ハロウィン、というイベントがあることを、初めて知った。
けれど、それが自分の誕生日と隣接している……ということには、気づかなかった。
もう今更祝うほどの年でもないだろう、と思っていたし。実際、俺も当日になるまで、全く気づいていなかった。
パーティーのみんなも何も言っていなかったから、多分彼女が祝ってくれなければ、忘れたまま年を越していたことだろう。
毎日顔をつき合わせている仲間が忘れていて、滅多に顔も合わせない彼女だけが覚えてくれている、というのは、何だか複雑な気分だけど。
それでも、祝ってもらえたことは、それなりに嬉しかった。
最後に彼女と誕生日を祝い合ったのは、それこそ三年も四年も前の話だったと思う。
それでもなお、俺の誕生日を忘れないでいてくれたことが、素直に嬉しかった。
「ん〜〜駄目みたい、ね……」
俺の前で唸り声を上げているのはマリーナ。その向かいで腹を抱えて笑っているのはトラップ。
場所はエベリンのマリーナの家。何でここに居るのかというと、ハロウィンというイベントに参加しないか、とマリーナに誘われたから。
聞いたことの無いイベントだったけれど、パーティーと言うからには、ご馳走だって出るんだろうし。マリーナの家に泊めてもらえるのなら、宿代の心配もいらない、ということで、パーティー全員で押しかけることになった。
突然たくさんの客を招くことになって、マリーナも大変なんじゃないか、と思うけど。それを全然顔に出さないのは大したものだと思う。
まあ、彼女は、あの大家族ブーツ一家で育った子だから。大勢の客を相手にするのには慣れているんだろうけれど。
いや、それはともかく。
「ごめん、マリーナ。せっかく用意してくれたのに」
「あ、ううん! クレイが謝ることじゃないわよ。わたしの見立てが甘かった、ってことだから。それにしても、ねえ……」
俺の姿を頭からつま先まで睨みつけて。マリーナは、爪を噛みながら唸った。
「クレイ、また背が伸びたんじゃないの?」
「……そうかな?」
「絶対そうよ。最後に会ったときの体形だったら、このサイズでぴったりのはずだもの!」
マリーナが力説しながら突き出したのは、品のいいスーツ。
いや、説明が足りなかった。ハロウィン、というイベントは、どうやら仮装パーティーの一種らしい。
みんなで仮装をして、お菓子をねだって歩いては、最後に集めたお菓子を持ち寄ってわいわい騒ぐ、そういうイベント、らしい。
マリーナは古着屋をしているだけあって、衣装は豊富に持っている。だから、彼女が俺達の仮装道具一式を準備してくれることになったんだけど。
俺のために揃えてくれたらしい、この衣装……どうやら、吸血鬼の扮装らしいけど……
そのスーツが、俺の体形に合わなかった。何にもめているのかと言えば、その一言で終わる。
……伸びた、のか? いいかげん、成長期は過ぎたと思ったんだけどな。
「以前、あなたにマントを売ったことがあったでしょ? あのマントと同サイズよ、このスーツ」
「けど、マントは……」
「ううん! ちょっと、トラップ! クレイのマントを取って!」
「へいへい。ったく、人付き合いの荒いことで」
マリーナの言葉に、トラップが俺のマントを放り投げてきた。
いつも身に着けている青いマント。マリーナの見立ててくれたそれは、センスもいいし、何より暖かいし。冬場は随分と重宝させてもらったものだけど。
羽織ってみて、初めて気づいた。その丈が、初めて着たとき……つまり、買ったときよりも、明らかに短くなっていることに。
……縮んだ?
「あなたの背が伸びたのよ! もうっ! たったの一年よ、一年! 一年でどうしてそこまで背が伸びるのかしら。もう成長期の子供ってわけでもないでしょうに」
ぽかんとしている俺を見て、マリーナはイライラしたように叫んだ。どうやら、見立てを間違えた……ということに、プライドが傷つけられたらしい。
「ご、ごめん」
「あら、謝る必要なんか無いけどねっ! うーん……もう、しょうがないわね」
そうして。
袖や丈の足りないスーツをどうにかできないものか、と四苦八苦した後。
マリーナは、諦めたように衣装をトラップの方に放り投げた。
「交代しましょ」
「ぶわっ! い、いきなり何だ、おいっ!」
「交代! かぼちゃ魔人、あんたにぴったりだと思ったんだけどね。こうなったらしょうがないわ。今更他の仮装を考えてる暇なんて無いし」
そう言って、マリーナは吸血鬼の衣装一式をトラップに押し付けると、代わりに、俺にトラップの衣装……つまり、かぼちゃの被り物とマントを押し付けてきた。
「こっちの扮装なら、服はマントを羽織るだけだから何とかなるでしょ? トラップに吸血鬼をやってもらうわ……もったいないけど」
「おい、そりゃどういう意味だ!」
マリーナの言葉に、トラップは憮然とした表情で言ったけれど、俺は見逃さなかった。奴の口元がしっかり笑っていることを。
……そりゃあ、まあ。吸血鬼とかぼちゃ魔人だったら……吸血鬼の方が、格好はつくよなあ。いや、俺は別に何でもいいんだけど。こういうイベントは、楽しむのが第一で、格好いいかどうかなんて問題じゃないと思うし。
「じゃあ、そうするよ。悪いな、マリーナ。迷惑かけて」
「謝ることじゃないって言ってるでしょ! もう!」
俺の言葉に、マリーナはぷいっと視線をそらしながら、ノルとキットンの方に向き直った。
特殊メイクに没頭する横顔は、やっぱり……怒ってるように、見える。
……悪いこと、したかな? マリーナに任せっきりにするんじゃなくて、仮装道具くらい、自分で用意するべきだったかな、やっぱり。
「ああ全く、素直じゃねえこって」
そんなマリーナを身ながら、トラップが妙な感想を漏らしていたのが、印象的だった。
ようやく仮装が終わって外に出ると、既に外には、大勢の人が集まっていた。
みんな揃いも揃って魔女だのモンスターだのの扮装をしているから、気の弱い人なら腰を抜かしそうな光景が広がっていたけれど。大きなイベント、ということもあって、みんなの表情には例外なく笑顔が浮かんでいた。
さて、パステルとルーミィはどこにいるんだろう?
先に扮装を済ませてイベントに参加しているはずの彼女達を探していると、トラップが、早速どこかの家のドアを叩いているのが目に入った。
素早い……さて、俺はどうしたものか。
隣に立っているノルと周囲を見回していると、キットンが「おや、あそこに居るのはパステルでは?」なんて言いながら走って行った。何となくその姿を追っていると、魔女の姿をした女の子二人が、どこかの家から出てくるところだった。
あれがパステルとルーミィか。それにしても魔女のローブとは……あんな衣装、一体どこから見つけて来たんだろう?
「クレイ、どうする?」
横で、フランケンシュタインの格好をしたノルが、困ったような顔で言った。
「俺、こういうの苦手かもしれない」
「……そうだな。俺も」
その言葉に苦笑いを浮かべて、狭い視界の中で、苦労しながら周囲を見回す。
冷静に考えると、縁もゆかりも無い人の家のドアを叩いて、「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ」って言って回るんだよな。それって、かなり図々しいというか……いや、イベントなんだから、気にする方がおかしいのかもしれないけど。
「無理にお菓子を集めて回らなくてもいいんじゃないか? どうせトラップやパステルがいっぱい集めて来るだろうし。俺達は、この辺をうろうろしてよう」
「そうだな」
これだけ人が多いと、はぐれる危険がある。
もちろん、はぐれたってマリーナの家に戻ればいいだけの話なんだけど。我がパーティーには、どうもそれだけじゃ安心できない人もいることだしな。
「俺、目印代わりにここに居る」
「付き合うよ」
ノルと二人で笑いあって、俺達は、喧騒溢れるエベリンの街で、イベントが終わるのを待つことにした。
珍しいことに自分の勘が外れていなかった、ということがわかったのは、それから数十分後のこと。
イベントのラストは、どこかの店を借り切って大パーティーをする、ということだった。
そのパーティーの時間までに、できるだけ多くのお菓子を集めて回ること……って話だったはずなんだけど。パーティーは、一体いつ始まるんだろうな?
いいかげん、狭い視界で首を動かしているのにも疲れて。俺が、頭に被ったかぼちゃを外して息をついていたときのことだった。
「おーいっ!」
どこかで聞いたような声に振り向くと、隣のノルが、同じように視線を動かしているのが見えた。
その先に居るのは……いや、こっちに向かって走って来るのは、あれはトラップ? と……
「トラップ! ルーミィ、シロ……キットンも! どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも!」
はあはあ、と息を切らして。トラップは、ぐいっ、と視線を上げると、小脇に抱えていたルーミィとシロを放り投げてきた。
っと! あ、危ない! 何てことするんだ、こいつは!?
胸にとびこんできたシロを抱き留めると、隣で、ノルがルーミィを抱えているのが見えた。
「のりゅう……」
「クレイしゃん! 大変デシっ!」
二人とも目を真っ赤にしていて、随分長い間べそをかいていたのがわかった。
そして。
居るべきはずの人物が一人居ないことに気づき。大体の事情を悟っていた。
「……もしかして、またか?」
「また、だよ! ああもうっ! あいつはどーしてこう毎回毎回っ……」
仮装をしていなければ髪をかきむしりそうな勢いで地団太を踏んだのがトラップ。その横で、「まあいつものことです」と諦めきったため息をついたのが、キットン。
そう。全くいつものことだ。何故か、この町に来ると、彼女は高い確率で姿を消す。本当に、あれは一種の才能だと思うな……彼女本人が聞いたら、怒るだろうけれど。
「いえね、私があちこち家を回っておりましたら、ルーミィとシロちゃんが泣いておりましてねえ。どうしたものかと思ったら、泣き声を聞きつけてトラップが来てくれまして」
「俺、ちっと探してくらあ。チビどもの相手、頼んだ」
そうして。
どうしたものか、と視線を巡らせた後。「はああああああああああああああああ」と巨大なため息をついて、トラップの姿が、喧騒の中に消えた。
……まあ、あいつに任せておけば大丈夫だろう。今までも、そうだったし。
「では私も。まあ、トラップ一人に探させると、後で文句を言われそうですからね」
そうして。
俺の視線を感じ取ったのか、キットンがトラップとは逆方向に走り出し。再び、その場に俺とノル、それにルーミィとシロが取り残された。
……さて。
「俺は……ここで待ってる。俺がここに居たら、みんな集まりやすいと思うし」
泣きじゃくるルーミィをあやしながら、ノルがぽつりとつぶやいて。優しい視線を、俺に向けた。
「クレイは、どうする?」
「……そうだな。無い、とは思うけど。先に戻ってるかもしれないし……俺、ちょっとマリーナの店を見てくるよ。ノルはここに居てくれ、頼む」
「わかった」
「ルーミィとシロは……」
「るーみぃ、ここにいるお!」
俺の言葉を遮って、ルーミィは、頬を膨らませて言った。
「ここでぱーるぅを待つんだお!」
「ルーミィしゃんがここに居るなら、僕もここに残るデシ!」
「……わかった」
抱いていたシロをノルに預けて、俺は、来た道を一目散に戻って行った。
正直、パステルが一人でマリーナの家に戻れるとは……あんまり思えないんだけど。
でも、万が一、ということもあるし、遅くなったらマリーナも心配するだろう。事情を説明しておかないと。
……少しは、機嫌が直ってるといいんだけどな。
抱えたかぼちゃに視線を落として。
人が減りつつある大通りを、一目散に駆け抜けて行った。
「あら、どうしたの?」
突然戻ってきた俺を見て、マリーナは、目を丸くしていた。
出てくるとき、テーブルの上に山と積まれていたクッキーは、大分少なくなっていて。代わりにテーブルを占拠しているのは、ほかほかと湯気を立てている、美味そうな料理。
……ああ、そうか。そう言えば、「待機係り」のマリーナは、みんなに配るお菓子だけじゃなくて、最後の大パーティーのために料理の準備もしなきゃいけないんだっけ……
俺達が出て行った後、一人で用意してたのか。……通りで突っ立っているくらいなら、手伝ってあげるべきだったかな。
「マリーナ、パステルは戻ってないか?」
「パステル?」
俺の言葉に、マリーナは眉をひそめて首を振った。勘のいい彼女には、それだけで、事態を理解できたらしい。
「まさか、パステル……また?」
「……らしい」
苦笑を浮かべて椅子に腰掛けると、ことん、と、暖かいお茶を出された。
そう言えば、喉が渇いたな……
意識していなかったけれど、随分と疲れていたらしい。
甘いお茶は、口にふくんだ瞬間全身に染み入ってきて、一気に疲れが吹っ飛んだ。
「今、トラップとキットンが探しに行ってる。俺は、もしかしたらこっちに戻ってるんじゃないかと思って、見に来たんだ」
「そう……こっちには来てないわね。でも、トラップが探しに行ったんだから、心配することもないんじゃない?」
そう言って、マリーナは、俺の向かいに腰掛けた。
頬杖をついて、まっすぐに俺を見つめていた。
その視線が、何故か、居心地が悪くて。俺は、視線を合わせないようにしたまま、もう一口、お茶を飲んだ。
何だろう。何だか、落ち着かない。
そう言えば、マリーナと二人きりになったのは、随分と久しぶり、だよな。昔、ドーマに住んでいた頃だって、大抵はトラップが一緒だったし……
いや、だから。それがどうしたんだ? おかしいぞ、俺。
「ごめんなさいね」
そうして。
心の中で答えの出ない自問自答を繰り広げていたとき。不意にとんできたのは、予想もしなかった、言葉。
「ごめんなさいね、クレイ」
「え?」
「さっき」
とっさに、何のことを言われているのか、よくわからなかった。
「さっき、八つ当たりみたいなことしちゃって、ごめんなさい。あの後、反省したの。本当にごめんね」
「あ……いや」
さっき、と言うのは、衣装合わせのこと……だよな。
そんなに気にしてくれていたのか。別に、マリーナが謝るようなことじゃないのに。
「別にいいよ。サイズのこととかさ、全然伝えてなかった俺達も悪いんだし。衣装くらい、自分で用意すればよかったんだしさ。こっちこそ、何もかもマリーナに任せっきりにしちゃって、ごめんな?」
「ううん」
俺の言葉に、軽く首を振って。マリーナは、「ふう」と小さく息をついた。
「違うの。そんなことじゃない……衣装のサイズとか、そんなのは、どうでもいいの」
「どうでもいい?」
「何だか、ちょっと、ショックだった」
そう言って、マリーナが浮かべたのは。本当に寂しそうな……笑み。
「ショックだったの。わたしの知らないところで、クレイはどんどん成長してるんだな、って」
「……成長?」
「再会したとき、嫌ってくらい思い知ったはずなのに。ほんのちょっと離れていた間に、クレイが、また遠くに行っちゃったみたいで、それが、凄く寂しかった」
「遠くに? 俺が?」
再会したとき……それは、あの、海図の事件に巻き込まれたときのことだろうか。
確かに、あのときは久しぶりの再会だった。ドーマで別れて以来会っていなかったマリーナが、随分と綺麗になって、昔からしっかり者だったけれど、エベリンという大都会で一人前に店を持っていることを聞いて。マリーナも頑張っているんだな……と、嬉しかった。
次の再会は、王女の振りをして借金取りからお金を騙し取ったとき。その次は……そう、キットンの奥さんを、探しに行ったとき。
会うたびに、マリーナは少しずつ変わっていった。年頃の女の子はどんどん綺麗になっていくものだって言うから、それが当然だと思っていた。
だけど。
その一方で、自分の変化については、ほとんど考えたこともなかった。毎日毎日見ている自分自身が成長しているかどうか、なんて、殊更意識したことは、なかったから。
「俺は何も変わってないよ」
「嘘」
「本当だって。そりゃ……ちょっとは背が伸びたかもしれないけど。でも、それだけだって」
自嘲的に笑って、胸元から、冒険者カードを引きずり出す。
初めての再会から、一年と少し。その間、レベルはほとんど変わっていない。お祖父様に見られたら激怒されそうな、実に情けない、冒険の結果。
「俺は、何も変わっちゃいないよ。本当に、呆れるくらいにな」
「…………」
「変わったのは、マリーナの方なんじゃないのか?」
そう言った瞬間。
不意に、マリーナが顔を伏せて。そのまま、手で顔を覆った。
泣いているわけじゃない。けれど、今にも泣きそうなのを堪えている……そんな、様子で……
「ど、どうした!?」
「……ごめん……」
「どうしたんだよ、マリーナ。俺、何か変なこと、言ったか!?」
おろおろと立ち上がって、マリーナの肩に手をかける。
その肩がひどく華奢なことに驚きながら、そっと、その頭を撫でた。
子ども扱いして、と怒られそうだけど。今の俺には、それくらいしか、できることが思いつかなかった。
「本当に、ごめん。その……泣かせるつもりじゃなかったんだ。……ごめん」
「…………」
「でも、本当のことだから」
それだけは、誓って言える。
視線を合わせようとしないマリーナの顔を覗きこんで、俺は、きっぱりと告げた。
彼女が何を考えているのか、何を思っているのか。多分、俺はそれを本当の意味では理解してないと思う。
だけど、泣いていて欲しくはなかった。
俺のことで、泣いて欲しくはなかった。彼女には、いつだって、笑っていて欲しかったから。
「本当だから。俺はどこにも行ったりしないし、何も変わっていない。マリーナが知ってる、昔の俺のままだから」
「…………」
「マリーナが変わった、っていうのは、その……変な意味じゃ、なくてさ。いつの間にか、こんな店を持って、一人でしっかりやってるんだな、って。大人になったんだなって、その……驚いて、感心して……その……」
言いながら、自分が何を言いたいのかがわからなくなってきた。
自分の言葉が、ますます彼女を傷つけることになるんじゃないか。そんな予感も、無いでは無かったけれど。
でも、だとしたら……他に、何を言えばいい?
彼女は勘のいい人だから。適当な慰めの言葉なんか、絶対に通じやしない。
いつだって、本音でぶつかってやるしかない。俺にとってのマリーナは、そういう相手なんだ。
嘘をついて泣かれるのは、もう真っ平だから。
「綺麗に、なったから」
「…………え?」
「マリーナは綺麗になったよ。本当に、大人になった。久しぶりに会って、本当に、驚いた」
「…………」
「驚いて、情けなくなったよ。俺は何にも変わってないのに、マリーナは随分と先に行っちゃったんだな、って」
そう言って笑う俺を見て。マリーナが浮かべたのは、弱々しい笑み、だった。
けれど、その中には、悲しみめいた感情は含まれていないように見えた。少なくとも、今は。
「自分の成長なんてさ、自分自身が、一番わからないものなんじゃないかな。少なくとも、俺はそう思う」
「……そうね」
俺の言葉に頷いて。マリーナは、ぐいっ、と目じりを拭った。
その頬に、涙の痕は、見えなかった。
「そうね、そうかもしれない……ごめんね、困らせて。驚いたでしょう?」
「……少しね」
「ふふっ。正直ね、クレイは。本当に」
そう言って、マリーナは、ゆっくりと椅子にもたれかかった。
その表情が、随分と大人びて見えて。どうしてか、鼓動が、少しばかり早くなった。
「嫉妬、してたの」
「……え?」
「わたしは、もうクレイの成長を見ていくことができないのに。トラップやパステルは、あなたの成長を毎日見届けることができるんだな、って。何だか、嫉妬してた」
「……考えすぎだよ。俺は成長なんてしてないし、仮にしていたとしても、トラップ達は何にも気づいてないよ。毎日顔をつき合わせていると、そういうことは、逆にわからなくなるんじゃないかな?」
「そう?」
「ああ。そんな風に言ってくれたのは、マリーナが初めてだよ。……嬉しかった。ありがとう」
「……こちらこそ。綺麗になった、って言ってもらえて、嬉しかったわよ? まさか、クレイの口からそんな言葉が出るなんて思わなかったから」
そう言って、マリーナは、笑った。
笑って、大きく、伸びをした。
「さて、そろそろパーティー会場に行かなくちゃ……パステルは、見つかったのかしらね? まあ、トラップのことだから、大丈夫だとは思うけど」
「え!? もうそんな時間なのか!?」
「ええ。外も大分静かになってるし、お菓子をねだりに来る人もいなくなったしね。クレイ、良かったら、料理を運ぶのを手伝ってくれる?」
「あ、ああ。それは、もちろん」
言いながら目の前の鍋を抱え上げると、すっと、隣にマリーナが並んだ。
そうして、俺の手の上に、自分の手を重ねた。
「ねえ、クレイ」
「……何だ?」
「時間、気づいてる?」
「時間?」
「パーティーは、夜の0時から始まるの。ハロウィンが終わり、後夜祭、ってところね」
「…………? だから?」
「もう、鈍いわねっ!」
そう言って。
一体、いつの間に用意したのか。
俺の手の中に、小さな小箱を滑り込ませて。マリーナは、小さく囁いた。
「ハッピーバースディ、クレイ。お誕生日、おめでとう」
「……え?」
「さあ、行きましょうか。もうパーティーは始まっちゃってる。早く行かないと、主催者に怒られちゃうわ!」
ぱっ、と身を離して。マリーナは、大きな皿を抱えると、外へと飛び出していった。
その頬が真っ赤に染まっていたように見えるのは……俺の気のせいじゃ、ないよな?
「誕生日……そうか……」
十月三十一日は、ハロウィン。
夜の0時を過ぎて、今は、既に十一月一日になっているから……
「覚えていてくれたのか」
最後に祝ったのは、いつになるだろう。
多分、あの調子だと、パーティーの連中はみんな忘れているんだろう。俺自身だって、言われるまで、忘れていた。
けれど、彼女は覚えていてくれた。
他の誰に祝われるよりも、素直に、嬉しいと思えたから。
自然と頬が緩むのを感じながら、俺は、大きな鍋を抱えて、マリーナの後を追って、外に出た。