フォーチュンクエスト二次創作コーナー


トラパス 復讐編

 そもそもこの俺が、あの方向音痴マッパーに惚れてしまうなんて、どこの誰が思っただろう?
 正直に言えば、俺自身が一番信じられなかった。
 俺の好みは、どっちかっつーとこう、美人で出るとこが出て引っ込むとこが引っ込んだナイスバディな大人っぽい姉ちゃんで、あのガキくさくて鈍感でとろくて出るとこが引っ込んで引っ込むところが出てるようなパステルみてえな女は、対極の位置にいるはずなんだが。
 それでも、惚れちまったもんは……仕方ねえだろう?
 気がついたらあいつの顔しか見れなくなってた。あいつ以外の女なんて目に入らなくなってた。
 どこがそんなにいいのか、自分でだってよく説明できねえけど。
 それでも。
 俺は、パステルのことが……

 とまあ、この俺をこれだけ悶えさせること数年。
 今こうして、俺とパステルは「恋人同士」という関係になっている。
 長かった。ここまで来るのにどれだけ長かったことかっ……
 何しろパステルという女は、あの年頃の女としては天然記念物級に恋愛に興味がねえからな。いや、無いことは無いんだろうがその手の感情に素晴らしく鈍い。
 恥とプライドを捨てて俺が露骨に誘ってみても、返って来るのは的外れな反応ばかり。
「なあ、二人でどっか行かねえか?」
「え? 何で二人で? どうせならみんなで行こうよ」
 こんな会話が日常的に交わされていたという事実から、俺の苦労を推察しろってんだ。
 で、まあ俺は悟った。こいつには、遠まわしなことしてたら多分死ぬまで俺の気持ちになんざ気づかねえ、って。
 というわけで。
「おい、話があんだけど、今いいか?」
 お邪魔虫ちびエルフと子ドラゴンを、クレイの野郎を言いくるめてうまいこと外に連れ出させて。
 滅多にしねえノックなんぞしつつ部屋に顔を覗かせる。
 俺の顔を見て、パステルは驚いたように振り向いた。
「何だ、トラップ、どうしたの? 珍しいね、ノックなんかして」
「ああ? しちゃ悪いのかよ」
「別に悪くはないけど。で、何の用?」
 きょとん、と首を傾げるパステルの元にずかずかずかと三歩で歩みよる。
 ぐいっ、と顎をつかむ。
 そして、唇をふさぐ。この間、時間にして三秒とは経っていない。
 ひょい、と顔を離すと、ぽかんとしたパステルの顔が目に入った。
 その顔が、徐々に徐々に真っ赤に染まって……
「なっ……な、何するのよっ!!」
「何って、キス」
「なっ……」
 あっさりと言ってやると、パステルは一瞬言葉に詰まったようだったが。
「だっ……だから、何で、こんなことっ……」
「ああ? おめえ、わかりきったこと聞くなよ」
 逃げようとする身体を無理やり腕でからめとって。
 怯えるようにそらされるその視線を無理やり繋ぎとめて。
 耳元で囁くのは、滅多に使うことのねえ甘い声音。
「嫌いな女にキスする男がいるか?」
 そこまで言えば、さすがのパステルも、俺が言いたいことに気づいたらしい。
 ばくばくという心臓の音が聞こえてきそうな程の動揺っぷりは、見ていてなかなか面白い光景だったが。
「で、どうよ?」
 俺が再度囁くと。
「うっ……うん、わ、わたしもっ……」
 しばらくうつむいた後で。パステルは、上目遣いに俺をうかがって、こくんと頷いた。
「好き……だよ? トラップのこと……」
 このとき俺の頭の中で、ファンファーレが景気良く鳴り響いたことは言うまでもない。

 とまあそういう経緯で、俺とパステルは恋人同士になった。
 だからと言って、別に今の生活が何か変わるわけじゃねえ。
 相変わらずお邪魔虫一人と一匹は始終パステルにべったりだし、大所帯パーティーかつ貧乏パーティーである俺達に、個室なんて夢のまた夢って奴だ。
 が、健康な青少年である俺としては、まがりなりにも恋人を手に入れた以上、色々とやってみたいことはある。そりゃあもう色々と。
 だが、あの鈍感お子様女には遠まわしな言葉は通じねえだろうが、直球ストレートにその気持ちをぶつければ最低呼ばわりされてぶん殴られる可能性もある。
 さて、どうしたもんか? と悩むこと一ヶ月(一ヶ月だぞ! よくぞこれだけ我慢した、と自分を褒めてやりてえ)
 考えついたのは、シンプルイズベストという言葉がしっくり来る方法。
 ようするに、状況を作ってやればいい。何だかんだ言ったって、パステルだって「お年頃」って奴だからな。興味が全く無いなんてことはあるめえ。いや、あったらそれはそれで怖い。
 というわけで。
「クレイ、ちょっと話があんだけどな」
「ん、何だ?」
 連れ出したのは、頼りになる俺の幼馴染、クレイ。
 思えば、こいつのせいで俺が今までどれだけ女に不自由してきたことか。決して外見に恵まれてねえわけじゃないのに、超絶美形(本人自覚なし)のこいつと一緒にいたせいで、近寄る女を片っ端から奪われて、俺がどれだけ悔し涙を流してきたことか……
 っつーわけで、今まで苦労させられたんだ。たまには俺にもいい思いをさせろ。
「ちっと頼みがあんだけどよ。おめえさ、バイトに出かける気はねえか?」
「バイト? 俺が?」
「そう。ちっとエベリンまで」
 俺が言った「バイト」とは、ルーミィとシロをエベリンの魔法屋まで連れていってくれ、というもの。
 あそこのじいさんばあさんはえらくルーミィを気にいってたし、世話にもなってるからな。「会いたがってる」といえば、このお人よしのこった。無下に断りゃしねえだろう。
「俺は別に構わないけど……トラップ、何で俺なんだ? パステルは?」
「あいつにはさっき言って断られた。原稿があるんだとよ」
「……お前は?」
「おめえ、俺にガキのお守りができると思うか?」
 そう言うと、クレイは「確かにな」と深く頷きやがった。待て、我慢しろ、俺。それもこれも全て、パステルゲットの野望のためだ。
「まあ、そうだな。世話になってるし……」
「だろ。んじゃ、頼んだぜ。あ、そーだ。キットンの奴も連れてったらどうだ? あいつ、確か前からエベリンの薬草協会に行きたがってただろ?」
「そうだなあ。聞いてみるか」
 もちろん、このとき既にキットンには根回し済みであることは言うまでもねえ。
 っつーわけで。俺の口車に乗せられて、クレイ、キットン、ルーミィ、シロは、その日のうちに乗合馬車でエベリンに向かった。
 全くなあ。たかが二人きりになるためだけにこんだけ苦労させられるたあ……これだから大所帯パーティーって奴はいけねえ。恋愛するには向いてない。
 静かになった旅館の中で、しみじみそんなことを実感するが。
 まあうまくいったんだ。ぐちぐち言うのはやめにしよう。
 はやる思いを押さえつつ、階段を上る。目指すは、もちろん……パステルの部屋。
 ごんごん
「はい……あ、トラップ。どうしたの? ルーミィ達は?」
「あいつらなら、もう出かけたぜ」
「そっかあ。でも、クレイが一緒なら安心だよね」
 パステルが原稿抱えてたのは本当のことだ。「用事があってクレイ達はエベリンに行くらしいけど。すぐ帰ってくるらしいし、面倒だから俺はパスする」っつったら、「わたしも原稿あるから無理かなあ」なーんて、無防備に頷いてたからな。
 この瞬間頭の中で俺が何を考えたか、まあこの鈍感女は一生わからねえだろう。
「で、何か用?」
「用がなきゃ、来ちゃいけねえのか?」
 滅多に浮かべねえ「優しい笑顔」なんてもんを浮かべつつ、するりと部屋に入り込む。
 きょとんとするパステル。
「なあ、今、宿に二人っきり……だよな」
「……え?」
「俺達、恋人同士なんだよな?」
 後ろ手にドアに鍵をかけたとき、パステルの顔をよぎったのは、不安そうな表情。
 怖いのか? ……まあ、そうかもしんねえな。
 安心しろよ。優しくしてやるから、できるだけ。
 手を伸ばして肩をつかむ。
 ぶつかった視線には、怯えが含まれていたみてえだが。
 それでも、手を振り解こうとは、しなかった。

 まあ正直に言えば、一番最初に抱いたときの感想は、「狭い。痛い」の二点に尽きるんだが。
 当たりめえだが、パステルにとっちゃ、俺が初めての男で。
 ろくに自分でだってやったことのねえ身体は硬くて、「感じる」とこまでいかせてやれなかった。
 いや全く。こんだけ入れるのに苦労するとは……
「おい、いつまで泣いてんだよ……んなに痛かったのかあ?」
「…………」
 ベッドの中で。枕に顔を埋めるようにしてべそべそ泣いているパステル。
 抵抗はしなかったが、嬉しそうな顔もしねえ。
 本当に良かったのか、と。ちと不安になったが。
 それでも。顔を上げたパステルは、涙を流しながら、無理やり微笑んで見せた。
「ううん、そんなこと、ない」
「……んじゃあ、泣くなよ。俺がいじめたみてえじゃねえか」
「違うよ。これは……嬉し涙、だよ」
「ああ?」
 ふにゃっ、とした頼りねえ笑みを浮かべて。
 パステルは、俺の胸に頭をもたせかけてつぶやいた。
「あのね、わたし、不安だったんだ。本当にトラップの恋人が、わたしなんかでいいのかなあって」
「…………」
「トラップのまわりって、素敵な女の子がいっぱいいるじゃない? わたしなんかで、本当にいいのかなあって。すごく不安だったんだ。だけど……」
 俺を見つめるその目に浮かぶは、不安の抜けきらねえ光。
「いいんだよね。わたし……トラップの恋人で、いいんだよね?」
「ばあか。今更あに言ってんだ、おめえは」
 可愛いこと、言うじゃねえか。
 その頭を抱きこんで、もう一度ベッドに押し倒す。
「俺がこんだけ態度で示してんだろ?」
「……うん」
 白い裸身に手を這わせると、パステルはくすぐったそうに身をよじって、かすかに笑った。

 まあ何度も何度も抱いてりゃあ、そのうち絶対に慣れる。
 初めて抱いた日から。俺とパステルは、皆の目を盗むようにして何度も何度も二人きりで会うようになった。
 パステルに言わせりゃあ、こうして誘ってもらえるのをずっと待ってたらしい。
 早く言えよおめえは。悩んでた俺がバカみてえじゃねえか。
 そう言うと、「女の子からそんなこと言うのは、恥ずかしいじゃない」と言われちまったが。
 何度抱こうと、その最中にどれだけ乱れるようになろうと。
 誘うときも終わったときも、恥じらいを忘れねえパステルが、どこまでも愛しい。
 こいつのためなら何だってやってやる。おめえを守るためなら、どんなことでもしてやる。
 俺が本気でそう思ってることなんざ……まあこいつは、気づいてねえんだろうなあ……

 そして。
 それを俺が立証することになったのは、俺とパステルが付き合うようになってから、数ヵ月後のことだった。

 その日、パステルは原稿を届けるために外に出ていて。
 クレイは剣の手入れをしていて、ルーミィとシロは部屋で昼寝をしていて。キットンは怪しい実験をしていて、ノルは裏で大工仕事をしていて。
 そして俺は、部屋でごろごろしていた。
 今日は天気が悪い。雨が降っていて外に遊びに行けねえから、と厄介払いもできねえし、逆に外でこっそり会うこともできねえ。
 まあしゃあねえか、と。諦めて、睡魔に身を委ねることにした。
 目が覚めたのは、どれくらい経った後だったか。
 バタンッ、というけたたましい音と、階段を駆け上がってくる足音が聞こえたような気がした。
 もっとも、自分で言うのも何だが、俺は寝起きが悪い。それしきのことでは、身を起こす気にはなれなかったが。
 俺のかわりに部屋にいたクレイが立ち上がって、廊下を覗いた、らしい。
 そして。次に響いた悲鳴のような声に、俺は飛び起きた。
「パステル……どうしたんだ、その格好?」
 ……何だ、どうしたっ!?
 クレイの言葉にただならぬ気配を感じて、慌てて奴を押しのけるようにして廊下に出る。
 廊下に立っていたのは、パステル。すぐに自分の部屋に飛び込もうとして、けどクレイに話しかけられて足を止めちまって。そしてそれを死ぬほど後悔している、そんな顔。
 その格好は全身ずぶぬれだった。まあそれだけなら、「雨降ってんのに傘を忘れたのか、間抜けな奴」で済むが……
 服にこびりついた泥、血がにじむ膝、腫れ上がった頬と、泣きはらしたかのように真っ赤な目。
 そして、何より。
 ただ雨に濡れただけで、こんな顔、するわけねえ……
「おいトラップ、何が……」
 何か言いかけるクレイを無理やり部屋の中に押しやってドアを閉める。
 歩み寄る俺を見て、パステルは、泣きそうな顔で微笑んで見せた。
「何でもないよ、ちょっと転んだだけ」
「…………」
「本当に、何でも、無いから……」
「おめえ、俺をバカにしてんのか?」
 言いながら、パステルを女部屋の方に押し込む。
 ルーミィとシロはぐっすり眠っているらしく、俺達が入ってきたことに気づいてもいねえようだったが……
「そんな顔して、んな言葉、信じると思ってんのか?」
「…………」
「話してみろよ。俺はおめえの恋人だろ……?」
 どれだけ言っても、パステルは何も話そうとしなかった。
 ただ、俺の胸にすがりついて、声をあげて泣き始めた。
 ……何があったんだか。
 その背中を撫でながら、俺は心の中で決意した。
 誰が何をやったのか知らねえけど。
 パステルをこんだけ泣かせたんだ。……相応の礼は、させてもらうからな……?

 情報が入ってきたのは、それから三日後だった。
 教えてくれたのは、リタ。
「あんたねえ。もうちょっとはっきりさせた方がいいんじゃない?」
「はあ? あにをだよ」
 昼のピークが過ぎた猪鹿亭。
 クレイはバイトに出かけて、他のメンツは全員宿に戻っている。
 俺だけが残ってここでビールを飲んでたのは、まあ情報収集のためなんだが。
 さりげなく話を向けると、リタはあっさりと乗ってきた。
「この間、何があったんだ?」
「あんた、パステルから聞いてないの? ……でもまあ、パステルならしゃべらないかもね」
 あたしが言ったって言わないでよ? と前置きしてリタが語ったのは。
 まあどうせそんなとこじゃねえか、と俺が推測していた通りの出来事。
 俺とパステルのことは、別に誰に隠しているわけでもねえ。けど、別に誰に聞かれたわけでもねえし宣伝するようなことでもねえから、おひとよしで鈍感ばかりが揃ったパーティーの面子は、誰も気づいてねえ、らしい。
 けど、それはあいつらが特別なだけで。リタを始めシルバーリーブの他の奴らは、薄々俺達のことを察してるみたいなんだが(まあ何しろ、俺達もいいかげんここでは有名人だしな)。
 それを面白く思わなかった奴らがいた、と。つまりはそういうことだ。
 俺とクレイにできた、親衛隊、と勝手に名乗る女ども。
 そりゃあ、最初はきゃあきゃあ騒がれるのも悪くはねえと思ったから、適当に相手してたりもしたんだが。何しろ、散々言ったがクレイといつも一緒にいたせいで、俺はこれまでそういう経験が全くなかったからな。
 けど、パステルと付き合うようになって、どうでもいい女のために時間を割くのがすげえ面倒になって、以来そいつらはなるべく相手にしないようにしている。
 どうやら、それが面白くなかったらしい。
 あの雨の日。俺の親衛隊の何人かが、「トラップに近づくな」とか何とか言いながらパステルを取り囲んでいる光景を、リタは店の中で目撃したとか。
「止めようと思ったんだけどね。ちょうどお店が立て込んでて……そうこうしてるうちに、パステルは連れていかれちゃうし。あの後、大丈夫だった? 怪我とかしてなかった?」
「ああ」
 本当のことを話せば、リタのこった。あれこれうるさく口を挟んで、余計なことをしかねねえ。
 他人にはやらせねえ。これは俺の役目だからな。
「別に、大したことはなかったみてえだぜ」
「それならいいけど。あのねえ、あんたがもうちょっと女の子達にはっきり言ってやればいいのよ。そうすれば、あの子達だって諦めもつくんじゃない?」
「……そうだな」
 言われてみりゃあ、その通りだ。
「んじゃ、今から言いにいくか」
「え?」
 ぽかんとするリタにビールの代金だけ押し付けて、店を出る。
 そうだな。別に秘密にしろと言われたわけでもねえし。
 遠慮する必要なんかねえ。
 俺を好きだ、と言うんなら。
 その気持ちがどれほどのもんか、見せてもらおうじゃねえか。

「きゃあ、トラップじゃない! どうしたのお?」
「ちょっと、おめえに会いたくなってな」
 俺が言うと、女はあからさまな媚びた笑顔を浮かべて、「今家に誰もいないのよ。入って入って」と、あっさり俺を招き入れた。
 俺の取り巻きの女どもの中でも、一番態度のでかかった女。名前は……何だったかな。まあどうでもいいか。
 多分こいつが親衛隊リーダー。あの日、パステルを泣かせた女の一人。
 以前無理やり家まで送らされたときに知った自宅。そこを訪ねると、おあつらえむきに、家にはこいつ一人しかいないらしい。
 まあ親がいたら、それはそれで。外に連れ出しただけの話なんだが。
「ねえトラップ、どうしたのお? もしかして、デートのお誘いい?」
 勘に触る喋り方にイライラするが。待て、俺。我慢しろ。
 全てはパステルのためだ。
「いんや、おめえにちっと聞きたいことがあってな」
「何なにい? 何でも聞いてえ。トラップの質問になら、何だって答えちゃう」
 顔はまあ可愛い方なんだろう。スタイルは抜群にいい。ちと小柄だがめりはりのきいた身体。仕草が妙に誘ってるっぽいのは……何度か経験があるんだろうな、多分。
「あのさ。この間、パステルが泣いて宿に戻ってきたんだよな」
 俺がそう言うと。女の顔が、あからさまに強張った。
 嘘がつけねえ奴だな。まあしらばっくれたって無理やり白状させるつもりだったから、手間が省けていいんだけどよ。
「どーも何かあったらしいんだけどよ。あんた、何か知らねえか?」
「わ、私は何も……」
「そうか? あんたらがパステルを連れてったって、人から聞いたもんでな」
 重ねて聞くと。
 女は、悔しそうに唇を歪めていたが、やがて開き直ることに決めたらしく、鼻を鳴らして言った。
「ええ。ちょっと、身の程を教えてあげただけよお?」
「…………」
「だって、パステルなんか。大して美人でもないしスタイルもよくないし、子供っぽいしすぐ泣くしい。トラップにはもっとふさわしい女がいっぱいいるわよって、わたし達は親切で教えてあげたんだからあ」
「……ほおー」
 なめたことを言ってくれるじゃねえか。
「んで? それはつまり、おめえは自分の方が俺にはふさわしい、と。まあそう言いてえんだな?」
「やだあ、別にそんなこと言ってないわよお? そんなに自信過剰じゃないものお。あ、でもお。パステルよりは、私……トラップを喜ばせてあげる自信、あるわよお?」
 上目遣いで見上げる目に浮かぶのは、あからさまな挑発の光。
 ……おもしれえ。
「んじゃ、見せてもらおうじゃねえの」
「え?」
「俺を喜ばせる? そりゃ楽しみだな。何してくれんだ?」
「うふふ。そんなの、決まってるじゃない?」
 そう言って。
 目の前で、女は服を脱ぎ始めた。

 あーなるほどな。こんな感覚なのか。
 連れて行かれたのは、女の自室。
 まあまあ広い部屋に、ベッドと机とタンスと鏡台、とありきたりの家具が並んだ、それだけの部屋。
 そのベッドに腰掛けている俺と、その前にひざまずいてる女。
 手と口で、俺のナニに必死に奉仕しているその様は、見る奴によっては最高に燃える光景なのかもしれねえが……
 生憎、俺にとってはそれほど感激すべき光景でもなかった。
 正直に言えば気持ちいい。パステルはぜってーこんなことやってくれねえだろうからな。頼んだら変態扱いされそうだし。っつーわけで、初めての経験なんだが。
 気持ちいいことは気持ちいいが……どうも他人事っつーか。
 目の前の女がパステルじゃねえ、と。ただそれだけの理由でこんだけ心が冷めるもんだとは思わなかった。身体がきっちり反応してるだけに、これは意外だ。
「うふふ、どうお、トラップう?」
「…………」
「あのお子様なパステルには、こんなこと、できないでしょお?」
「そだな。できねえだろうな」
 深く頷く。
 あのパステルにできるわけがねえ。こんな安っぽい娼婦みてえな真似。
 女の舌がからみつく。なまめかしく動く手が、俺を高みへと上らせる。
 呆気なく果てた。口の中で暴発した欲望に驚いた様子も見せず、むしろ妖艶な笑顔を浮かべて、女は上目遣いに俺を見上げた。
「どお?」
「……そだな」
 手を伸ばしてくる女の腕をつかみとって、ベッドの上に押し倒す。
 組み敷いた身体は、確かに抜群のスタイルを誇っていた。
 パステルでねえ以上、何の魅力も感じなかったが。
「悪くはねえよ」
 魅力は感じなくても、本能が身体を反応させる。
 女の裸身を前にして、勢いを取り戻す自分自身。
 首にからみついてくる女の腕を無理やり外して、俺はその膝に手をかけた。
「パステルよりは、俺を喜ばせる自信があるって……そう言ったな?」
「……ええ」
 俺の目に浮かんだ凶暴な光に気づいたのか。
 女の顔に、不安そうな表情が過ぎった。
 ……気づくのが、遅えよ。
「んじゃあ、試させてもらおうじゃねえか」
「え……待って、待ってトラップ、いきなりっ……」
 抗議の声をあげる女を無視して。
 俺は、慣らしてもいねえ、濡らしてもいねえそこに、力づくで押し入ってやった。

「やっ……ちょっ、あっ……」
 キスも愛撫もせず、ただ力任せに貫くだけの行為。
 それは女に、何の快感も与えてねえに違いない。俺自身だって、気持ちよくも何ともねえからな。
「待ってよ。ねえ、もっと、優しくしてえ? ……やっ、い、痛いっ……」
 これはパステルを泣かせた礼だ。
 自分がどんだけバカなことをしたか……たっぷり思い知れ。
 怒りに任せて腰を突き動かす。物理的な摩擦だけで、あっさりとイきそうになるのがわかった。
「やっ、待って、待ってトラップ、待ってっ……」
 突然のことに、どうしていいのかわからねえんだろう。
 返事もしねえ俺が不安なんだろう。
 目の端に涙を浮かべて、女は俺の腕にすがりついてきた。
「待ってっ……ねえ、何もしてないんでしょう? 中は、やめて……」
「はあ? あに言ってんだか」
 それとわかるくらい冷たい笑みを浮かべて。わざと動きを早くする。
「パステルだったら、生でやろうが中でやろうが、一言も文句なんか言わねえぜ……?」
「待ってっ……」
 俺の言葉の意味を悟ったのか。女が暴れ始めた。
 ……ちっ、面倒くせえ。
 まあ、後で騒がれても面倒だしな。
 爆発寸前、ナニを引き抜く。軽く手をあてがった瞬間、欲望がほとばしり、女の胸から腹にかけて、白い汚れをこびりつかせた。
「トラップ……」
「さて。第二ラウンドといくかあ?」
 そう言いはなって、ニヤリと笑ってやると。
 女の顔に、絶望的な表情が浮かんだ。

「ちっ、口ほどにもねえな。おめえ、その程度でよく自分をパステルと比べようなんて気になったなあ……?」
 ベッドでうずくまって泣いている女。
 これでわかっただろう? おめえごときじゃ、俺を喜ばせることなんか絶対にできねえって。
 優しくしてやろうなんて気にはならねえ。パステルでねえ以上、優しくしてやる必要なんかねえ。
「パステルだったら。俺が何をしたって、健気に耐えてみせたぜ?」
 優しくしろだの、ちょっと休ませろだの。
 うるさくわめいて、それを全て黙殺されて。最後は泣いて懇願してきた女は。
 その言葉に、表情を歪めた。
「……信じられない」
「信じるも信じねえもおめえの勝手だけどな。はっきり言ってやる。俺はおめえなんぞにこれっぽっちも魅力なんか感じてねえ」
「…………」
「これに懲りたら、二度と気安く言い寄るんじゃねえ。パステルに今度何かしてみろ。おめえ、今度は遠慮なく中でやってやるからな」
 その言葉に、俺の本気を感じ取ったのか。
 女は、顔を歪めて、小さく頷いた。
 わかりゃいいんだよ、わかりゃ。
 そうして、女に背を向けて、帰ろうとしたとき。
 背後から響いてきたのは、小さな声。
「……ねえ、トラップ」
「あんだ?」
 振り返ろうなんて気にもなれねえ。
 俺の言葉に、女はしばらくためらってたようだが……やがて、弱々しく聞いてきた。
「私の名前……トラップは、知ってるう?」
「さあ」
 聞かれたのは簡単な質問だった。
 答えなんざ決まってるから、即答してやる。
「知らねえな。知ろうとも思わねえし。知りたいなんて気にもならねえ。パステルじゃねえ女なんて、誰でも同じだからな」
 俺の答えに、今度こそ、背後は沈黙した。
 バタン、とドアを閉める。漏れてきた泣き声にも、罪悪感すら感じねえ。
 そのまま、俺は宿へと戻った。

「お帰り、トラップ。どこ行ってたの? ……きゃっ!」
 いつもの宿に戻ったとき。
 クレイ達は夕食に出かけた後だった。けど、俺がまだ戻ってこねえから、と。パステルは一人で宿に残って待っていてくれたらしい。
 全くこのいじらしさと来たら。親衛隊の女どもに見せてやりてえ。
 これが俺の惚れた女なんだって、見せびらかしてやりてえ。
 ものも言わずに抱きすくめると、パステルはしばらく固まっていたが。やがて、おずおずと背中に手をまわしてきた。
「トラップ、ど、どうしたの?」
「パステル……」
 じいっ、と目を覗きこんで。唇に、首筋にキスを落とすと、「やっ、ちょっと……ご、ご飯、食べに行かなきゃ……」と、そんなことを言いながら身をよじってきたが。
 服の下に手を滑り込ませると、その唇からは、文句のかわりにあえぎ声が漏れ始めた。
「やんっ……あ……と、トラップ……」
「あんだ?」
 言いながら、その身体をベッドに押し倒す。
 ぞくぞくするような欲望が這い上ってくる。
 恥じらいを残しながら、潤んだ瞳で俺を見上げているパステルの顔が。子供っぽさを残した、白い胸が、脚が、俺には何もかも忘れそうなくらい魅力的だったから。
「ね……どうしたの、突然……どこ、行ってたの……?」
「……大したとこじゃ、ねえよ」
 胸に、肩にと、俺のもんだという印を残しながら。
 優しく微笑んで、言ってやる。
「ただ、俺にとっての最高の女は、おめえしかいねえって……心から抱きたいのはおめえだけだって、改めてわかっただけだ」
 そう言うと、パステルは「な、何言ってるのよ、バカ!」とか言いながら、肩を叩いてきたが。
 その手首をつかんでやると、諦めたように、力を抜いた。
 俺に全てをまかせる、と。その態度が、どこまでも、愛しい。
 細い身体を抱きしめて。俺は、心からの満足感というものを感じながら。
 愛撫に潤いを見せ始めた場所に、自分自身をあてがった。