フォーチュンクエスト二次創作コーナー


トラマリ 共同戦線編

 応援してあげたいのよ、と言われたとき、いいのか? と聞き返した。
 おめえだって、あいつに惚れてたんじゃねえの? と聞くと、馬鹿ね、どうしてそう思うの? と、真顔で返された。
 その笑顔は、嘘をついているようには見えなかった。
 だから、俺は素直に手を貸してやることにした。
 手をかしてやることで、あいつの傍に居られる。それが、素直に嬉しかった。

「良かったな」
「おめでとう」
 俺とマリーナの言葉に、祝福を受けている二人……クレイとパステルは、照れたように、顔を伏せた。
「何だか、恥ずかしい。あの、あのさ! お願いだから、変に気を使ったりしないでよっ!」
「へえへえ」
「わざとらしく二人っきりに、なんて、する必要ないからねっ!」
「へえへえ」
「……トラップ、全然聞いてないでしょ!?」
「まあ、まあパステル」
 いいかげんな態度で耳をほじる俺を見て。パステルは拳を振り上げて抗議をしたが。それを、クレイがやんわりといさめた。
「こいつだって馬鹿じゃないよ。パステルの言いたいことくらい、ちゃんとわかってるさ」
「クレイ、でも……」
「それに、俺は別に構わないと思ってるよ」
 にっこりと笑うクレイの顔は、嫌味なくらい爽やかで。そんな笑顔を向けられて、パステルがそれ以上逆らえるわけもねえ。
「本当に、お似合いよね、二人は」
 そうして。
 俺の隣で、腕組みをして立っていたマリーナが。感心したように、つぶやいた。
「それでこそ、わたしとトラップが苦労した甲斐があるってものよ。ねえ?」
「ああ。全くだ」
 マリーナの言葉に、万感の想いをこめてつぶやくと。「苦労って、何のこと?」と、腰が砕けそうになる台詞が、とんできた。
 ああ、全く人の気も知らねえで。こいつは本当に幸せな奴だ。
「わかんねえのならいい。おい、マリーナ。そろそろ行こうぜ」
「そうね。じゃあね、お二人さん? 邪魔者は退散するから、後は二人でごゆっくり」
「ゆ、ゆっくりってー!」
 マリーナの言葉に、パステルはあたふたと首を振って。
 それでも、最後には全く裏の無い笑顔で、手を振った。
「二人も、頑張ってね!」
 それはどういう意味なのか。
 そんなことは、問うまでもねえ。

「本当にお似合いよね、あの二人は」
「ああ。確かにな」
 エベリンのマリーナの家から、少し離れたところにある、公園。
 季節のせいか、あるいは時間のせいか。遊んでいる奴は誰もいねえせいで、妙な物悲しさをかもし出している空間に。
 俺とマリーナは、二人で、立っていた。
「苦労したわよねえ。ねえ、わたし達がわざとあの二人だけ残して出かけたこと、何回あったか、覚えてる?」
「覚えてるわけねえだろ。でもまあ、ほとんど毎日だったのは確かだよな」
「そのたびにルーミィの世話を押し付けられていたノルは、大変だったでしょうね」
「あいつはわかってるよ、それくらい。っつーか、わかってねえのが当人達だけっつーのがなあ。全く、鈍感な連中だぜ」
 軽口を叩きながらも。マリーナの横顔から、目を離すことができなかった。
 昔からちっとも変わっていない……再会したときは、そんな風にも思ったが。
 こうして、改めてみると。変わってねえように見せかけて、やっぱり、随分と変わったんだな……と、そんなことを、ぼんやりと考えていた。
 綺麗に、なった。
 もっとも、素直にそんなことを口に出した日には、爆笑されるだろうが。
 ……マリーナ。
「おめえ、本当にいいのか?」
「何を?」
「だって、おめえは……」
「…………」
「おめえは、本当は……」
「トラップ。それ以上言ったら、怒るわよ、わたし」
 言いたいことはわかっているのに、口に出すことができねえ。
 押し黙った俺を優しい目でにらんで。マリーナは、どこまでも強い口調で、きっぱりと言った。
「ずっと昔……初めて会った頃のこと、覚えてる? わたしが、初めてあんたの家に来たときのこと」
「……ああ」
「あの頃は、わたし、クレイのことだけをずっと見ていた気がする。両親に捨てられて、ブーツ一家にもらわれて……でも、本来なら近づくことも許されないはずの、立派な家の出のクレイは、わたしを、いつだって一人の幼馴染として扱ってくれたわ」
「…………」
「わたし、それがとても嬉しかったから」
「……そっか」
 言われた言葉に、ズキリ、と、胸が痛んだ。
 おめえが、クレイのことをずっと見つめていたように。
 おめえのことをずっと見つめていた奴も、ここに居るんだ、と。言えるものなら、言ってしまいたかった。
 言えなかった理由は、単純。俺がマリーナの気持ちを知っていたから、という、ただそれだけ……
「本当にいいのか……おめえなら、奪うこともできたんじゃねえのか」
「奪う?」
「おめえとパステルなら。おめえの方が……」
「トラップ」
 俺の言葉をやんわりと遮って。マリーナは、そっと、目を伏せた。
 その表情に宿る感情が何なのか。人を見る目はある方だと自負している俺にも、わかりかねる。そんな、複雑な顔で。
「言ったでしょ? あの頃は、って」
「…………」
「クレイに優しくしてもらえて、嬉しかったのは事実よ。でも、そのうち気づいたの。クレイは誰にだって優しいわ。わたしにだけ優しかったわけじゃない。わたしを特別に見てくれていたわけじゃない……そんな簡単なことに、ね」
「…………」
「わかる? トラップ。女はね、好きな人には、いつだって特別な存在でいたいのよ。クレイにとって、わたしは特別な存在にはなれない……そうわかったとき、自分でもびっくりするくらい、簡単に諦めることができたわ」
「諦める?」
「そう、諦めることができたの。『しょうがないかな』って、本当に、あっさり。最初から、身分が違うとか……それに、サラのこととかね。色々と、考えてはいたのよ。もしもクレイと付き合えたら……そんな風に考えたとき、どうしてか、幸せな未来はちっとも浮かんでこなかった。自分でも嫌になるくらい、嫌なことばっかり考えちゃって。どうしても、素直に喜ぶことができなかった」
「おめえ……」
 諦めることができたのは、いつなのか。
 自分がクレイにとって特別な存在じゃなかった、ということ。それに気づいたのはいつなのか。
 本当は、それを聞きたかった。
 それは、もしかしたら……冒険者になった俺達と、久々に再会したとき。
 パステルを見るクレイの目に気がついたときじゃないか、と。そんな風に、思ったから。
「おめえ、もしかして……」
「ねえ、トラップ」
 何をどう言えばいいのか。
 そんな、答えの出ねえ葛藤の中で。
 それでも放っておくことができなくて、一歩踏み出した俺の手を、やんわりとつかみとって。
 マリーナは、小さく、笑った。
「近すぎて余計に気づかないってこと、あるわよね」
「……は?」
「あんたは、わたしにクレイが好きなんじゃないのか、って言ったわね。最初に、わたしがクレイとパステルをくっつけたい。協力して欲しい、って言ったとき」
「…………」
「わたしは馬鹿なことを言うな、って言った。それを聞いて、あんた、あっさり言ったわよね。『協力してもいい』って」
「……ああ」
「わたしこそ、そのとき聞きたかった。あんたはパステルのことが好きなんじゃないの? って」
「……は?」
 それは、まさしく予想外の言葉だった。
 パステル。クレイの恋人となった女。俺にとっては、パーティーの大切な仲間でもある、女。
 決してそれ以上ではない、そんな相手。
「あに言ってやがる。何でそうなるんだ? 俺がパステルのことを好き?」
「そうじゃないの?」
「ありえねえ。何言ってんだか。第一、パステルは最初っからクレイのことしか見てなかった」
 それは、本当だった。
 クレイと二人で旅をしている最中に出会った女。モンスターに襲われているところを助けてやる、という美味しいシチュエーションではあったが、そんな対象として見たことはただの一度も無い。
 最初から、パステルの目にクレイしか映っていないことに気づいていた、というのも理由の一つ。
 そして、それ以上に……
 俺にとって、そんな対象として見れる女は、昔から一人しかいなかったから。
「パステルのことをちっとでもそんな風に思ってたら、協力なんかするかよ。何とも思ってねえから協力したんだ。簡単なことだろ?」
「じゃあ、何であんた、わたしにクレイが好きなのかってしつこく聞いたの?」
「…………」
「今でも、そう思ってるでしょ? わたしがクレイのことを好きだって言うのなら、どうしてパステルとの仲を取り持ったりするのよ。おかしいじゃない」
「……それは……」
「言ったでしょう? クレイに淡い恋心を抱いたことも確かにあった。けど、それは全部過去のことなのよ。クレイのこともパステルのことも大好きだから、二人には幸せになって欲しい。素直にそう思えるし、こうなったことを、わたし、全然後悔してない」
「…………」
「あんたは?」
「……俺?」
「後悔してないの?」
「まさか」
 即答だった。
 後悔なんて、するわけがなかった。俺にとっても、クレイは大切な幼馴染で、パステルは大切な仲間。
 二人には幸せになって欲しい。その気持ちは、マリーナと同じだ。一生、変わることはねえだろう……
 そして。
「おめえの幸せは?」
「わたし?」
「クレイとパステルの幸せを祈るって、そう言ったな。おめえは、これからどうする?」
「…………」
「自分の幸せは、考えてねえのか?」
「…………」
「もし……」
 パステルに関して抱いた思いは、幸せになるといいな、という、ただそれだけのものでしかなかった。
 けれど。こいつに関しては。
 ずっと小さい頃から、同じ屋根の下で暮らしてきて。その人間らしい弱さも、醜さも、何もかも知っている相手だった。
 そして、そんな人間らしい欠陥を素直に認めて克服できる、その強さが、眩しかった。
 誰よりも胸の中で寂しさを抱えているくせに、それを決して表に出そうとしない。誰に頼ることもせず、何もかも自分一人で抱え込もうとする……意地っ張りなところが、愛しかった。
 幸せにしてやりたいと、そう、思った。
「もしも、おめえが……」
「トラップ」
「ん?」
「近すぎて余計にわからなくなることって、あるわよね……」
 ふっ……と、温もりが、腕に触れた。
 同じ台詞を繰り返して。マリーナは、俺の腕にすがるような格好で、上目遣いに、見上げてきた。
「わたし、全然気づいてなかったわ。わたしがずっとずっと求めていたものは、案外近くにあったんだ、っていうこと」
「…………」
「パステルのことは、何とも思ってない……クレイと一緒になって欲しい。あんたが、そう言ってくれて。わたし、凄く嬉しかったわよ?」
「……そうか」
「もし……」

 ――もしも、わたしが……――
 ――あんたに、クレイとパステルのことで協力して欲しい、って言ったのが……――
 ――どんな理由でもいいから、あんたと一緒に居たかったんだ、って言ったら……――
 ――わたしを見つめてくれるあんたの目が、凄く嬉しかったからだ、って言ったら……――
 ――そうしたら、あんたは、何て答える?――

 ――そんなのは、決まってる……――
 ――考えるまでも、ねえよ――
 ――俺も同じ気持ちだって、そう答えてやるだけだ――
 ――どんな理由でもいいから、おめえと一緒に、居たかった――

「ねえ。わたし、そろそろ自分の幸せを考えてもいいわよね?」
「当たり前だろ。何で駄目だって思うんだよ」
「わたし、今までブーツ一家に、凄く良くしてもらったから。凄く凄くお世話になったって、今でも、感謝の気持ちは忘れてないから」
「ああ」
「これ以上幸せにしてもらっていいのかな、って。そう思ってるのよ」
「……いいに決まってんだろ」
 小柄な身体を抱きしめて。随分と長くなった髪を、そっと梳いてやった。
 一人で泣いているマリーナに気づいてやれるのは、いつだって、俺だけだった。
 泣いているマリーナを慰めるのは、いつだって、俺の役目だった。
「今までおめえを世話してきてやったのはブーツ一家。俺の親父と、母ちゃんだ。おめえを幸せにしてやるのが、ブーツ一家の務め。それが引き取った奴の責任ってもんだろ」
「……うん」
「だあら、ブーツ一家の長男として、今度からは、俺が責任持って面倒見てやる」
「ふふっ。偉そうなこと言って。逆じゃないの? わたしがあんたの面倒を見てあげる、の間違いじゃない?」
「言ってくれるぜ。ま、俺としちゃあ、どっちでもいいんだけどよ」
「そう?」
「ああ」

 そう。そんなことはささいな問題。どっちが面倒を見るとか、どっちが守ってやるとか。そんなことは関係ねえ。
 ただ、傍に居てくれるだけで、いいんだ。

「……よろしくな」
「こっちこそ。これからも、ずっと……よろしくね?」
 ふと視線を下ろすと、軽く開いた唇が、俺を誘っているように見えた。
 被せるようにして自分の唇を重ねた瞬間、細い腕が回りこんできて。そのまま、強く、抱き寄せられた。
 いつまでもこうしていたい、という、あいつの心の訴えが、聞こえてくるようだった。