元々はお弁当につめてたご飯だったんだけどね。おかずを細かくきざんで具材がわりにして、たっぷりのお湯で煮込めば、自分で言うのも何だけどなかなか美味しそうな雑炊になった。
 呆れたことに、この家の中には食べ物、っていうのが一切見つからなかったのよね……一体今までどんな生活してきたのかしら……
「ほら、オーシ。お雑炊作ったわよ。ちょっとは食べたら? 食べないと体力持たないわよ」
「…………」
 あたしの台詞に、オーシは無言。というかまだ寝てる。
 うーん。いつもだったら料理を目の前に出したら、どんな雑談の最中だろうと必ず振り向くのに……我ながら美味しそうだと思うんだけど。そんなに具合が悪いのかしら?
 そんな風に思って額に手をあててみたけれど。さっきよりは少し熱も下がったみたいだし、顔色も少しはよくなってきている。
 うん、やっぱりあたしが看病した甲斐はあるわね。病気を治すには栄養のある食事と睡眠、それに何より、愛情でしょう!
 なんてことを自分でつぶやいてしまって……瞬間、ボンッ! っと頭に血が上るのがわかった。
 あ、愛情……い、いや、もちろんそれには深い意味なんてないわよ? 弟の恩人のために心をこめて看病したんだ、っていう以上の意味は……いや、本当に……
 一体誰にしているのかわからない言い訳。そして、何で言い訳なんかしてしまうのか、それもよくわからない。
 けれど、何故だか、言わずにはいられなかった。苦しそうな顔をして寝込むオーシを見ていたら。最初のうちこそ「何であたしがこんなこと」って思ったりもしたけれど。
 今となっては、何だか、「今更放っておけない」って気持ちの方が強くなってて。その中には、確かに「オーシのことが心配だ」って気持ちも含まれてて……
 ……って……あ、あたし、変……よね? どうしたんだろう? いきなり……
 オーシの傍らに座り込んで、そっと顔を覗きこむ。
 寝息は穏やかなものになってはいるけれど、目を覚ましそうな気配はまだない。
 よく寝てる……あ、でも、寝汗も出てるし。これなら、すぐに熱は下がりそうよね……
 額に手を当ててみると、そこがじっとりと湿っているのがわかった。
 改めてその顔や首筋を見れば、そこには玉のような汗が浮かんでいて……
 風邪のときってお風呂に入れないしねえ。オーシがいつもより二割り増しで小汚く見えたのって、これが原因かしら? いや、それはともかく。
「……拭いてあげた方がいいの? もしかして……」
 ぐっしょりと湿った服。そんなのを着てたら、下がる熱も下がらない。
 そんなことに気づいて。そして……言った言葉に、自分で、赤面した。
 ふ、拭くって……その、つまり……それをするためには、オーシの服を脱がせる必要があって……
「い、いや、いくら何でもそこまではいいわよねっ!!?」
「…………」
 当たり前だけど。二人っきりの部屋の中で一人はぐっすりと眠っているから、返事はどこからもない。
 そして、それが、妙にあたしを焦らせて……
 そ、そこまでする必要なんてないわよね。あ、あたしはねえ、これでもうら若き17歳の乙女なのよ!? 父さんの裸だってろくに見たことないのに。な、何が悲しくてこんな親父のっ……
 そんな風に言い訳するあたしがいる一方で。もう一人のあたしが、「でも、このままじゃオーシの熱は下がらないかも」「もっと具合が悪くなるかも」なんて囁いているのが、わかった。
 そのせめぎあいは、長く続いたようでいて、多分実際の時間はほんの一瞬。
「…………」
 手が伸びたのは。
 「オーシはルタの恩人なんでしょ?」っていう囁きが決め手になったから。
「オーシ……ほら。身体拭くわよ。ちょっと、起きて起きて」
「…………」
 眠ったままのオーシの身体を無理やり抱き起こす。
 布団から引きずり出した身体は、やっぱり、熱い。ついでに重い。
「うっ……」
 その重さに、一瞬くじけそうになった。そして。
 実際にシャツを脱がせようとした瞬間、驚くくらい間近にオーシの顔が迫っているのがわかって、放り出したくなった。
 なな、何でこんなにドキドキしてるのよっ……あ、あたしは、別にやましいことをしようとしてるわけじゃなくて!! 風邪ひいたオーシの、看病をしてやってるだけでっ……
 な、なのに、どうしてっ……
 シャツをまくりあげた手が、中途半端な状態で止まる。
 それ以上手を動かすことはできない。けど、手を離すこともできない。そんな、何とも中途半端な状態。
 せめてオーシが目を覚ましてくれれば、「自分で脱いで」って言ってやれるのに! その唇から漏れるのは相変わらずの穏やかな寝息でっ……
 もうっ……ど、どうすればいいのよっ!!?
 にっちもさっちもいかない状況に、あたしが、天を仰いで絶叫しようとしたときだった。
 バタンッ!!
「おい、オーシ、生きてっかあ? 何か最近おめえの姿見ねえって、パステルが心配して……」
 予告もなく、玄関が開いた。
 そして、そこから顔を覗かせたのは。あたしのよーく、よーく知ってる顔……
 トラップ。オーシと同じく、あたしの店の常連の一人。
 彼は、あたしの、そしてオーシの姿を認めて、びしりっ、と身体を強張らせた。いつもは回りすぎるくらいに回る口は不自然な形で固まって、言いかけた台詞の続きが聞こえてくることは、ない。
「あ……」
「わ、わりい! 邪魔したなっ!」
 な、何か言わなくちゃ! と我に返った瞬間。
 トラップは、ひきつった笑みを浮かべると。入ってきたときの三倍くらいのスピードでドアを閉めてしまった。
 ばたばたと遠ざかる足音。そして、再び静かになる室内。
「…………」
 み、見られた。トラップに。この、状況……
 視線を落として、改めて確認する。
 今のあたしの状態は。どこからどう見ても……一言で説明してしまえば、オーシの服を脱がせようとしている、と。そんな風にしか見えないんだ、と……
「ち、違う! 誤解っ……誤解なんだってばー!!!」
 あたしの悲鳴がシルバーリーブ中に響いたのは、それから三秒後のことだった……

 で、結局。
 オーシはその翌日にはすっかり元気を取り戻していて。
 しかも、あれだけ甲斐甲斐しく世話をしてやったあたしのことなんか何にも覚えてなくて。
「は? リタ? おめえさん、俺の家に来たのか?」
 なんて言われたときは、さすがに腰が砕けそうになったけれど。
 でも、一方でよかった、とも思う。
 あのときの、真っ赤になった顔とか。あからさまに挙動不審だった姿を、オーシに見られなくてよかった、って。
 自分でだってわからない。どうしてあのとき、あんなに胸がドキドキしたのか……
 あたしは……
「ところでよお。トラップが何か『お幸せに』とか言ってきたんだけどよ? リタ。おめえさん、何か知ってるか?」
「っ……ささ、さあ? トラップのことだから。どうせギャンブルのことか何かじゃないっ!!?」
「? そうか? まあそうだろうなあ……」
 そして、その後。
 トラップの誤解を解くために、あたしはまた一週間ほど別の苦労をすることになったんだけど。
 それはまた別の話……かな?