「あー、いいお天気!」
窓を開け放った後、わたしは真っ青な空に向かって叫んだ。
ここのところ、ずーっと天気が悪かったからね。こんなに気持ちよく晴れたのは、本当に久しぶりなんだ。
……といっても、わたしは締め切りが迫った原稿を抱えてて、外に出る余裕も無いんだけどね。
今だって、窓を開けて一声叫んで、その直後また原稿にかじりついてるくらいだし。
でも、今日は久しぶりに集中できそう。
何しろ、天気が悪いと外に遊びに行けないから、ルーミィが不機嫌で。ずーっと機嫌が悪かったから、相手してあげないと可哀想だし、シロちゃんと二人(?)で随分苦労したんだ。
もちろん、その間原稿はおあずけ。ルーミィと遊ぶのは楽しいけど、締め切りまで後何日、って考えるとそうも言ってられない。
でも、今日はやっといいお天気になったから。原稿があるわたしを気遣って、クレイがルーミィを散歩に連れていってくれた。もちろん、シロちゃんも一緒。こういう気配りができるのって、さっすがクレイだよね。
後、キットンも「やっと晴れたから薬草収集に行ってきます」とのことで朝からお出かけ。ノルは宿のご主人に頼まれて、薪を調達しにいった。雨のせいで、皆やりたいこと、やらなきゃならないことがいっぱいあるみたい。
で、わたしにとっては、それが原稿というわけ。宿のおかみせんが入れてくれたホットミルク片手に、朝からうんうんうなってるんだけど。
うーん。静かで集中できるはずなのに、どうにも筆が進まない……これって、やっぱりわたしが「遊びに行きたい!」って思ってるからなんだろうなあ。外に出ないともったいない、それくらい気持良さそうな空なんだ。
うう、だめだめ。我慢我慢。うちの財政状態考えたら、こうしてクエストの無いときに地道に稼いでおかないと、後で困ることになるのは目に見えてるんだから! それもこれも、すぐに散財しようとするトラブルメーカーの誰かさんのせいで……
こんなことをもんもんと考えてたせいで、わたしはちっとも気づかなかった。
いつのまにか、部屋の中に誰かが入ってきたことを。
「おめえ、せっかくの天気のいい休みなのに、こんなとこで何してるんだ?」
「キャア!!」
突然声をかけられて、わたしは思わず叫んでいた。
うっ、そういえば、朝から静かだからてっきりいないものだと思ってたけど。外出するのも見てなかったなあ……
振り向けば、やや乱れた赤毛髪をかきあげている、見慣れた盗賊の姿。
「何、また原稿? おめえも寂しいやつだなあ」
「と、トラップ! そういうあなたこそ、出かけてたんじゃなかったの!?」
わたしが思わず聞き返すと、トラップは不機嫌そうに顔をしかめた。
「んなこと言ったって、一文無しじゃ出かけてもつまんねえし。だから昼寝してたんだよ。朝から」
それって昼寝じゃないと思う……
「もしかして、今までずっと寝てたの?」
「そーだよ。だけど、さすがに飽きたから。クレイあたりに金借りようかなーと思ったんだけど、気がついたらあいついねーんだし。っつーわけでパステル、金貸して。それを何倍にも増やしてきてやるからさあ」
「バカモノ!!」
思わず原稿丸めてトラップの頭をはたき倒していた。
もー信じられない!! わたしが何のために一生懸命原稿書いてると思ってるのよ!!
「だめに決まってるでしょ! もー出てってよ。わたし、早くこの原稿仕上げたいんだからー!!」
「ちぇっ、つめてーなあ。んじゃさ、せめて、この部屋のベッド貸してくれよ。静かにしてるから」
……はあ??
「自分の部屋で寝ればいいじゃない」
「日がもろにベッドにあたって暑いんだよ、あの部屋。だから目が覚めたの。俺、昨日の夜遅かったからさ。もーちょっと寝たいんだよね」
ちなみに、トラップが今一文無しなのは、昨日の夜ギャンブルにはまってたせいだったりするんだけど。
まあそれはともかくとして。うーん、どうしよう……
確かに、トラップたちの部屋に比べれば、この部屋のベッドは陰になる場所に置いてあるから、寝やすいと思うけど……
ま、いっか。静かに寝てるだけなら、邪魔にはならないでしょう。
「そういうことならいいけど。そのかわり、静かにしててよね」
「バーカ、寝てるときにうるさくなんてできるかよ。んじゃ、そういうことで、おやすみ!」
現金なもので、トラップはベッドに寝転がると、即座に寝息を立て始めた。
……
……
……
約束通り、トラップはとても静かだった。もともと、いびきも歯軋りもしない人だからね。当たり前なんだけど。
……
くーっ、集中できない!
何で、なんで!? こんなに静かなのに、誰も邪魔なんかしてないのに、なんでこんなに集中できないの!?
やっぱり、遊びにいきたいからかなあ。でも、今までは、ちゃんと原稿終わらせたら思いっきり遊ぶぞっ! って思うことで、集中することができたはずなのに。なんで、今日はできないんだろう?
はう〜〜っ、とわたしは一人悩み続ける。そして、どれくらいの時間が過ぎたんだろうか。
「……おめえ、よく平気でいられるな」
「えっ!?」
寝てるとばかり思ったトラップが、突然話しかけてきて、わたしはびくっと振り向いた。
トラップは相変わらず寝転がっていたけど、その目はまっすぐわたしを見つめている。
うっ、もしかして、さっきからずっと見られてた? 集中できなかったのこのせい?
「何よ。起きてるなら起きてるって言ってよ、もう。平気なんかじゃないよ。全然原稿進まないし。このままだと締め切りにまにあわな」
「そういう意味で言ってんじゃねえよ」
わたしの言葉を遮って、トラップは音も無く立ち上がった。
まあね、この人は盗賊だから。静かなのが当たり前なんだけど。
何だか、いつもと様子が違う気がして、わたしは思わず身構えてしまった。
「違うって……じゃあ、どういう意味?」
「……おまえさあ、ちょっとは危機感とか感じないわけ? 他に誰もいない部屋に、男と二人っきりなんだぜ? それを無防備に、ベッド使ってもいいよーって。言うか? 普通」
「男って……誰のこと?」
反射的に聞き返すと、トラップの顔がひきつった。な、何かまずいこと言ったかな??
そのまま、ゆっくりと机の傍まで寄ってきて……
ドンッ!!
わたしの顔の真横の壁に、手をついて立ち止まった。
うっ、この体勢って……
前を向くと、嫌でもトラップの体が真正面に来る。といって、左には机があるし、右はトラップの腕が視界を塞いでいる。後ろは壁。
「おめえさ、俺のこと、何だと思ってるんだ?」
「……ぱ、パーティー組んでる、大切な仲間だよ」
怖い。何、トラップ。なんで突然こんな……
トラップは仲間。家族と一緒。そんなの、当たり前じゃない。なんで……
正面のトラップの顔は、今まで見たとこもないくらい、真面目だった。
真面目で、怒ったような、悲しそうな、そんな目をしていて……
「トラップは、仲間だよ。家族だよ! とっても大切な……」
「俺は、お前に家族だなんて思われても、ちっとも嬉しくねえんだよ!!」
バンッ!!
激しく壁を叩きつけて、トラップは叫んだ。
ど、どうしちゃったの? なんでそんなに怒ってるの? わたし……正直に話しただけ、だよね?
「とらっ……」
言いかけた言葉は、突然唇をふさがれて、言葉にならなかった。
――――――!!!?????
一瞬、頭の中が真っ白になった。
な、なに? なに、してるの……トラップ……
今、わたしの唇を塞いでるのは……トラップの……
「ん……ん―――――!!」
反射的に頭を振って逃れようとしたけど、壁についていたトラップの手が、がっちりとわたしの頭を抱え込んで、それを許してくれなかった。
強引に唇が押し開かれる。暖かい、柔らかい感触の「何か」が、わたしの舌にからまり、吸い上げられる。
……くぅ―――――っ!?
なに、なに、この感じ……?
あ、頭が、ぼーっとして……なんだか、とっても……
膝ががくがくして、まっすぐ立ってるのが難しくなってきた。わたし、わたしどうしちゃったんだろ?
怖い。トラップ。やめて……やめ……
そのときだった。
トラップの、もう片方の手が、わたしの腰のあたりに触れた。そして、その指が、細くて長い、器用な指先が、背中をなでるようにして首筋まで這い登ってきた。同時に、頭を抱えていたほうの手も、うなじをなでるようにして徐々に下がっていって……
ひゃんっ!!
全身を走り抜けた感覚に、わたしは声にならない悲鳴をあげた。
そのとき、ようやっと唇が解放された。思わず、むさぼるように空気を吸ってしまう。
そのまま膝から崩れ落ちそうになったけど、トラップの両手が、わたしの両肩をおさえつけて無理やり固定された。
「……これでも、まだ言えるのかよ」
トラップは、かすれた声でつぶやいた。まるで、別人みたいな声。
「俺を、家族だって」
…………
わたしは答えられなかった。頭が混乱して、何を考えてるのか、何を言えばいいのか、何もわからなくなっちゃって……
逃げ出したいけど、トラップの細い腕は、信じられないような力でわたしをとらえている。目をそらしたいのに、そらせない。
1番とまどったのは、彼の目。怒っていたはずなのに、すごく悲しそうな、すがりつくような目。
わたしにできたのは、わずかに首を振ることだけだった。それも、頷いたのか、その逆なのか、自分でも分からないような弱々しい動き。
それが、トラップの目にはどう見えたのか、わたしにはわからない。
だけど、その瞬間、トラップの顔がゆがんで見えた。今にも泣き出しそうなそんな表情を彼が見せたのは、初めてのことで……
そして。
彼の右手が、荒々しくわたしのブラウスの襟元をつかんだかと思うと、そのまま一気に引き裂いた!
っきゃあああああああああああああああああああああ!!?
思わずあげそうになった盛大な悲鳴は、再び唇をふさがれることによって、喉の奥に封じ込められた。
なに、何するつもり、トラップ……まさか、まさか……
今度のくちづけは一瞬だった。トラップの瞳が、迷うように動き、そして……
拘束が緩む。その瞬間、わたしはすりぬけるようにして彼と壁の間から逃れた。
怖い……!!
「パステルっ!」
わたしの心の叫びも空しく、ほんの数歩よろめいただけで、トラップは即座に向き直った。そのまま、わたしは二の腕をつかまれて、強引に抱き寄せられる。
―――――!!
背後から抱き締められる形になって、トラップの顔が見えなくなった。
いやっ……
トラップの手が、破れた服と素肌の間にすべりこんだ。すすっと、なでるように、曲線をなぞるように、彼の手は……
彼の唇が、首筋をはいまわる気配。
右手が、ゆっくりと上半身をはいまわり、やがてブラを押し上げるようにして胸に到達した。
「あっ……」
瞬間、走り抜けた感覚。わたしの言葉では説明できない、でも決して不快ではない感覚。
たまらずに声をあげる。その瞬間、トラップの手の動きが激しくなった。
右手が優しく胸をなで、ときにつまむようにして刺激を与える。
同時に、左手は、太ももの内側をなぞって、徐々に、徐々にスカートの内側に向かってはいのぼっていった。
「やっ、トラップ……あっ、やあん!!」
うなじに吸い付くような感触を感じ、わたしは、段々声を抑えることができなくなった。
ううっ、恥ずかしいようっ!! 怖い、この感じ、何……? わたし、わたしどうしちゃったの?
抵抗したくてもできない。段々、トラップに身をまかせようとしている。わたしの身体、変になっちゃった……?
トラップの左手が、とうとう、スカートの中にもぐりこんだ。微妙に指を動かしながら、容赦なくはいのぼって……やがて、パンティの隙間にもぐりこみ、わたし自身だってさわったことがないような場所を、触れるようにこすった。
「やんっ……やっ、さ、さわらないで……わ、わたし……」
「パステル……」
弱々しい抗議の声は、あっさりとかき消された。トラップの、茫然としたような声に。
「おめえ、濡れて……」
「え……?」
言われてみて、初めて、体の奥から、じんわりと何かがにじみでているのを感じた。
ひゃっ、も、もしかして、おもらし……?
「やっ、やだっ、ちがっ……これはっ……」
慌てて何か言おうとしたけど、言葉にならない。その間にも、トラップの動きはとまらず……
やがて、彼の指が、何かをつまみあげた。
――――――!!!??
全身を貫く快感。たまらず、わたしは前のめりに倒れこんだ。とてもじゃないけど、立っていられなかった。
今度は、本当に床に倒れこんだ。だけど、解放してもらえたわけじゃない。
床に倒れたわたしの上に、トラップが躊躇なくおおいかぶさってきた!
彼の足が、わたしの足の間に強引に割って入り、無理やり足を開かされる。思わず手をふりあげて抵抗しようとしたけど、即座に両手首まとめて、抑えつけられた。
すごい力。圧迫感。わたしは、初めて、トラップの本気の力を知ったような気がした。
「……おめえが、悪いんだぜ」
トラップは、苦しそうにうめいた。
「俺の気持ち、ちっとも、わかってくれねえから……」
トラップの、気持ち……?
わたし、何をわかって……
トラップの手が、再びスカートの中にもぐりこんできた。そのまま、パンティを無理やりずりおろされ――
「!!!!」
何かが、わたしの大事なところに触れた。その瞬間、わたしはトラップのものを受け入れていた。
「っっっいやっ、痛いっ! 痛い痛い痛い痛いーっ!!」
固い、大きいもの。それが、無理やりわたしの中に進入する。文字通り、何かが引き裂かれていく痛み。
「痛い……やあっ、トラップ、やめて! やめてやめてやめてやめて――!!」
答えるかわりに、トラップはゆっくりと動き出した。そのたびに、痛みが増す。
「いやあっ!! 動かないで……動かないでー!! 痛い、痛いよお……トラップ、やめてよ!! どうしてこんなことするのっ……」
「……っ! ぱ、パステル……おめえ、おめえの中って……」
トラップが何か言いかけたけど、わたしは聞いてなかった。
自分の身に何が起こってるか、わからない、考えたくない。でも現実は止まらない!!
1番ショックだったのは、最初は、痛くて痛くてたまらなかったその行為が、段々、動きがなめらかになってくるにつれて、頭の奥にしびれるような快感をもたらしていることで……
「やっ……あっ、ああっ……」
「くっ……だめ、だ……俺、これ以上、我慢、でき……」
どくん
何かが、わたしの中で弾けた。
同時に、わたしも、頭の中が、真っ白に弾けとんだ。
どくん、どくん
トラップの、茫然とした表情。小刻みに動く……もの。
しびれるわたしの身体。全身が弓なりにのけぞって、動けなくて……
脱力したのは、同時だった。
はあ、はあ……
はぁ、はぁ……
しばらく、わたしとトラップの息づかいだけが響いた。
わたしはあおむけになってて、その上にトラップがおおいかぶさってて……
何かを考える余裕ができたのは、随分後になってからだと思う。
あんなに素敵だった青い空が、だいぶ赤く染まった頃……
太ももの内側を伝い落ちる液体の感触を感じ、わたしは、何があったのかを理解せずにはいられなかった。
涙が伝い落ちる。何で、こんなことになっちゃったんだろう……?
「…………」
先に動いたのはトラップだった。服を整えて、ゆっくりと立ち上がる。
そして、わたしの顔をじぃっと見つめた。
……泣いてる顔、見られたくない。
ぷいっと顔を背け、一生懸命顔をこすってみたけど、涙はなかなか止まってくれなかった。いやだ、見られたくない。こんな姿見られたくないよ……
「……俺、好きなんだぜ……」
そのとき、トラップがぽつりとつぶやいた。そのまま、わたしの上に何かがかぶせられる。
……ベッドのシーツ?
そうなって、初めて、わたしは自分の服が破れてひどい状態になってることを思いだした。
「俺、好きだ。パステルのこと、ずっと好きだった。ずーっと、おめえのことだけ、見てたんだ……」
――――!?
トラップ……?
「おめえ、俺のこと、家族って言ったよな? でも、俺はパステルのこと、一人の女として、ずっと見てたんだ! どうしても……俺の気持ち、わかってほしかったから……」
これが……トラップの、気持ち?
わたしに、わかってもらいたかった……?
「でも、駄目だよな……俺、最低のこと、しちまった。好きな女、泣かせちまった。痛かった……だろ? ごめん……俺、謝っても、謝りきれ、な……」
彼の言葉が、唐突に止まったのは。
わたしが、起き上がったせい。
起き上がって、彼に抱きついたせい。
「パステル……?」
「ごめんね……ごめんね、トラップ」
わたし、馬鹿だったよ。わかったつもりでいて、何もわかってなかった。
トラップの気持ちも、わたしの気持ちも。
「ごめんね、わかってあげられなくて、気づいてあげられなくてごめんね。トラップ。いつもいつも、わたしのこと助けてくれて、元気付けてくれて、わたし、パーティーだから、家族だからそれが当たり前だと思ってた。トラップ、意地悪なようでいて、いつも優しかったね。その優しさを、当たり前だと思うようになってた。ごめんね……」
「パステル……」
「わたし、好きだよ」
トラップの体が、硬直した。
いいよね。さっきの、お返しだよ。
「トラップのこと、好きだよ。気づいてあげられなくて、ごめんね」
「……嘘だろ」
「嘘じゃないよ」
「冗談?」
「違う」
「俺……おめえを無理やり犯したんだぜ?」
「無理やりじゃ、ないよ……」
違う。確かに、びっくりしたけど。怖かったけど。でも……
「心の底から嫌だ、とは、思わなかったんだから……」
「パステル……」
「でも、すごく、痛かったから。服も破れちゃったし。だから……」
だから、仕返しだよ。
わたしは、トラップの襟元をつかんで、ぶらさがるように体重をかけた。彼の上半身が傾き……
ちょうどいい位置に来たところで、とびっきりのくちづけを、トラップにぶつけてやった。