フォーチュンクエスト二次創作コーナー


クレイ→パステル←トラップ

 最近、クレイと探りあうような目で見ることが多くなった。
 もちろん、二十年近い月日を過ごしてきた親友とは言え、自分の腹のうちを何もかもさらけ出している、ということはないし、それはクレイだってそうだろう。
 それでも。隠していることよりはさらけ出していることの方がずっと多い。隠している、というよりも話すほどのことでもないという方が近い、そんな関係ではあった。
 けれど、最近。
 お互いの胸のうちを探りあうような、言いたいのに言えない、相手がそう思っていることをお互いに悟っている、そんな目で見ることが多くなった。
 その表情に浮かぶのは、罪悪感。
 そして、クレイの物言いたげな表情を見れば、恐らく俺も同じような表情を浮かべているんだろう……ということは、手に取るようにわかった。
 口に出したそのとき、何もかも終わる。
 そんな予感が、瞬いていた。
「……なあ、クレイ。俺の顔に、何かついてるか?」
「え? あ……いや」
 視線のやり取りに耐え切れなくなったのは、俺が先だった。
 いや、それは、辛そうなクレイの顔を見ていられなくなった、という方が正しい。
 ポーカーフェイスには慣れている俺と違って、クレイは本当に哀れになるくらいあらゆることに正直な奴だからな。隠し事には、向いてねえ。
「何か、言いたいことがあるんじゃねえのか?」
「…………」
 陥落は実に早かった。いや、もしかしたら、クレイの方も、俺から言い出すのを待っていたのかもしれねえ……
「この間のこと、なんだ」
 そして。
 その口から漏れたのは、予想通りの言葉。
「この間から、ずっと……変、なんだよ」
「何が」
「何が、って言われても困る。自分の心とか……身体とか。とにかく、色んなところが」
 そう言って、クレイは、ぐっ、と自分の胸元を押さえた。
 そうしなければ、思いが抑えられなくなる。
 そんな表情で。
「正直、ちょっと辛い」
「話せよ」
 親友の肩を抱くような格好で、顔を寄せる。
 いつか抑えきれなくなるだろう、というのは目に見えていた。
 それが、今日になるか、明日になるか、一ヶ月後になるか……ただそれだけの違いだったんだ。
 自分に言い聞かせながら、俺は、クレイの話しに耳を傾けた。

 一週間ほど前のことだった。
 その日、俺達は簡単なクエストに出かけていた。
 簡単、とは言っても、いつものお使いクエストではなく、れっきとしたダンジョンに潜って、その奥の宝箱を探りに行く、という実に冒険者らしいクエストではあったが。そのダンジョンというのが、子供の足でも一日で往復できる程度のダンジョンだ、というのだから、実に情けない。
 まあ、そんなダンジョンでも冒険者に依頼が回ってきたのは、多少なりともモンスターが住み着いているから、らしいんだが。
「……っつー狭苦しいダンジョンで、何であいつは迷えるんだか!!」
「こうなると一種の才能ですね、最早」
 ダンジョンの最奥で、俺達は絶叫していた。
 いつものことではあるが。パーティーの詩人兼マッパーであるところのパステルが行方不明になった。
 先頭を歩いてマップを書いていたはずなのに、ちょっとした休憩の最中に姿が見えなくなった。
 便所にでも行ったんだろう、と最初は全員が軽く考えていたが。五分もしないうちに全員が「迷子になったに違いない」という確信を抱いた。
 一体! どこの世界に! 目を離したら迷子になるような方向音痴のマッパーがいるんだよ! ……って、ここに居るんだよなっ……はあ。
「探しに行って来る」
「俺も行く。このダンジョン……割と厄介なモンスターが出るしな。ノル、キットンとルーミィ達を頼んだ」
「わかった」
 とまあ、そんなやり取りを経て。
 俺とクレイは、どこぞへと姿を消したパステルを探しに行くことになった。
 ここが街中なら、ここまで焦ったりはしねえが。何しろ曲がりなりにもモンスターの出るダンジョン。一応武器は持っているものの、敵を倒すよりも自分を傷つけないことに精一杯なあいつが、冷静に対処できるかどうかははなはだ怪しい。
「……ったく。あいつは毎回毎回……今回こそはびしっ! と言ってやらねえとなっ!」
「まあまあ、そう言うなよ。パステルだって、迷いたくて迷ったわけじゃ……」
「あったりめえだろうが!? どこの世界に迷子になるつもりで迷う奴がいるんだよ!? だあらおめえは甘いっつーんだ!!」
 狭いダンジョンで大声を出せば、その声はあちこちで反響しながらかなり遠くまで運ばれていく。
 それなのに、何の反応も無い。近くにパステルが居るのなら、あいつのこったから何も考えずに呼びかけて来るだろう。それが無い……ってことは……
 不吉な予感に慄いて、俺はぶるぶると首を振った。
 まさか、いくら何でも。あいつだってレベルは低いとは言え、それなりに経験を積んだ冒険者なんだ。まさか……
 まさか、なあ……?
「……トラップ……」
 そして、その不安は、どうやら同行者にも伝染したらしい。
 行けども行けども誰の姿も見えねえ。声も聞こえねえ。散漫的に襲って来るモンスターはお世辞にも強敵とは言いがたかったが、それでも、その爪も牙も、大怪我をさせるには十分な威力を持っていて……
 まさかっ……!?
「パステル! パステルー!!」
 小一時間が経つ頃には、既に、お互い軽口を叩く余裕はなくなっていた。
 この状況で俺達まではぐれたら一大事とばかり、お互いに声を張り上げながらダンジョンの中を彷徨い続けた。
 そして……
 俺達は、「それ」を見た。

「ぱ、パステルっ!?」
 最初に見つけたのはクレイだった。
 その声に振り向いた瞬間、俺は、息を呑んで後ずさった。
「パステルっ……おいパステル! ……だよなっ……!?」
「…………」
 呼びかけに疑問の色が混じったのは、その人影が、何の反応も示さなかったから。
 癖のある長い金髪も、揺れている赤いリボンも、白いブーツも白いマントも、地面に転がっているリュックも。何もかも、パステルのものに違いなかった。
 けれど……
「……お、おい、トラップ……」
 ごくり、と。クレイが息を呑む音が、はっきりと聞こえた。
 パステルは居た。俺達の……頭上に。
 よく気がついたな、とクレイをねぎらいたくなったが、しばらく見上げているうちに、気づいた「理由」が、わかった。
 パステルは目を閉じていた。どうやら気を失っているように見えた。
 その身体を拘束していたのは……何かの、蔦。
 いや、それは蔦と呼んでもいいものか? 地面からわさわさと生えた「それ」は、俺達の目の前で、増殖しながら壁を這い上がり、うねうねと気色悪い動きを見せていた。その色は気色悪い闇に沈む土色。そんな蔦(?)が、音一つ立てず、気配の一つも見せず、ただ静かに壁を這い回っていく様は、不気味を通り越して妙に非現実的だった。
 だが、いくら現実味がなくても。「ソレ」が確かに目の前で起こっていた、ということは……事実。
 動きながら、その蔦は。パステルの身体に絡みつき……その服を、剥ぎ取っていた。
「…………!」
 とっさにクレイが剣を抜いた。鋼の光が一線し、目の前の蔦がかき切られる。
 だが、それだけだった。蔦はばっさりと両断されたものの、一向に止まる気配はなく。むしろ、両断された先からわさわさと増殖を続け、地面を這いながら俺達に襲いかかってきた!!
「!!」
 とっさにその場から飛びのく。タッチの差で逃れた瞬間、蔦が「ばしっ!」と地面を叩き、しゅるしゅるとひっこんでいった。
 見事にえぐれた地面を見てぞっとする。たかが植物……なんて、侮れる相手じゃねえっ……!
「ぱ、パステル……」
 クレイの顔が蒼白になっていた。目をそらしたいのにそらせない……そんな顔で、頭上を見上げていた。
 パステルは何も気づいていなかった。蔦に引き倒されて頭でも打ったのか、目を閉じたままぴくりとも動こうとはしねえ。
 けれど。
 その桜色の唇は微かに開かれていて、とめどなく、吐息を漏らし続けていた。
 生きている。それだけは、確かだった。
「た……助けねえと……早く……」
「…………」
 一刻も早く何とかしねえと。
 焦りだけが先走り、身体が動かねえ。そんな状態が、永遠にも思える間、続いた。
 俺もクレイも、その光景に目が離せなかった。許されねえことだとわかっていながら、ひたすら、蔦の動きに見入っていた。
 細い腕や脚に絡みつく毒々しい土色の触手。蔦は容赦なく薄い布地を引き裂き、白い肌を大部分あらわにしていた。
 締め上げられてその形をくっきりと浮き上がらせている胸、火照りを帯びて汗でぬらぬらと光る肌……両腕両脚は大きく開いた形で空中に拘束されていて、蔦の力がどれほどのものかを、嫌でも伝えてくれた。
 そして。
 その中心部……両脚の真ん中に当たる部分に、何本もの蔦が集まっていた。
 一体、何が起きているのか。その蔦は植物なのかモンスターなのか? キットンがいない今、誰かに聞くこともできねえ。
 まるで生き物のように。その蔦は、蠢きながらパステルを陵辱していた。
 強引に開かれたその場所が、綺麗なピンク色をしていること。
 それを赤く充血するくらいに叩きながら、蔦が、奥へ、奥へと進んで行っているらしいこと。
 蔦を伝ってあふれ出した雫が、地面に大きな染みを作っていること……
 何もかも、見てしまった。
「トラップ……」
 クレイの頬が見る見るうちに紅潮し、振りかぶった剣がぶるぶる震えているのが見えた。
 パステルの存在さえなければ、あんな蔦なんざ、クレイの敵じゃねえだろうに……
「あぁっ……」
 切なげな声が上から漏れて、一瞬、視線を奪われた。
 伸びた蔦が、パステルの胸の頂をくすぐっている光景に。一瞬、燃え上がるような熱い思いを味わった。
 それが、嫉妬、と呼ばれるべき感情であること……
 そのことに気づかないまま。俺とクレイは、わけのわからねえ雄たけびをあげて、蔦へと突進して行った。

「……目に焼きついて、離れないんだよ」
 何もかも話し終えて、クレイは、自分の顔を覆うと、うつむいた。
「俺は最低だ」
「……最低、ってこたあねえだろ。普通じゃねえの? あんな光景見ちまったら、誰でも忘れられなくなる」
「お前もか?」
「…………」
 クレイの問いに答えないまま、視線をそらした。
 それが、十分に答えになっているはずだった。

 どうやって蔦からパステルを解放したかは、よく覚えていない。
 とにかく夢中だった。これ以上、仲間が汚されるのを見ていられなかった。
 その白い太ももを、赤い雫が垂れているのを見た瞬間。頭の中が、真っ白になっていた。
 気がついたとき……
 蔦はばらばらに分断されていて。相変わらず気を失ったままのパステルが、俺の腕の中でぐったりしていた。
 ほとんど全裸に近いその身体を見下ろして。
 一瞬、クレイを目を見交わしてしまったのは……お互いの表情に「罪悪感」なんてものを見出してしまったのは……
 多分、そのとき。お互いが同じ本音を抱いていたからだろう、と。今なら、確信できた。
 だが、結局その場はそれで終わった。理性が勝った、というよりも、痛々しいパステルの姿をそれ以上は見ていられなかったから。
 彼女の荷物からタオルや着替えを出して、可能な限りその身体を綺麗にしてやった。
 よっぽど強く頭を打ったのか、あるいは現実逃避か。その間、パステルは一度として目を開けることなく。
 ようやく正気に戻ったのは、クレイに背負われて、皆の元へと戻る最中だった。
 自分の身に何が起きたのか。パステルは、何一つ覚えてはいなかった――
 俺達に何を見られたのかも。
 何一つ、理解していなかった。

「……なあ、トラップ。俺は、汚いよな?」
「いや」
「正直に言ってくれ……俺は、お前には、お前だけには隠し事はしたくない。だから、言ったんだ。お前に……止めて欲しいから」
「…………」
「このままだと、俺はいつか……彼女を、傷つける」
 そう言って、クレイは、床の上で拳を震わせた。
「いつか、きっと。自分の汚い欲望に負ける。そうなったとき……お前に、止めて欲しいんだ」
「それは無理だな」
「トラップ!?」
「おめえがそうなるよりずっと先に、多分、俺の方が負ける」
 その言葉に、クレイは目を見開いて。やがて、がっくりと肩を落とした。
「……仲間が居た、って、喜んだ方がいいのかな?」
「いや、やめた方がいい」
「だろうな」
 そう言って、クレイは力なく笑った。
 笑いながら、立ち上がった。
「どこへ行くつもりだ?」
「パステルのところに」
 そう言って、クレイは振り向いた。
 その目に浮かんでいたのは、何かの、決意の色。
「彼女を傷つける前に……何もかも話すよ、正直に。自分の本音も、何もかも」
「…………」
「その後のことは、彼女に決めてもらう。俺の顔なんか見たくないって言うのなら……それは、仕方のないことだから。パーティーを抜けるなり、何なり、考えるよ……」
「…………」
「お前は、どうする?」
「行く」
 いちいち聞くようなことか、全く。
「万が一っつーこともあるしな」
「万が一?」
「わたしでよければ喜んで……って、あいつが身体投げ出してくれる可能性もゼロじゃねえだろ」
「おいっ!?」
「冗談だよ。とにかく……おめえ一人に、いい格好させてたまるか」
 そう言って、俺はぐるりと親友の肩を抱いた。
 親友にして、共犯の肩を。
「怒鳴られるにしろ、軽蔑されるにしろ……怯えられるにしろ。おめえ一人の罪にしたりはしねえよ」
「トラップ……」
「何て顔してんだよ。親友だろ? 俺達はよ!」
 ばんっ、と肩を叩いて、ドアを開けた。
 パステルがどんな結論を出すか。それは、俺にもわからねえ。
 笑って許してくれる、なんて都合のいい展開は期待してねえが。それでも、悪気は無い、ってことだけは、理解させたかった。
 俺達は男なんだよ。おめえがどう見ていようと、年頃の、そういうことに興味津々な若い男……
 それを罪だと言うのは、余りにも酷だろうが?
「おめえに任せといたら解ける誤解もこじれるような気がする。……行くか」
「ああ」
 二人で視線を交し合って。
 隣の部屋へと、一歩、踏み出した。